第47話 ラストワードはQBK③

 11月の第四日曜日。

 J2リーグ第42節、ホーリーランズ尾道 VS 水戸ホーリーナットーズ戦が俺たちのホームであるアニメイトスタジアムで開催された。


 泣いても笑ってもこれがシーズン最終戦。

 スタジアムはすっかりお馴染みの超満員だ。

 勝てば文句なくJ2優勝でJ1昇格が決定する。

 引き分けでも得失点差で最低でも2位となりJ1へ行くことはできる。


 だが、勝ち点差1で3位にいる青森が最下位との試合を落とすわけがない。

 優勝は逆転で青森に持っていかれてしまう。

 それは許されない。他の誰よりも俺が納得できない。

 必ず優勝してJ1へ連れて行く。

 クラブとサポーターにどん底を味合わせた俺にはそうする責任がある。




 「どうじゃ?何か見えてきたんじゃなーか?」

 試合は1点ずつゴールを奪い合う展開になった。

 永田が先制し、カウンターで失点し、ボブが勝ち越しゴールを決めて、セットプレーで同点にされ前半を終えた。


 俺は立ち止まってではなく動きながら俯瞰視を発動した。

 それによって予知イメージがいつもの様に見えなくなったが、これまでには見えなかったアイデアがたまにフッと浮かび上がってきた。

 それによってマンマークが付いていた永田とボブにアシストができた。

 まだ俺自身がゴールへパスを通すイメージは湧いて来ることはなかったが、あともう少しでという予感はあった。


 「はい、後半でやれそうな気がします」


 「ほうか。それでどうじゃ?試合を楽しめとるか?」

 「ええ、こんなにワクワクしてるのは久しぶりです」

 「そうじゃろうのう。今のお前はええ顔をしとるわい」

 そう言ったゴリ監督はガハッと笑った。

 これまでに何度も勇気をもらった笑顔だ。絶対に守ってみせる。




 後半25分、ついにその時が来た。

 俺がゴールを決める予知イメージが見えたのだ。


 「ボブゥゥゥゥゥゥ!!」


 叫びながらそのシュート地点へ走り込んだ。

 すると本当にボブから、あのエゴイストからパスが出た。


 これは決まる!


 そう確信しながら右足を振りかぶりボールの中心へコンタクトさせる瞬間、俺は強い衝撃を受けて吹き飛ばされていた。

 クソ、シュート寸前でディフェンダーに潰されてしまった。

 あとコンマ何秒でゴールが決まっていたのに!

 迫ってくるディフェンダーは予知イメージでは見えなかった。

 やはり動きながらだといつもの様には見えない。

 それを承知でやり続けるしかないんだ今は。


 だがこれで良い位置からのフリーキックを獲得した。

 大きなチャンスだ。


 「山内、これを決めてヒーローになっとけ」


 俺はボールを山内に直接手渡して激励してみた。

 このプレッシャーの中でゴールを決めたらもう本物だ。


 「決めます。タクヤさんの体を張ったプレーを無駄にはしません」


 うんうん、俺は良い後輩を持った。

 永田に爪の垢を煎じて飲ませたいわ。


 そして宣言通りに山内はFKをゴールに叩き込んで見せた。


 マジかこいつっ。

 本当に良くここまで成長してくれた。

 俺の次の10番とキャプテンはお前に託したぞ!


 さんざん皆で山内をもみくちゃにして祝福した。

 アニメイトスタジアムも今日一の盛り上がりっぷりで大騒ぎだ。

 優勝をJ1昇格を確信して泣いてるサポーターも大勢いた。

 その決勝点を挙げたのが俺ではなかったのが少し残念ではある。

 だけどそれが俺の後継者として育てた山内だったことが、このクラブの未来を暗示しているようで嬉しくもあった。


 しかし、その山内がやらかしてしまった。


 後半40分、山内のファールで与えたフリーキックのセットプレーで長身センターバックにヘディングシュートを叩き込まれた。

 残り5分で3-3の同点。

 同時刻の青森レッドアポーズは4-1とリードしていた。

 このまま引き分けたら優勝を青森に攫われてしまう。

 しかも土壇場で追いついた水戸は戦意爆上げで攻勢に出てくるだろう。

 逆に追いつかれた俺たちはどうしても委縮してしまう。

 ここから逆転負けする可能性だって十分あった。


 立て直さないと駄目だ。

 俺がホーリーランズを優勝させる。

 その誓いは必ず果たす。


 「山内、心配するな。俺がゴールを奪って優勝する」


 「タクヤさん・・・」

 「俺にはそのイメージがもう見えている。俺を信じろ」

 「はい」

 「お前だ。お前のパスで俺が決勝点を奪う。頼んだぞ!」

 「はい!」


 よし、目に力が戻ってきたな。

 あとは俺が山内をチームをクラブをサポーターを救うだけだ。

 たとえ馬場の様にピッチの上で倒れようとも・・・!


 やはり勢いに乗った水戸は一気呵成に攻め上がって来た。

 だがそれは俺の思う壺だ。

 俺の能力の餌食だ。

 パスコースを予知してボールをカットした俺は中盤の山内にボールを預けて前線へダッシュした。


 「みんな上がれぇぇぇえええ!!」


 俺の号令でチーム全員によるカウンターを仕掛けた。

 ゴール前へと駆け上がる俺の脳内ではいくつもの予知イメージが浮かび上がっては消えていく。

 その中に俺が欲するものが見えた!

 俺がゴールの中へボールをねじ込む映像が見えた!


 「山内ぃぃぃココだぁぁぁああああ!!」


 山内からのパスはイメージ通りの軌道を描いてボブと俺の中間地点へと飛んで来る。

 ボブへのパスだと判断したディフェンダー達は野獣FWを止めに行く。

 よしこれで決まると全身がブルルっと震えた時、


 俺はゾーンに入った。


 俺の世界から音が消えて時間がゆっくりと流れだす。

 山内からのボールがスローモーションで2メートル先へ落下していく。

 俺はその場所へ頭から飛び込んで行きボールを額で撃ち込む。

 そのボールがゆっくりと進みゴールキーパーの手を掠めてネットを揺らす。


 あぁ、やった・・・俺が決めた・・・みんなの悲願を夢を俺が・・・


 その瞬間、側頭部にかつて味わった事がない衝撃が走った。


 な、何だコレ?


 何が起こったんだ・・・?


 薄れて行く意識の中で俺の頭にヘディングしたボブの顔が見えた。

 そして俺はピッチに倒れ込んだ。あの時の馬場の様に。



 「タック!しっかりせい!一体どうしたんじゃあ!」


 あ、ゴリ監督・・・いや、俺にも何が何やら・・・・・・とにかく・・・


 「急に、ボブが、来たので・・・」


 QBKという最後の言葉を残して俺は今度こそ意識を失った。


 搬送された病院での治療も虚しくそのまま意識は戻らなかった。

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