第四章「小説家にな…ってみよう」
14.無いなら書くのが鉄則
ちょっとバタバタしたクロエ達の引っ越しもすぐに終わり、普段通りの生活に戻ったある日。その日も図書館で本を読んでいたハルだが、何か悩み事があるみたいだった。
「うーん……」
「ハルどうした、珍しいなオマエが溜息つくなんて」
ショコラが本を置き、聞いた。それに気づいたハルが言った。
「ショコラさん、リディルの町に本屋ってありますか?」
「あるけど、どうした?」
「いや、ちょっと買いに行きたいなと思いまして……」
「買いに行きたい」と言うハルの言葉にショコラは喜び、飛び跳ねた。本屋に行きたいということでは無く、ハルが自ら外に出るという意思を明確にしたからである。
「ショコラさん、何ですか、そのポーズ。人が本屋に行くのがそんなに楽しみですか」
「だってオマエが自ら外に行きたいって! あの家出からまた一切外出してないから……」
「悪かったですね」
ショコラのあまりの浮かれっぷりに青筋が浮きそうなハルだったが何とかこらえた。しばらく喜んでいたショコラだったが、何とか落ち着き、ハルに聞いた。
「ところで何で買いに行きたいと?」
「この図書館、かなりの本を保有してるじゃない?」
「そうだな、ここ辺り一面本だし」
「でしょ? でも物語や小説といった類いが少ないんですよね……」
ショコラはそう言われてハッと気づく。
確かにこの図書館は、魔道書や実用的な本はたくさんあるが、フィクションの類いはほぼ無いに等しい。ショコラはそれでも慣れていたが、前世では小説を読み漁っていたハルにはいまいち物足りなかった。
「つまり、いわゆる架空物ジャンルを買うためにということか」
「そう、やっぱり本と言ったらフィクションとか物語が定番ですから」
「なるほど……」
ハルの意見に感心したショコラ。ハルは図書館から自室に行き、外に出る準備をした。
さて、久々にリディルの町に来たハルは地図を頼りに本屋までやってきた。本屋は少し狭かったが、本棚にたくさんの本があり、ハルはその内図書館では見なかった物を全て買いあさった。
その量は意外に多く、主にはハルが欲しかったフィクションだった。
リディルの町から帰ってきたハルは、早速買いあさってきた小説を片っ端から読み始めた。
またいつもの生活に逆戻りか…とショコラはがっかりしつつ見守っていたが、それから1週間したぐらいだろうか、全て読破したハルがまた悩み始めた。
「うーん…………」
「どうした、また悩んで。この前で悩みは解決したはずじゃないのか?」
と後ろから覗き込んでショコラは聞く。ハルはショコラの方に向き合い言った。
「いやまぁ読んだけどさぁ、なーんか後味悪いの多すぎるのよね……」
「言われてみればな」
ハルが読み終わった物を片っ端から読んでいたショコラは共感した。
この世界のフィクションや物語の最後は大抵バッドエンドを迎えるのだ。
そう言う物をあまり読んだことが無いハルは気持ち新鮮ではあったが、いささか後味が悪いなと思っていたのだ。
「ショコラさんには話したと思いましたけど、私前は別の世界に住んでいたんですよ」
「そう言えば、そうだったな」
「その世界のフィクションは大抵ハッピーエンドだったんですよ。だからこう言うのあまり慣れて無くて」
「なるほど……じゃあさ書けばいいんじゃないか?」
「へ?」
思わぬ提案をしたショコラにハルは素っ頓狂な声をあげる。キョトンとしたハルにショコラは続けた。
「いやさ、前世の知識があるならそれに基づいてオマエが望む物を書いたらいいんじゃないかって? ハッピーエンドを望んでるのならそれを書くというのはどうよ」
「なるほど、無ければ自分で書くか……」
正直、その発想がハル自身になかったと言うわけでは無い。しかし、読む能力と書く能力はまた別物だとハルは思っていた。
だが、思い悩んでも仕方が無い。ハルは立ち上がり、ショコラに聞いた。
「原稿用紙とかどこで買えます?」
「文房具屋に普通にあるぞ。後ペンとかもだな……」
「分かった! 行ってきます!」
ハルはまた外に行く支度をし、町へと出かけた。その様子を見たショコラは窓を見ながらまた嬉し涙を流したのだ。
文房具屋でありったけの原稿用紙、およびいくらかのメモ帳を買ったハルはしばらく自室に籠もり、食事以外は決して出ようとしなかったが、今回ばかりはショコラも自分が提案したため、黙認した。
ハルが自室から食事以外で出てきたのはそこから数日後、原稿が完成した時だった。
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