第50話 エピローグ③
「陛下!モア宰相の奥様がいらっしゃいました!」
もぉ、騒がしいわね。
確かに先触れの無い訪問は珍しいし無礼でもあるけど取り乱しすぎでしょ。
「何をそんなに興奮しているのよ。それで来たのはどの方かしら?」
「それが、第一夫人だと主張しておられます!」
「な、何ですって・・・・・・!?」
常勝将軍にして名宰相であるロビン・モアの六つの謎。
その一つである『幻の第一夫人』が私を訪ねて皇宮に来たというの?
「本物・・・なのかしら?」
「申し訳ありませんが、私には判断がつきかねます」
「そうよね。ロビン本人にしか分からないことだわ」
「どう対応いたしましょうか?」
そんなの決まってるでしょ!
「もちろん会うわ。直ぐに謁見室へ案内してちょうだい」
「ですが偽物だった場合、非常に危険です!」
「女性一人に何を心配してるの? そばには騎士も控えてるというのに」
「それが尋常な女性ではないのです。僧服を着ていますがあれはまるで・・・」
僧服?
ロビンと離婚しないまま修道院にでも入ったのかしら。
それでずっと姿を消していて幻の第一夫人になったのかもしれないわ。
ともかく、尼僧ならなおさら危険などないでしょう。
「そんなに心配なら護衛の騎士を増やしなさい。私も準備ができ次第行くわ」
まだ何か言いたげな侍女は、目で再度命令すると困った顔をしながら執務室から出ていった。ふぅ、やっぱり侍女長でないと駄目ね。ほんと頼りにならないわ。
ロビンの幻の第一夫人なんて大珍客、何があろうと会うに決まってるでしょ!
たとえ偽物だとしても、それはそれで興味が尽きないし。
ウフフフ、こんなにワクワクするのは何年ぶりかしら。
「陛下、突然の訪問にも関わらず謁見の栄誉を
私が謁見室に入り玉座に腰かけると、シスター姿の大柄な女性が片膝をつき顔を伏せたまま型通りの言葉を述べた。
「拝顔を許す。お立ちなさい」
命じられたまま女性が静かに立ち上がると、どよめきが起きた。
ビックリするほど背が高い。それに僧服が破けそうな程の凄い筋肉。
護衛の為いつもの倍の12人いる騎士たちの誰よりも大きくて強そう!
侍女が言った通り、これは尋常な女性ではないわね。
本物、偽物、どちらにしろ大当たりだわ。
私が太鼓判を押したその当の本人は、私の顔をじっと見つめながら怪訝そうな表情を一瞬浮かべたが直ぐに納得の色を見せた。
何やら思うところがあったようね。後でネタにするとしましょう。
「そなたの名前と素性を聞かせてもらおう」
「私の名はマティルダと申します────」
マティルダ?
私が予想していた名前と違う・・・これは偽者の線が濃くなったわね。
「────陛下の忠実な臣下であるロビン・モアの第一夫人です」
言った!
女帝である私にハッキリと自分が第一夫人だと明言した。
これはもう冗談では済まされない。
その言葉の重みを理解している騎士たちはまたどよめいていた。
さぁ、ますます楽しくなってきたわよ。
「かのロビン・モアの第一夫人といえば、幻の妻として有名だが、そなたは自分が本物だと証明できるか?」
「秘密結婚でしたので教会の記録も無く証明は難しいかと存じます。私の言葉を信じていただくほかございません」
「であるか。それでは、私の質問にいくつか答えてもらおう」
「なんなりと」
「
「197センチになります、陛下」
メトリック法で答えた!
これはポイント高いわよう。
「なぜ数年前に我が国で施行されたばかりのメトリック法で答えた?」
「夫がずっと昔から使用していましたので」
「その通りだ。メトリック法はモア宰相が発案して帝国に導入した」
「夫の念願が叶い嬉しく存じます」
ふむ。第一関門クリアってところね。
次はちょっと変則的な質問になるけど、頑張ってちょうだい。
簡単にボロは出さないでよね。
もっとこのお愉しみを味わっていたいわ。
「先程、私の顔を見て何か思うところがあったようだな?」
「はい。ただ、陛下に言上する程の事ではございません」
「
「御意を得て申し上げます。陛下のご尊顔が
「だが直ぐに納得したようだが、その理由は?」
「夫の言葉を思い出しました」
「ほぅ、宰相は何と言っておった?」
「似すぎている肖像画は危険だと言っておりました」
「その通りだ。似ても似つかぬ肖像画を描かせたのはモア宰相の指示だった。内戦が片付くまでは暗殺者共が
「戴冠までのご苦労ご心労いかばかりかと拝察いたします」
ふふふ。これで第二関門もクリアだわ。
マティルダ、貴方とっても良いわよう。
もっともっと私は楽しませてちょうだい。
さぁ、次はぐっと難易度を上げるけど
「モア宰相には新成人になったばかりの頃に負傷した傷跡が今も残っているが、その場所と由来を知っておるか?」
ロビンが12歳の時に死ぬ程の大怪我をしたことを知る者は少なからずいる。
だけど、その傷跡と怪我の原因を知る者はほとんどいないわ。
さぁ、第一夫人を自称する貴方に答えられるかしら?
「存じております。夫には後頭部に三日月型の傷跡がありました」
正解!
普段は髪で隠れているからロビンのごく近しい者しか知らない事実。
これを言い当てるなんてやるじゃない。
でも、その由来はどうかしらね。
事が事だっただけにロビンは誰にも語っていなかったわ。
「その傷は、リンゴの木から落ちて負傷した時のものです」
大正解!!
公園のリンゴをつまみ食いしようとして木に登り足を滑らせたという間抜けな事故だっただけに、ロビンが全力でひた隠しに隠していた事実。
私も彼を登用する際に周到な身辺調査をさせたから判明したのだけど、この女性は一体どうやって知ったのか・・・やはり、本物なの?
「その通りだ。モア宰相から
「いえ、夫のその怪我を治癒したのが私でございます」
「なんと、それは真か?」
「はい、当時私はモア家のお抱え医師であったクラウリーのもとで助手をしておりましたので」
クラウリー・・・その名は調査報告書に載っていた記憶がある。
たしか名門カレッジ出の優秀な医学博士だったわね。
だけど、
それは
これは、ますます信憑性が高まったわ。
もし彼女が本物の第一夫人なら聞きたいことが山ほどある。
だから、どうしても本物だという確証が欲しい。
こうなったらもう、アレを試すしかないわね。
ロビンの第一夫人と聞いて私が真っ先に思い浮かべた名前を・・・
でもさすがにこれは私の口からは
彼に代弁してもらいましょうか。
私は一番近くに控える壮年の武官に視線を投げかけて目で訴えた。
あの事を彼女に尋ねなさいと。
忠誠の証として貴方が私にだけ教えてくれたロビンの秘密を
無言の勅命を受けた男は、不遜にも肩をすくめて困ったお方だと目で伝えてきたが、実直に命令を遂行してくれた。
「マティルダ殿、私はロランだ。モア将軍とは彼がまだ学生の頃から付き合いがあるが、私のことを何か知っているかな?」
「もちろん存じております、
「ほぉ、将軍からどんなことを聞き及んでいるのですかな?」
「閣下こそ、一介の学生だった夫を女帝軍に抜擢して戴いた恩人でございます」
あらあら。今の言葉には僅かながら
ロビンを軍人にしたことを彼女は恨んでもいるのだわ。
恐らく、それが原因で二人の道が分かれてしまったという所かしら。
しかし、ロランがただの学生だったロビンをこっそりと士官待遇で軍に迎え入れたことは、今ではほとんど知る者がいない事実。
それすらも知っていたとは、もはや疑う余地が無くなってきた。
というわけでロラン、そろそろ決着を付けなさい。
「恩人とは
「夫への過分なる称賛、光栄に存じます」
ロランは
「以前、モア将軍から私にだけ打ち明けられたことがある。彼には随分と昔に分かれた最愛の女性がいたと。その女性の名をご存じだろうか?」
よし、言った!
それよそれ!
その名前を知っているのは広大な帝国の中でも私とロランの二人だけ。
ロビンの他の5人の正妻ですら知らなかった。その何倍もいる愛妾たちは言わずもがな。それは実母のキャサリンや姉妹であるアリスとアイリーンも同様だ。
まさにその名前は極秘中の極秘と言える。
マティルダ、貴方にはそれが答えられるというの?
「第一夫人たる貴殿には不本意であろうが、その女性の名はマティルダでは無かった。複雑な心情は察するが、もし知っているのなら正直に答えて頂きたい」
それ言っちゃうんだ。
さすが元帥! 私には言えない事を平然と言ってのけるっ。
思わずシビれてしまったわ。
さぁ、ここまで言われたマティルダはどうするのかしら?
もし、あの名前を口にするようなら彼女は紛れもなく────
「クララ。夫の最愛の女性の名はクララと申します」
────本物だっっっっっっ!!!
無意識に上げそうになった腰を無理やり押し留める。
前のめりになった上体を再び玉座にもたれかけた。
その間にも私の脳内では様々な思考が瞬時に交錯していた。
もう間違いない。
彼女こそロビンの『幻の第一夫人』なのだ。
そこは純然たる事実、大前提として受け入れよう。
そうなると、女帝たる私は見極めなくてはならない。
彼女の意図を探らなければならない。
なぜ幻の第一夫人がこのタイミングで私の前に姿を現したのか?
マティルダの目的は何なのだろう。
ロビンに付随する財力?権力?名誉?
いや、違うわね。
彼女の来ている僧服は大陸のルセーナ修道女会のもの。
特に清貧を旨とするあの修道会の尼僧が俗世の欲につられるとは思えない。
そもそもこのマティルダの達観した人品にそぐわないわ。
ロビンが栄達した後も全く姿を現さなかったことからもそれは
それに、実は彼女がクララでマティルダは偽名の可能性だってあるわ。
その場合はどうなるのだろう。
やはり、ロビンへの愛情が動機だろうか?
それともまさか・・・
ふぅ、降参だわ。
帝国に余裕があればこのゲームをもっと楽しむのだけど、今は非常事態。
まずは素直に本人に訊くべきでしょうね。
「そなたがモア宰相の第一夫人であることはセクスランド帝国の女帝たる私が承認し、その権利を保障しよう」
「陛下の格別なるご恩情を賜り感謝の言葉もございません」
「救国の英雄にして興国の巨人であるモア宰相が、誰に何を言われようと空席にしたまま守り抜いた第一夫人に私が報いるのは道理だ。そうであろう?」
「陛下は英明であらせられます」
さて、貴方をロビンの妻と認めたところで本題に入りましょうか。
「では、名宰相の第一夫人たるそなたの用件を聞かせてもらおう」
「私は夫の言葉をお伝えするために参上いたしました」
「ロビンと会ったと言うの!?」
今度こそガタッと音を立てて腰を上げ一歩前に詰め寄ってしまった。
騎士たちがどよめく。冷静な元帥も思わず唸った。
もちろん私が女帝にあるまじき振る舞いに及んだからではない。
半年前から行方不明になっているロビンの有力な手掛かりが現れたからだ。
侍女にロビンの第一夫人が来たと聞いた時から、期待していなかったと言えば嘘になるけど、まさか本当に手掛かりが得られるとは・・・
私は食い入るような眼差しでマティルダに答えを求めた。
「先月、私が看取ったクラウリーの葬儀に夫が訪れました」
「あぁ、無事だったのね」
ため息交じりの私の呟きは、騎士たちの歓声にかき消された。
ここにいるのは皆、ロビンの戦友と腹心の部下ばかりだ。
やっと彼の消息と健在が分かって心から喜んでいるのでしょう。私の様に。
「それで、モア宰相の
「エレノア女帝陛下にのみお伝えするよう頼まれております」
「であるか。ここでは人払いしても誰が聞いておるか分からん。奥の私室で聞こう。元帥、マティルダ殿の案内を頼む。丁重にな」
「御意!」
私は足取りも軽く謁見室を後にし私室へと向かった。
その場所で絶望に叩き落されるとも知らずに。
「貴方の夫は、ロビンは、もうこの世にいないのね?」
マティルダから
誰も知らないロビンの正体と彼の遺言も。
不思議と涙は出なかった。
別の世界でロビンが、あの人がまだ生きていると知ったからだろうか。
誰よりも泣きたい筈の目の前の女性が静かに耐えているからかもしれない。
「つまり、私たちは皆フラれてしまったというわけね」
マティルダと自分を励ますように軽口を飛ばして笑いあった。
紅茶を口に含み一息つくと今後の行く末に思いを馳せる。
私が死んだら歴史家たちは想像で好き勝手なことを書くのでしょうね。
軍事でも内政でも抜群の功績を立て国民から絶大な人気を誇るロビンを
あぁ憂鬱だわ。全部貴方のせいよロビン。
でもそのぐらいは許してあげる。
貴方が私に与えてくれたものは比べ物にならないほど大きいもの。
だからこちらの事はもう心配せずに安心して幸せになりなさい。
残りの人生を最愛の女性と一緒に楽しく過ごしてね。
私も観念して自分の幸せを探すことにするわ。
だから一度だけ言うわね。
「さようなら、私の英雄ロビン・モア」
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