第48話 エピローグ①

 うわーなんにも無ーい。

 家どころか山も川も無いよー。

 それに空が見たことないような紫色だよー。

 

 うん、間違いない。

 きっとここが煉獄れんごくなんだ!


 司祭様がいった通り、煉獄は本当にあったんだ。

 これで僕は自由だ。

 もう嫌なことしなくてもいいんだ・・・・・・


 「やったー! バンザーーーイ!」


 すごいよ。

 体が勝手に飛び跳ねちゃうよ。

 だって体が、心が、こんなに軽いんだもん。

 アハハ、アハ、アハハハハハハハハハハハハハハハ。

 


 「ちょっといいかな?」


 うわ、ビックリしたなあもう。

 誰かそばにいたんだ。

 全然気づかなったよ。

 でもいったい誰だろう、この変な顔で変な格好したおじさんは?

 まぁ誰でもいいけどね。


 「なーに、おじさん?」


 「・・・俺は武者野という者だけど、君は誰だい?」

 「ムシャ・・・ムシャールノ?  アハハ、変な名前だねー」

 「違う、武者野・・・いや、ムシャかムーシャとでも呼んでくれ」


 「分かった。じゃあムーシャだね。僕はロビンだよ」


 あれ、おじさんが変な顔をもっと変にしてる。

 僕の名前が変だとでも思ってるのかな?

 僕がおじさんの名前を変だと思ったみたいに。

 まぁどうでもいいけどね。


 「ロビン、ここが何処か分かるかい?」

 「どこって、そんなの煉獄に決まってるじゃない!」

 「煉獄・・・? それって何だっけ?」

 「ムーシャはそんなことも知らないの? どうして? そんなの変だよ」

 「うーん、あんまり宗教に興味なかったからなあ」


 「あ、ずっと東にある大陸にはそんな人もいるって聞いたことあるよ。そっかー、どうりで名前も見た目も変なわけだね。じゃあいいよ。僕が教えてあげる。煉獄はね、天国と地獄の間にある世界だよ。僕たちは死んだらまず煉獄に行って審判を受けるんだ。それで天国か地獄に行くんだよ」


 えっへんぷい。

 僕はちゃんと神学の勉強をやってたからね。こんなの常識だよ。

 

 「ロビンはどこから来たの?」

 「セクスランド王国のベルディーンからだよ」


 おじさんが今度はビックリした顔してる。

 ベルディーンを知らないのかな。

 あんなに大きくて有名な街なのに。

 いくら異国の人間だからって無知にもほどがあるよ。


 「ロビンはいつからここにいるの?」

 「いつって、ついさっき来たばかりだよ」


 おじさんが今度は困ったような顔をしてる。

 煉獄ではもうなにも困ることなんてないのにね。

 いい年した大人なのに情けないなー。

 よし、しょーがないから僕が一緒にいて元気づけてあげよう。


 「話は聞かせてもらった」ストン!


 うわ、空から猫が降ってきた!それにしゃべってる!


 「我が名はカトー。煉獄センターの番人だ」


 ぷぷぷ、猫なのに番人て、おもしろーい。

 でもこの猫さん素敵だね。


 「灰色の猫って初めて見たー。カッコイイね!」


 「カトー、状況を説明してくれたら助かる」

 「ふむ、お前は冷静だな。死んだばかりだというのに」

 「職業病だ。気にしないでくれ」

 

 さっきまでポンコツだったムーシャが急にシャキッてなったよ。

 それに職業病ってなんだろ?


 「よかろう。状況は簡単だ。お前は地球からここへやって来た。ロビンは別の世界からここへやって来た。それだけだ」

 

 ふーん、ムーシャはチキュウっていう別の世界から来たのかー。

 じゃあベルディーンのことを知らなくても無理ないね。

 だけど煉獄は他の世界ともつながってるのかあ。やっぱりすごいや。


 「分かった。それで、俺たちはこれからどうすればいいんだ?」

 「私が担当の天使へ引き継ぐ。後は天使の指示に従えばいい。それで、お前たちの宗教はなんだ?」

 「僕はもちろんパルセノス教徒だよ!」

 「俺は・・・特にないな」

 「なんと無宗教者か!」


 やっぱりムーシャは神様を知らない野蛮人だったんだー。

 変なのは見た目だけじゃなくて頭の中もだったんだね。


「ともかくロビンの天使を呼ぶか。少し静かにしておけ」


 ムーシャのせいでちょっと不機嫌になった猫さんが目を瞑って動かなくなったよ。

 あ、猫さんから光が出てきてどんどん輝きが強くなってく!

 なにがなんだか分からないけど、とにかくすごいよ!


 「ふにゃ~お」


 ぷぷぷー、この緊張した場面でその可愛い鳴き声はずるいよー。

 ほら、ムーシャもずっこけてるじゃない。

 うわ、まぶし。

 空から今度は光と一緒に天使様が降臨してきたよ!


 「呼びましたか、カトー」


 「うわぁとっても綺麗な天使様だね!やっぱり煉獄ってすごいなぁ」

 本当にすごいよ。感動だよ。

 「パルセノス教徒のロビンだ。案内してやってくれ」

 猫さんは天使様に対しても堂々と普通に話してる。友達なのかな?


 「承知しました。そちらの殿方は違うのですか?」

 「こいつは無宗教者だ」

 「あら、それでしたら、この方も私がご案内しましょう」

 「ルチアよ、どういう風の吹き回しだ。あれだけ霊魂の手続きを面倒くさがっていたのに」

 「何を仰いますの。本当にご冗談がお好きですこと。オホホホホ」


 「フン、大方、ノルマがこの二人で終わるのだろう?」

 「否定はしません。そもそも三級天使の私にこんな雑用をさせることがあやまちなのです」

 「今はどこも昇天ラッシュなのだから仕方あるまい」


 へぇー、今って昇天ラッシュなのかあ。

 そういえば僕の国も内戦が本格的になりそうだって言われてたもんね。

 どこの世界もそんな感じだと煉獄も大忙しで大変だよー。


 「分かっています。だから私も文句ひとつ言わずに励んでいるのです」

 「・・・まあいいだろう。この男の名はムーシャだ。責任持って案内を頼む」

 「ご心配には及びません。三級天使の私がこの程度の仕事で失態など犯すはずがないでしょう」

 「だといいがな」


 「さあ、ロビンにムーシャ、私についていらっしゃい」

 あ、天使様が行っちゃう。僕も行かなきゃ。

 「はーい。じゃあ灰猫さん、バイバ~イ」



 「どこに向かってるんだ?」

 猫さんとおしゃべりしてて遅れてたムーシャが走って追いついてきた。

 天使様に行く先を聞いてるけど、僕もそれは知りたいな。


 「どこにも。ただ歩くことが大事なのです」

 「サッパリ意味が分からないんだが」

 「煉獄の入り口であるこの荒野では、立ち止まっていては時が動かないのです。歩き彷徨さまよう苦行により次のステージへ進むことができます」

 「苦行か、あとどのぐらい歩けばいいんだ?」


 うわ、見えない速さで天使様がムーシャの正面に立ってた。

 そしてじっとムーシャの目をのぞき込んでる。


 「そうですね・・・ムーシャは既にかなりの苦行ポイントが溜まってるので数時間というところでしょう」


 苦行ポイント!

 そんなの初めて聞いたよ。

 神学の授業では教えてくれなかったもんね。

 とにかく、僕のポイントもどのぐらいか聞かなきゃ。


 「ねえねえ、僕は、僕は~?」


 「ロビンは・・・頑張れば明日までには目標ポイント達成できるしょう」


 「分かった。頑張る~」

 よーし、どんどん歩くぞー。

 ムーシャに追いつてやるからね。


 「ここで、そんなお二方に朗報があります」

 うん? 天使様からなにか報告があるみたい。

 「え、なになに~?」

 朗報ってことはきっと良い知らせだよね。


 「ワタクシこと三級天使ルチアは、ただいま絶賛キャンペーン実施中なのです」


 絶賛キャンペーン!

 なにがなんだか分からないけど、とにかくすごいよ!


 「今、私に付いて苦行をされる方には、なんとポイント二倍!」


 ポイント二倍!!


 「やったー!すごいよ!二倍だよー!」

 でも、僕こんなにラッキーでいいのかな。

 天使様を見てみると、極上の笑顔でうなずいてくれた。

 ああ良かった!


 「ルチア、話が上手すぎるな。何を隠している?」

 「ムーシャ、さすがですね。そうです、これには条件があります」

 「条件って、なになに~?」

 「制限時間内に一定の距離を進むことです」

 「つまり、休まずにどんどん歩けってことだな?」


 「ご名答。そんなやる気満々のムーシャにはもう一つサービスしてあげましょう。制限時間は二つ設定します。最初の短い制限時間をクリアした場合は、さらにポイント二倍! つまり四倍!」


 ポイント四倍!!


 「僕も僕も~」

 「ロビン、最初の制限時間をクリアするには長時間走ることになるのですよ?」

 「大丈夫、僕、走るのだけは慣れてるんだ」

 あいつらから逃げるために走ってばかりだったから・・・


 「よし、じゃあロビンが先頭になって走ってくれ。ただし、自分のペースで無理せずにだぞ」

 「分かったよー」

 返事もそこそこに僕はぴゅーと走り出す。

 ムーシャは少し後ろから付いてくるみたいだ。

 あ、天使様もムーシャと一緒に走ってる。

 変なの、どうして飛ばないんだろう?


 

 走り始めてからもう1時間以上になるよね。

 さすがにちょっと疲れてきたけど僕はまだまだ大丈夫。

 すごいなあ、ムーシャもちゃんとついてきてる。

 だけど、こんなに走ってるのに風景がぜんぜん変わらないよ。

 煉獄っていったいどうなってるだろう?


 あれれ?

 先のほうになにか黒いものが浮かんでる。

 危ないものかもしれないから天使様に聞いたほうがいいかも。


 「ねえねえ、アレなーにー!?」


 黒いものを指さしながら振り向いて天使様に聞いてみた。

 そしたら、また天使様がパッと消えちゃった!

 ムーシャもびっくりしてたけど、直ぐにこっちへダッシュしてくる。

 と思ったら、僕を追い越して先に行っちゃった。


 「こ、これは煉獄トンネル! ボーナスステージ来ましたわー!」


 また前を向いて黒いもののほうを見ると天使様がいてなにか叫んでる。

 とにかく僕も行ってみよう。



 「さあロビン、こちらへいらっしゃい!」

 近くまで行くと天使様に満面の笑みで呼ばれた。

 「どうしたの~? あ~この黒い穴スゴイねー。浮かんでるよ~」

 遠くから見えた黒いものは宙に浮いた大きな丸い穴だった。

 いったいこれなんだろう?

 それにどうしてムーシャは落ち込んだ顔をしてるんだろう?


 「煉獄トンネルが開きました。ロビン、元の世界へ帰れますよ!」


 えっ・・・?

 もとの世界へ帰るって・・・なにを言ってるの!?

 そんなことできるわけないじゃないかっ!!

 そ、そんなことしたら、僕は・・・僕は今度こそ・・・・・・


 「嫌だっ!!僕は絶対に帰らない!帰りたくないっ!!!」

 

 「ロビン、家族の所へ、家に帰れるのですよ」

 天使様がまるで悪い子をさとすように話しかけてくる。

 どうして?

 天使様なのにどうしてそんなひどいこと言うの?

 どうして僕をあんな地獄のような場所につれ戻そうとするの!?

 

 「嫌だよぉ、帰りたくないよぉぉぉ、ムーシャ助けてぇ、お願いだよぉぉぉ」


 気づかないうちに地面に膝をついていた僕は、目の前にあったムーシャの足にすがりついてそのまま泣き崩れた。だって想像しただけで死にたくなるんだ・・・


 「なぁルチア、ここまで嫌がってるのに無理強いすることないだろ?」


 「しかしですね、こんな1億人に一人出るか出ないかという幸運をみすみす逃してしまうのは、天意に背く行いですよ。今後のロビンの為になりません」


 「だがこの嫌がり方は尋常じゃない。何か事情がある筈だ」


 「・・・帰ったら・・・今度こそ・・・・・・・自殺しちゃう・・・」


 「頼むよルチア、何とかならないのか?」

 「そこまで言うのならムーシャ、貴方が負債を肩代わりしますか?」

 「意味は分からんが、俺に出来ることならしてやりたい」

 

 「では、貴方がロビンの代わりによみがえりなさい」


 「は? そんなこと出来るのか?許されるのか?」

 「何も問題ありませんね。所詮しょせん肉体など魂の入れ物でしかありません。どの肉体に入るかではなく、その肉体で何をしたかが問われるのです」

 「良く分からんがOKだ。俺が身代わりになるからロビンの今後ってやつはルチアが責任持って上手くやってくれ。この蘇りが成功すればお前にも益があるのだろ?」


 「本当に貴方は冷静で油断なりませんね。死んだばかりだというのに」

 「職業病だ。気にしないでくれ。それよりも一つ頼みがある」

 「何でしょうか?」

 「もしここに、立花クララという女が来たら、俺のことを伝えてくれ。そして可能なら彼女も俺が行く世界へ、俺の元へ送り込んでくれないか?」


 「不可能ではありませんが、意味が無いでしょうね」


 「どういうことだ?」

 「異なる世界どうしでは時間の流れも異なるのです」

 「・・・?」

 「その女性が仮に地球の1年後に煉獄センターへ来て貴方の世界へ送られたとしても、既に貴方は寿命を迎えて死んでいるということです」

 

 「だけど、クララには俺が必要なんだよ・・・」

 「本当にそうなのですか?」

 「え?」

 「人間はもろい生き物ですが、そこまで弱くはありませんよ」

 「でもクララは見た目ほど強い女じゃないんだ」

 「貴方の方じゃないですか?」

 「何がだ?」

 「強くないのも未練があるのもクララさんではなくて貴方なのでは?」


 「・・・・・・詮無せんないことを言って悪かったな」

 「さあ、俺をロビンの代わりに送ってくれ」


 「ロビン、ここでお別れだ」

 ムーシャはそう言いながら僕をひっぱり上げて立たせてくれた。


 「短い間だったけど、お前には随分救われた。ありがとうな」

 そんなの・・・救われたのも、お礼を言うのも僕のほうだよ。


 「ムーシャ・・・僕の方こそ助けてくれて・・・ありがとう・・・」

 「俺のことは良いから元気でな。じゃあルチアやってくれ」

 「幸運を祈っています」

 天使様はそう言うとムーシャを穴の中へ押し倒した。

 ムーシャの体が穴の中へ少しずつ消えていく。

 あっ、言わなきゃ!

 あのことをちゃんと伝えておかないと!


 「ムーシャ、ムーシャ!赤い光に、お姉様に気を付けて!ムーシャ!」

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