第4話

「さぁ、みんなで数えようね」

「……3」

「2」

「1」

「——せーのっ」

「あけまして——……」


「「「「「おめでとうございます!」」」」」


 近所迷惑もいいところの声で、新年のあいさつをした。父は両手を高く上げ、それを母が幸せそうに見守り、姉はクラッカーまでならし始め、幼い弟は父や姉の真似をするのに必死そうだった。


 ひらひらと舞ってくる安っぽい金色の紙吹雪を髪に乗せ、私は柄にもなく笑顔を浮かべていた。いや、それが私の本当の姿だ。姉と同じように楽しいことが好きで、素直に笑ってしまうような——


「なんだかんだで、あんたもいい顔してんじゃん」

「楽しいから、いーの」

「ははっ、今日は家族全員が揃ったからなぁ! お父さん酒飲んじゃお」

「ちょっと、飲みすぎですよお父さん。今日じゃなくてもいつも飲んでいるでしょう」

「おねーちゃん、といれー」

「あれ、自分でいけるでしょー?」


 わいわいわいわい、いつになく騒がしい気がする。いつもこんなに楽しいのかと思っていると、母が幸せそうに笑いながら呟いた。

「今日はなんだか楽しいねぇ。昔に戻ったみたいで」

「それなー? 皆で年越しそば食べるのとか、ひっさしぶりな気がする」

「ごめんねいつも一人だけ抜けてて」

「えっ」

「えっ……」


 さらっと口にしたつもりだったが、ちゃんと姉と母には聞こえたようだった。信じられないものを見た、という風に両脇から私を見つめる。

 いつもの性格で行くととっかかってしまうところだったが、今の私はどこか素直になれる気がしていた。そもそも、先ほどの謝罪も、ほんとは面と向かって言うつもりだったはずなのに、さらっという形になってしまった。


 ぐっと唾ごと昔の自分を飲み込む。もう、年は明けたんだ。

「今年から私、生まれ変わりますから。見ててよね、きっと来年にはこれが普通になってるから」


 恥ずかしかったけれど、そこまで言い切った。思ったよりすがすがしい。

 突然の私の宣言に、母と姉、それに父も加わって、みんな揃ってポカンとしていた。遊びに夢中になっている弟だけが、きゃっきゃと声を上げていた。今までらしくない私の行動に、家族はどう思っているのだろうか。こいつどうしたんだとか、きっと、これからも笑いものにされるかもしれない……


 そんな不安が心をちらつくが、すぐにふり消した。そんなことを思っていては、去年きのうまでと変わらない。

 願ったんだ、誓ったんだ、初日の出様に。

「あんた、なんだか今日は——」

 姉がやっと言葉を零す。いつもあまり変動したことのない脈拍が、とても大きくしっかりと聞こえた気がした。


「新年早々、いい抱負を言ってくれるね!?」

「……!」

「『今年から生まれ変わる』か……いい抱負じゃないかぁ! よーし、お父さんも抱負を言うぞ」


 宣言しておきながら考え込む父に、姉も母も「はやくしてよー」と言っている。みんな楽しそうに幸せそうに輝いていて、それは突然の宣言をした私に対する嘲笑ではなくて、本当に心から笑っている表情なのだと、この時初めて私は感じることができた。心の奥で揺れる感情を、感じることができた。


「……よし、決めたぞ!」

「おおっ!?」

「お父さんの今年の抱負は——」

 その時、父は大きな手で私の頭を撫でた。


「家族が幸せに暮らせますように、だ!」


 自慢げに宣言した父の頬は少し赤らんでいて、それを誤魔化すかのように私の頭をわしわしなでる。少しの間言葉の出なかった私たちは、ぽかんとただ見上げるだけになってしまった。


「……お父さん、それは抱負じゃないでしょー」

「お願い事、よねぇ」

「んっ? 願い事? ……あぁ! 確かにそうだな! こりゃ願い事だ!」

 あっはっはっは、と豪快に笑う父。それにつられて母も姉も弟も笑いだし、しまいには私もなんだかおかしくなってきて、笑いだした。


 また近所迷惑もいいところだけど、外では花火が鳴り響いていたし、カウントダウンに集まった人々で賑やかだったので、おそらく大丈夫だろう。

 雪の積もったこの町に、新しい年がやってきたのだった。


 そして——

「……ん」

 窓がうっすら明るくなったことで、浅い眠りから覚めた。徹夜する勢いでいたが、どうやら迫りくる睡魔には勝てなかったようだ。みんな、炬燵を掛け布団にして寝ている。


 起こさないようにそっと抜け出て、窓へ向かう。ほんのり冷気を帯びるそれは、私の息で円形に曇った。曇りが徐々に晴れてくると、真白く積もった雪が見える。誰も雪かきをしていない、ふわふわのままのそれは、一つ一つが宝石のように輝き始める。


 やがて顔をのぞかせ始めた太陽に気が付いて、私は軽く上着を羽織っただけで家を飛び出る。太陽はちょうど何も遮蔽物のないあたりだ。

 すっと差してきた一筋の光に、何のためらいもなく一礼した。本当に、すがすがしい一礼だった。



 真白い町に、陽が昇る。

 それは、積もる雪を優しく解かす、年に一度の光であった。










——初日の出の願い事 終 ——

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初日の出の願い事 狐のお宮 @lokitune

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