第46話 ラストワードはQBK②

 「最後の最後もまた首位攻防戦とはのう」


 居酒屋ホーリーランド。

 その名の通り、ホーリーランズ御用達の店だ。

 クラブ関係者専用となる2階席窓側のテーブルで俺と監督は向かい合っていた。


 「水戸ホーリーナットーズに勝ち点で並ばれてしまいましたね」

 「得失点差で首位はウチじゃが負けたら終わりじゃ」

 「ですね。3位の青森とは勝ち点差1ですし、彼らの相手は最下位ですから最終節は必ず勝つでしょう」

 「そうゆうことじゃ。ワシらは負けたら3位以下に転落してプレーオフを戦わんといけんよーになる」


 「そのプレーオフ、J2相手の2試合は何とか勝てると思いますが、3試合目のJ1クラブとの対戦はかなり厳しいですよ」


 「ほうじゃの。腐ってもJ1じゃ。ワシらとは選手層の厚さが違う」

 「はい、俺たちの主力はシーズンをフルで戦い切って疲労が溜まってますしね」

 「ほうよ。使える控え選手を育てきれんかったワシの責任じゃわ」

 「いえ、クラブ全体の責任ですよ」


 「次の水戸戦はボブが出場できますし前節で温存した永田も復帰しますから十分に戦えますよ」

 「じゃが、ウチは研究されとるし前節もそれでやられたけーのう」

 「はい、セットプレーからの失点だけはどうにもなりませんね」

 「ボブと永田にマンマーク付けられて自陣でファール取られたらキツイわ」

 「必ずそういう展開にしてくるでしょうね。敵さんは」

 「お前はどうするつもりじゃ?」


 「ボブと永田には一瞬でもマークを引き剥がしてもらいます。その瞬間を狙って俺がパスを通します」


 「あいつらにそんな器用な真似ができるとは思えんがのう」

 「しかしやってもらわないと他に手がありませんよ」

 「ほうかの? お前、前節で面白いことやりおったじゃろーが」

 「えっ、気付いてらしたんですか?」

 「まーの。上手くいかんかったよーじゃが諦めるのはまだ早いじゃろ」

 「でも駄目でしたよ。ゴールの中へパスを通すイメージが湧きませんでした」


 「そりゃお前が止まっとったけーじゃないか?」


 「・・・どういことですか?」


 「お前も動かん、当然ゴールも動かん。両方止まっとるけーじゃろ」


 あっ!


 「止まっとるんじゃけー次の動きも予測しにくいじゃろ」


 確かにそれはある。


 「ほんじゃけーお前の能力もイメージが湧かんかったんじゃないんか」


 これまで予知イメージでスルーパスを通してきたのは、スペースに走り込んだ味方やマークを振り払ってフリーになった味方ばかりだ。

 それがずっと当たり前に出来ていたから特に疑問を持たなかった。


 「ということは・・・」


 「ほうじゃお前が動けばええんじゃ」


 そういうことなんだろうか?


 「動きながらゴールを狙ってみい。ゴールへのパスコースが見えるわい」


 「しかし俺はずっと中盤で止まって能力を使ってアシストしてきましたから、いきなり試合で動きながらゴールを狙って上手く行くかどうか・・・」

 「そこよお。お前はいつから得点を捨ててしもうたんじゃ?」

 「・・・プロ三年目にJ1強豪のオレツエー東京へ移籍してからです」

 「お前は自分で決めれる時ですら無理やりパスを出して味方にゴールさせてやりおったよのお」

 「はい、パスしか能の無い俺は、シーズン二桁アシストを続けることがプロで長生きするすべだと分かってましたから」


 「じゃがほんまはお前もゴールを決めたいはずじゃ」


 「ゴールしたくないと言えば嘘になります。でも仕方ありませんよ。もう仕事として割り切ってます」


 「ワシにはそう見えんがの。お前がボブのプレーに腹が立つのは、ほんまはオフサイドじゃのうて我儘し放題でゴールを狙いにいくけーじゃないんか?」


 あぁ、それ以上は言わんで下さい。


 「お前がほんまにやりたいことをボブが何の躊躇ちゅうちょもなしにやりよるけーじゃろ」


 本当にもう勘弁して下さい。

 俺を追い詰めてどうしようっていうんですか?


 「お前もやってみーや」


 「え?」


 「バランスとか考えんと好きに動いて好きにゴール狙ってみーや」


 しかし、そんな事したら最悪チームが空中分解しますよ?


 「敵さんも想定外の戦術に驚いて足が止まるかもしれんぞ」


 確かに驚くことは間違いないだろうな。

 だがリスキーにも程がある。それで負けたらどうするんだ・・・


 「責任はワシが取るわい。それが監督の仕事じゃ」


 ゴリ監督ぅ。

 その時は俺も一緒にクラブを去ります。

 でもその前に全力で足掻あがかないとな。


 「ありがとうございます。俺は監督の期待に必ず応えてみせますよ」

 「ワシのことはええ。久しぶりに思いっきり試合を楽しんでこいや」

 「試合を楽しむ、ですか。確かに随分忘れてましたねそんな感情は」

 「ほうじゃろ。1回ぐらいボブみたいに頭空っぽで楽しんでみい」


 「もしかしてボブを獲得したのはそれを俺に教える為だったんですか?」


 「いや、ワシはただ見たかっただけじゃ。同じピッチに立たせた時に起こるお前とボブの化学反応をのお」


 それだけな訳がない。

 きっと俺のサッカー人生を考えてくれた上での判断だった筈だ。

 監督は考えるゴリラだからな。


 「その経験が今後に生きるじゃろ。ワシの次はお前じゃ。お前がホーリーランズの監督をやれ。資格取るまではワシが踏ん張ってJ1に残っといてやるけーのお」


 そして人を泣かせるゴリラなんだよなぁ・・・

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