第51話 エピローグ④

 「奥さん、よお来たのお」


 私は正式には武者野拓哉の妻ではありませんわ。

 あのシーズン終了後に授かり婚する筈でしたが、ター君の不慮の事故でその予定は流れてしまいましたもの。


 ですが、私は自分をター君の妻だと心から思っていますし、監督の喜島剛さんもその思いを分かってくれていますので、彼はあえて奥さんと私を呼んでいるのです。

 誰が認めなくとも自分は認めているぞと私は励ますために。


 「今日は忙しい中取材を受けて頂き本当に有難うございます」


 「タックのためじゃけーのお。当然のことですわい」


 私はター君の書きかけの手記を完成させようとしていた。

 夫が遣り遂げた偉業を風化させない為に。

 私がター君の事をより理解しより愛する為に。




 J1ホーリーランズ尾道のクラブハウスを後にし、その足で病院へと向かった。

 今も夫が眠り続ける病院の個室へ。


 「ただいま、ター君」


 個室に入るなりター君にキスをする。

 王子様のキスで目を覚ます童話のようにター君も目を覚ましてと願いながら。

 それから備え付けの机に座り夫を見守りながら手記の編纂へんさんに勤しむ。

 それが最近の私の日課となっていました。


 ふと、視界の隅でいつもはピクリとも動かないター君が揺れたような気がした。


 またですわ。


 また、諦めきれない願望が私に幻想を見せましたのね。

 手を止めてペンを置き、じっとター君を見つめる。


 ・・・やはり、気のせいでしたわ・・・


 その時、ター君の目が前触れもなく開いた。


 あ・・・本当に・・・ター君・・・!


 椅子をなぎ倒す勢いで立ち上がってベッドへ駆け寄る。


 「ター君!」


 「・・・ク、ララ・・・?」


 あぁ最愛の夫が私の名前を呼んでくれた!夢じゃない!


 「もぉ、私を置いてどこに行ってたのよぉ?」


 もう駄目ですわ。

 これまでずっと堪えて来た涙が・・・一斉に湧き上がって零れ・・・る・・・




 ビエーン、ビエーンとクララはまるで子供のように泣いていた。

 その泣き声を聞いていると思い出が次々と蘇えってくる。


 ホーリーランズのこと、別れた妻子のこと、両親や家族、友人知人、カレン、コギャルたち、ゴリ先輩、そして最愛の女のことも・・・


 あぁ、そうだった。クララはこんな風に泣く女だったな。


 何とか動いてくれた両手で覆いかぶさるクララを抱きしめながら、壁にかかったカレンダーに目をやると、同じ年の12月だった。


 どうしてだ!?


 俺は異世界であんなに長い年月を過ごしてきたっていうのに。

 こっちでは1ヵ月しか経ってないっていうのか。


 あっ、そういえば最初に天使が言ってたな。

 異世界では時の流れが違うとか何とか・・・

 あの時は絶望させられたけど結果オーライだった。


 泣き疲れたクララが俺に顔を向けて懇願するように言った。


 「もぉ何処にも行かないでね、ター君」


 「ごめんな・・・ほんの36年ほど・・・アウェーで戦ってたんだ」


 「これからはずっとクララのそばにいるよ」


 (完)

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最後まで付き合って頂きまして本当にありがとうございました。

本作はこれで完結となります。

ですが、落武者シリーズはまだ続きます。


エピローグ部分の異世界編を以下でやっていますので是非どうぞ!

https://kakuyomu.jp/works/1177354055589811775


現代編もJ1昇格後の話をいつか各予定です。ではでは。





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落武者Jリーガーの大逆転! イクゾー @eichieye

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