第49話 エピローグ②

 「ロラン先輩!」


 いきなり真横から名前を呼ばれ驚愕が表情に出た。

 身の上話を聞いていた目の前の新兵に見られちまったな。情けない。

 しかし、俺に気配を悟らせずにここまで近づけるのはアイツぐらいだ。

 声のした方を見やると馬をひいて歩いてくる男の姿があった。

 

 「ロ・・・いや、将軍、そろそろ出番ですか?」


 おっと、思わず名前を出すところだった。

 どこにスパイがいるか分からんから気を付けんとな。


 「将軍は勘弁して下さいよ。昔のままロビンと呼んで欲しいって言ったじゃないですか」


 「ば、その名前を出すな。戦闘中だぞ」

 「大丈夫ですよ。ここの新兵の中にはスパイなんていませんから」

 「どうしてそんなことが分かるんだ?」

 「だって先輩から警戒信号が出てませんからね。その人のこともシロだと確信してるでしょ」


 雑談という名の尋問を受けていたと悟った新兵シモンの顔が引きつっていた。

 ま、そういうことだ。これも仕事でな。悪く思うな。


 「フン、こいつは確かに白だ。スパイにしては言動が怪し過ぎる。こんな自分から疑って下さいと言ってるようなスパイはいやしない。ただ、別の意味で只者じゃないけどな」


 改めてシモンの顔を吟味してみるが、どう見てもスパイじゃないな。

 ただ、どこか違和感がある。

 まぁ今は妙な身代わり新兵よりもロビンがここに現れたことの方が重要だ。


 「それで最初に訊いたことだが、ぼちぼち出番か?」


 「はい。先程知らせが届きました。あと1時間もすれば秘密兵器が到着します」


 「秘密兵器ね、名前通りどんなもんか全く知らんのだが本当に役に立つのか?」

 「ハハハ、手厳しいなぁ先輩は。でも安心して下さい。役に立つどころじゃないですから。恐らくこれで内戦が終わります」


 フ、それが本当なら大したもんだ。

 俺もいい加減この不毛な内戦には辟易してたからな。

 だが、これだけ長く続いた戦がそんな簡単に終わるだろうか・・・


 「ハッ、大した自信だな。噂では大勢の風術士を集めてたそうだがそれは関係あるのか?」

 「秘密兵器ですからね。それは見てからのお楽しみです」

 「なあ、頼むからせめて名前ぐらい教えてくれよぉ」

 「ふふふ、恩人の先輩にそこまで言われたら仕方ないですね・・・」


 お、本当に教えてくれるのか。言ってみるもんだな。

 しかし、その甘さがいつか命取りになるぞお前。


 「秘密兵器の名前はランドクルーザー。略してランクルです」


 「ランドクルーザー・・・ランクル・・・意味不明だな」

 「意味不明で良いんですよ。名前でバレてしまったら秘密になりませんからね」

 「だが、お前にとっては意味のある名前なんだろ?」

 「さすが鋭いですね。後で説明しますよ」


 「では、僕はそろそろ出張ります。ランクルの為に露払いをしておきたいので」

 「そうか。俺の部隊はどう動けばいい?」

 「ランクルが短時間で僭王軍を壊滅します。敵兵は四方八方に逃げ散るでしょうから、こちら側に来た敗走兵を捕らえるか討ち倒して下さい。この後ろの森に逃げ込まれたら面倒ですからね」

 「了解した。お前も油断するなよ。ま、言うだけ無駄だろうがな」

 「いえいえ。その言葉が聞きたかったんです。僕に忠告してくれる人はめっきりいなくなってしまったので」


 ロビンは一瞬寂しそうな表情を見せてから馬に飛び乗る。

 「では先輩、後で秘密兵器の感想を聞かせて下さいね」

 「ああ、また後でな」

 馬を進ませたロビンは出撃準備の為に隊列の後方へ向かった。



 ロビンの騎馬隊が土塁後方の斜面を下り土煙を上げながら出撃していく。

 「お前らよく見ておけよ! モア将軍の鮮やかな戦いぶりが見られるのはこれが最後らしいからな!」

 俺は土塁に残された新兵たちを引き締める為に叫んだ。

 自分たちの隊列の後に隠れていた騎馬隊を興味深そうに見ていた新兵たちがハッと我に返って俺に注目する。


 「将軍の攻撃の後に別動隊が敵を殲滅する! 俺たちの任務は敗走してくる敵を迎え撃つだけだ!」

 おおぅと新兵たちから安堵と興奮の呻きが起こった。

 「殺す必要はない!足を狙え!後方の森に逃がさないようにだけ注意しろ!」

 今度は、良かった、殺さなくていいんだ、ありがてぇ、そんな声が新兵から聞こえてくる。まぁ新兵なんてそんなもんだ。余計な事して足を引っ張らなきゃ御の字さ。

 「では号令あるまで待機だ!」

 


 「あそこだな」


 満を持して突撃を開始したロビンは敵味方の複数部隊が入り乱れて戦う場所へ騎馬隊を導いていく。

 あのまま突き進めば敵の歩兵部隊にぶち当たり、その後ろには敵の術士部隊がいる。さらにその左後方には敵の本隊がいて、右後方には敵の弓部隊がいるな。

 正面にいる歩兵部隊は全て重装歩兵だ。いかに騎馬部隊でもまともに当たれば被害は甚大となるだろう。


 しかし、それでもロビンは手綱を緩めずに突き進んだ。


 ロビンに従う騎馬隊も何の迷いもみせずに隊列を崩すことなくそれに続く。

 敵の歩兵部隊がロビンの騎馬部隊の突撃を早々に察知した。

 真っ赤なマントの逆効果だな。

 しかもロビンはマントだけでなく武具甲冑まで全て赤く染めてやがるし。

 あれじゃあ突撃が悟られない訳がない。

 だがロビンは正面の重装歩兵たちが自分に向け大きな盾を構えて待ち受けるのも構わずに突っ込んでいった。


 その時、重装歩兵たちがその左手側から横槍を喰らって体勢を崩す。


 少し前にそらちの方向へ突撃をしかけて駆け抜けていった女帝軍の騎馬部隊が、敵の重装歩兵が横を向いてるのを見て折り返し突撃を仕掛けていた。視界が悪く正面以外からの攻撃には脆い重装歩兵はあっという間に寸断されていく。


 そしてロビンたちがその場へ到達した時には騎馬部隊がちょうど通り抜けられるほどの道筋がポッカリと開いていた。まるでそうなることが分かっていたかのようにロビンは騎馬部隊を引き連れてその道を悠々と駆け抜けていく。

 その時、最も驚き慌てたのは重装歩兵の後ろで守られていた敵の術士部隊だ。


 「戦場から立ち去れ! 歯向かわなければ術士を討ちはしない!」


 ロビンが遠くから不思議とよく通る声で警告すると、恐怖で固まっていた術士部隊は我先にと散り散りに逃げ始めた。


 「聞こえたな! 避けながらついてこい!」


 今度は後ろに続く騎馬隊に叫びながらロビンは右往左往する敵の術士たちの隙間を縫うように馬を走らせる。

 このまま左前方にいる敵本隊への突撃が成功すればこの戦の趨勢は早々に決するだろう。

 しかしロビンは右前方にいる敵の弓部隊へ向かっていった。

 遠距離攻撃用の弓隊が、騎馬隊の突撃を喰らえば一溜まりもない。

 ロビンたちはいとも簡単に複数の弓部隊を蹂躙していった。


 しかし、それが終わると一転して退却を始める。

 敵味方に囲まれる位置にいたが、今度もまたロビンの行く先々で道筋が開かれ、まるで無人の野を行くが如く俺たちのいる土塁の隣へ楽々と戻ってきた。


 相変わらず見事なもんだ。

 戦場で芸術を見せられるのもアイツぐらいなもんだろ。

 これもあの能力の賜物か。

 まぁその代償は大きいようだがな・・・


 おっと、そろそろ奴の言ってた時間の筈だか秘密兵器ランクルはまだか?

 土塁の隣で待機しているロビンを見ると、俺がそうするのを分かっていたかのように目を合わせて戦場から東の方向を指で示した。


 奴が指差す先へ視線を動かすと、いくつかの布がはためいているのが見えた。

 あれは、旗か・・・・・・いや違う!

 ま、まさか、帆なのか・・・!


 「そうきたかー」


 背後で新兵シモンが素直に感嘆して唸るのが聴こえた。

 俺も隊長という立場が無ければ思いっきり歓声の一つもあげたいところだ。

 よくもまぁあんなものを考え出したうえに実際に作りあげたもんだよ。

 

 まさか、陸を走る帆船とはな。


 正直、度肝を抜かれた。

 思わず見入っちまったが、その間に両軍の兵士たちも気づいたようだ。

 戦場の東端に到着して整然と並び威容を見せつけるあり得ない船を。

 ざわめきが東から広がり全体に行き渡ると、今度は静寂が戦場に満ちた。

 誰もが手と足を止めて6隻の陸上船、ランクルを呆然と見つめている。


 この戦場でたった一人だけ平常心を保っていた男は、ランクル隊の旗艦に馬で駆け寄り船長といくつか言葉を交わすとまたこの土塁の隣に戻ってきた。

 ロビンが右手を振り下ろして艦長に合図を送る。

 艦長の号令がかかり、風術士たちが風を巻き起こすとランクル隊は動き始める。


 「「「「「 うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!! 」」」」」


 止まっていた戦場の時間がランクルと共に再び動き始めた。

 味方からは興奮の歓声が、敵方からは恐慌のどよめきが空気を震わせる。

 ランクル隊は北側に大きく迂回して僭王軍の背後に回っていた。

 船上にいる弓兵の中隊36名が次々と敵の背中へ矢を射かけていく。


 「あれは防ぎようがないだろ」


 歩兵や騎兵は近づいても何もできない。

 遠距離攻撃ができる弓兵や術士はロビンが先に掃討しちまったしなあ。

 後ろのランクル隊が気になって仕方ない僭王軍に正面から当たる女帝軍は戦意マックスで切り込んで行ってる。

 

 これはもう勝ったな。


 だが、あの秘密兵器は少し気になる。

 本当にアイツが言った程のものなのか・・・



 「ロラン先輩」

 「うおっ・・・驚かすな」

 「これは失礼しました。ところで、どうですかランクルの感想は?」

 「ああ、素直に驚いたよ。今後の戦争の姿を激変しかねない代物だ」

 「でも、ちょっと物足りないって顔をしてますよ」

 「・・・そうか。ま、俺は正直者だからな」


 「昔からそうでしたよね。だけど安心して下さい。これからが本番ですから」


 何・・だと・・・?

 あのランクルにはまだ強力な武器が残っているというのか。

 「ほぅ、まだこの先があるならさっさと見せて欲しいもんだ」

 俺は僭王軍の背後で暴れ回るランクル隊に目を向けた。

 「もう見えてますよ。そっちじゃなくて、あっちです」

 ロビンが顔で示したのはランクル隊が最初にやってきた東の方向だった。

 「おい、あれは・・・」


 「ええ、あっちがランクルのです」


 なるほど、本隊か。

 その姿が大きくなるにつれ、背筋に冷たいものが駆け抜ける。

 ランクル弓隊より遥かに大きい。

 何よりも前面から飛び出した6本の破城槌が物語る事実が恐ろしい。

 ランクル本隊は突撃部隊だってことだ。

 つまり、そういうことなんだろうな・・・


 ジャーン ジャーン ジャーン ジャーン

 女帝軍の銅鑼が一斉に鳴り響き戦場全体に後退を伝える。

 各部隊は命令通りに引き始めた。

 僭王軍は疲労が濃く追撃してこない。


 「では僕も、もう一働きしてきますね」

 「待て、ここはお前の騎馬隊も待機する局面だろ」

 女帝軍が引いたのはランクル本隊の突撃に巻き込まれないようにするためだ。

 そこにお前の騎馬隊が動き回っていたら同士討ちになっちまうだろ。


 「僕が率いるのは騎馬隊じゃありませんよ。分かってるくせにやだなあ先輩」


 やっぱりそうだったか。

 ランクル本隊が突撃仕様なのを見た瞬間に分かっちゃいたさ。

 だけどな・・・

 「そこまでお前が背負う必要があるのか?」


 「発案者ですからね。それに、僕が一番上手く突撃できますから」


 笑えてない笑顔でロビンは自慢した。

 そんな顔でそんなことを言われちまったら止めることはできないな。

 俺に出来ることはいつもの様に明るく送り出してやることだけか。


 「あのランクル本隊に鳥の目を持つお前が乗ったらもう無敵だな」

 「ええ、文字通り無敵です。もはや僕に敵はいません。内戦はこれで終わらせます」

 ロビンも自分を奮い立たせるように大言を吐いて馬に乗り将軍の顔になった。

 「ロラン隊長、敗走兵の捕獲、掃討を頼む」

 「御意! ご武運を、モア将軍」

 俺たちはうなずき合って別れた。

 ロビンを乗せた馬は全速で駆けていきランクル本隊の旗艦に乗り込んでいった。




 奴の宣言通り、10分とかからない間に僭王軍は壊滅した。

 あれはもう戦争とは呼べない。一方的な殺戮だ。

 確かにこれで内戦は終わるだろう。


 だが、そうなったらお前はどうなる?


 戦が無くなれば常勝不敗の将軍はもう用済みだ。

 その時にランクルでの大量虐殺がやり玉にあげられ非難されるだろう。

 英雄の足を引っ張りたがる厄介な味方もたくさんいるからな。

 ロビン、お前ちゃんと先のことも考えてるか?

 

 「ふぅ、内戦が終わってもしばらく引退できそうにないか・・・」 

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