第3話 初詣で勝負しましょうと彼女は言った

「わかりました。それじゃ、初詣で決めましょう!」


 歩乃華ほのかが、じゃない、穂乃果ほのかが変な事を言い出した。


「初詣で何を決めるっていうんだよ」


 いや、頭の回転が速いこいつのことだ。

 きっと、何か面白いゲームでも思いついたに違いない。


「ずばり……おみくじです!」

「そう来たか。なるほどな」


 初詣の定番であるおみくじ。出る運勢で勝負しようって腹か。


「いい思いつきだと思いません?」


 そう言う穂乃果は本当に楽しそうだ。

 見ているこっちまで嬉しくなってくる。


「ゲームの事を別のゲームで決めるってのも俺たちらしいな。いいぜ、やろう」


 別に俺としては、ゲーム内で結婚する嫁はぶっちゃけどっちでもいい。

 ただ、同じ読みのヒロインである歩乃華に彼女が思い入れているのは明白。

 だから、ちょっとからかって遊んでいるだけなのだ。

 それがつながって、こんな遊びにつながるならこっちも好都合。


「確認だけど。おみくじを1回引いて、運勢が良かった方が勝ちで、いいんだな?」

「はい。それで、勝った方が嫁を決める権利を獲得します」

「同じ運勢だったら?小吉と小吉とか」


 ぶっちゃけ、おみくじで小吉の割合は結構多い。

 だから、そのときの勝敗を決めておきたかった。


「その時は太一たいち先輩の勝ちでいいですよ」


 澄ました顔でそんな事を言う穂乃果。


「いいのか?それ、こっちに有利なルールだぞ」

「いいんですよ。今は負ける気がしませんから」

「……ふーん。ま、いいか。わかった」


 どうにも、勝つ確信がある口ぶりなのが気になるけど、それも一興。

 というわけで、ゲームは中断して初詣に出発することになった俺たち。


 そして、初詣先である八坂神社やさかじんじゃへの道中。


「振袖。その、初めて着てみたんですが、どう、ですか?」


 窺うように感想を求めてくる穂乃果が可愛らしい。


「馬子にも衣装って奴だな」

「意地悪をする先輩はキライです」

「冗談だって。とっても可愛い。大人の色香もあるっていうかさ」


 紫を基調とした振袖は、穂乃果を一回り大人っぽく見せていた。

 なんだか、少しだけドキドキしてしまう。


「良かったです。大好きです、先輩♪」


 機嫌良さそうに、ぎゅっと腕を組んでくる穂乃果が可愛い。

 幸せ過ぎるだろ、俺。


「ところでさ、その振袖は買った、のか?なんか、年季が入ってるけど」

「お母様のお下がりですよ。それも、さらにお祖母様のお下がりですけど」

「お前の家、割と歴史あるからなあ。築年数でも100年あるんだよな」


 藤原ふじわら家の建物を思い出す。

 木造建築で2階建て。今は亡き彼女の祖母は華道の家元もしていた。


「確か、家系図でも、300年くらいはたどれるって聞いてますよ?」

「俺の家とか、100年前はもうたどれないのに、すげえよな」


 つくづく、京都は古い家が多いと実感する。

 そして、楽しく会話しながらバスを乗り継いで、目的地の八坂神社に到着。


「あいっかわらず、凄い人混みだな……」

「八坂神社は名所ですからね。観光客も多そうです」


 京都に神社は数多いが、八坂神社は北野天満宮などと並んで、トップクラスに初詣客が多い神社だ。人混みがすごすぎて、列が少しずつしか進まない。


「この人混みだけはなんとかして欲しいよなあ」

「外国人観光客も増えてますし、難しいですよ」

「まあ、わかってはいるんだけど」


 せっかくのいい神社なのに、こう人が多いと清涼な気持ちも少し削がれてしまう。


「なんだか、不満そうですね?」


 目ざとく気づいたのか、穂乃果が聞いてくる。


「初詣は、爽やかな気持ちでしたいんだよ。こう、清らかな気持ちっていうか」

「そういうところ、先輩はやっぱお堅いんですから」


 そう言うなり、これまでよりさらに強くしがみつかれる。


「お、おい。ちょっとはずいんだが」

「私は、イチャイチャしながら初詣したいんです!」

「お、おう。そうか」


 今日はやけに積極的だな、なんて思いながら。

 でも。こういう初詣も幸せかもしれない、と思う。

 さっさとお参りを済ませて、おみくじに向かう俺たち。

 お参りはどうでもいい辺りは、神社に慣れ親しんでいる故か、このさきにある勝負こそが本題ゆえか。まあ、どっちでもいいか。


「あ、悪い。ちょっと忘れ物。参拝した時に置いたままだ」


 ふと、さっきの参拝の時に床に置いたものを忘れた振りをする。


「じゃあ、取りに戻ります?一緒に行きましょう?」

「いいって、いいって。じゃ、ちょっくら行ってくる」


 そう言って、複数ある他のおみくじ売り場に出向いた。

 八坂神社は広く、人混みでいっぱいだ。

 他のおみくじ売り場に出向いてもバレないだろう。

 この勝負、絶対に勝たせてもらうからな。


◇◇◇◇


「悪い。待たせたな」

「別にいいですよ。じゃ、おみくじ引きましょう!」


 やけに元気な声だな。どうにも引っかかる。

 ともあれ、おみくじだ。

 二人揃って、100円のおみくじを一つずつ引く。


「さーて、じゃあ、勝負です。先輩。いっせーのーで、で開けますよ?」

「ああ」

「「いっせーのーで」」


 手元で解いたおみくじをお互いに見せ合う。

 穂乃果の手は大吉。しかし、都合よく大吉とは……。


「なあ、おまえ、ズルしてないか?」

「してませんよ。ちゃんと運を天に任せましたよ。で、先輩はどうです?」


 早くも勝ち誇った表情で居る穂乃果。


「俺のは……大吉。勝ったな」

「ええ?先輩こそ、なんかズルしてませんか?」

「言いがかりだな。証拠でもあるなら言ってみろよ」

「じゃあ、妙に膨らんでるポケットのそれ。全部見せてくださいよ」

「うぐ……そ、それはだな」

「さあさあ。ズル、してないんですよね?」

「わかった……白状するよ」


 諦めて、先程引いたおみくじ約10枚を出す。


「先輩、おみくじはガチャじゃないんですよ?」

「悪かった。反省してる。でもさ、お前もなーんか変なんだよな」

「何も、してませんよ?」

「いいから、バッグの中開けてみろ」


 というわけで、開陳してみたところ、出てきたのはおみくじ約20枚。


「おまえな。人におみくじはガチャじゃないと言っておいて」

「だって、先輩に勝ちたかったんですよ」

「だからって、2000円注ぎ込むか?」

「先輩だって、1000円注ぎ込んだじゃないですか」


 結果、わかったのは、両方ともズルをしていたというどうしようもない事実。


「とりあえず、ドローにしないか?」

「そうしましょうか。あ、でも、それだと、先輩の勝ちになるんですよね」

「まあ、そうなるか」

「なーんか、悔しいんですけど……」


 こうして、新年のどうでもいい勝負は終わったのだった。

 そして。


「え?先輩は愛梨あいり推しじゃなかったんですか?」


 結局、俺は嫁を、穂乃果ほのかの推しである歩乃華ほのかに決めたのだった。


「いや、やっぱり同じ読みだと気になるだろ」

「じゃあ、なんで、愛梨推しとか言ってたんですか?」

「そりゃ、可愛い子程苛めたくなるって言うだろ」

「やっぱり、先輩は意地悪です」


 そんな風にして、元旦を仲良くゲームをして過ごした俺たちだった。

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下宿先の娘さんな恋人と元旦から稲作ゲームをしている件 久野真一 @kuno1234

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