#11 嫉妬全開の茉莉
秘密基地で四苦八苦しながら茉莉を飼い始めて、ようやく週末になった。今日はZAPP東京でのライブに行くことになっている。もちろん、紅音ちゃんのライブを観に行くためだけどね。
で、紅音ちゃんの提案どおりに俺が動けば、ちょっと大変かも……でも茉莉のためなら、俺はがんばるよ。茉莉の反応が未知数なだけに、少し怖いんだけどね。
「ねえねえ、ハルヤ。お洋服おかしくないかな?」
「おかしくないよ。全然おかしくない」
「むぅ。見てないじゃんっ! こっち見てッ!!」
パソコンに向かって作業中だったのに、無理やり顔を掴まれて振り返させられた。首が痛い。ひどいよ。
首元でリボンが結ばれたお嬢様な白と黒のツートンワンピース。ああ、これは俺を殺しに掛かってるな。一目で殺せるワンキルコーデ。可愛すぎる。
「か、かわいい。とくに今日の服は可愛い」
「ほ、ほんとっ!? チューしたいくらいカワイイ?」
人差し指で下唇を指してウィンクしやがった。いや、それ、さっきテレビでやってたどこかのあざといアナウンサーじゃねえか。なんでも真似して。茉莉のほうが可愛いけど。1万倍可愛いから許すけど。
「と、とにかく。チューはだめ。おばさんと沙月に約束してるから。問題起こしちゃダメだって」
「チューって問題なの? なんで? どうして? ハルヤがわたしとチューをするのは問題なの? かなしい……」
も、問題に決まっているだろうでしょう。何を言っておっしゃるのかですよ。ちゅ、チューなんて、はしたなエロいことをするわけにいかぬ
「か、かなしいって言われても。唇と唇がくっついちゃうんだよ? 口って、すぐそこには舌があるんだよ? ま、茉莉とそんなこと……」
「いいもんっ! 寝てる時にしちゃうんだからっ! 昨日のドラマでもチューしてたのに。なんでわたしはハルヤとチューできないの? フコウヘイだっ!」
そんなこと言われても。俺だって、茉莉とキスくらいしたいよ。でも、できないよ。茉莉が記憶喪失の間は……できないよ。茉莉の意思はあるにしても、ね。
「記憶喪失が治ったら、ちゃんと向き合うから。頼むから、俺に抱きつかないで。俺も———」
つらい。お願いだからそっとしておいて。頭の中の妄想が止まらないよ。キスどころじゃ済まないよ。
ふくれっ面の茉莉の頭を撫でて、少しだけ
秋奈とは現地で待ち合わせしている。秋奈に茉莉を託さなければいけないんだけど、それも少し不安。茉莉は大人しく秋奈の傍でじっとしていられるのだろうか。
★
ZAPP東京に着いたのは、結局3時を過ぎてからだった。俺はもう少し早く来たかったんだけど、茉莉がいるからそれも難しいよな。
「春彩お兄ちゃん。こっち」
「ああ、秋奈。悪い、遅くなった」
「アキナちゃん! おはよっ!」
ハイタッチをしてハグをする二人。なに、この仲良し。今までは茉莉が秋奈を可愛がる様子だったのに、逆転現象。秋奈が茉莉の頭を撫でて「かわいいなぁ。茉莉ちゃん」なんて変態おじさんよろしく可愛がるの。
「秋奈。悪いけど、茉莉を頼めるか?」
「は? なに、ライブ観たくないの? ここまで来て薄情な男。そんなんだから、心夜お兄ちゃんに心配されるんだよ。このコミュ障」
「ち、ちがッ! 紅音ちゃんに呼ばれてんの。あとで会わせるから、頼むよ」
「……え? マジ? 分かった。茉莉ちゃんはあたしに任せてッ!」
しかし、茉莉は少し悲しそうな表情。俺の頭を撫でながら頬を膨らませているんだけど、泣きそうになっている。
「なんでハルヤは、わたしにチューはしてくれないのに、アカネちゃんのとこに行っちゃうの?」
「え? チューとアカネちゃん関係なくない?」
「関係なくないもんっ! そういうのオウセって言うんでしょ。うぅぅぅぅ………」
「お、逢瀬って。なんか違くない? いや、そういうのじゃないから。本当にそ——」
「ばかっ!! 知らないんだから」
「茉莉ちゃんは捕まえておくから、行って。紅音ちゃんによろしくっ!」
「あ、ああ。頼む」
足の速い秋奈なら、茉莉のことをすぐにでも捕まえるのだろうけど。それにしても、これは大丈夫じゃない気がする。茉莉は相当怒るな。でも、記憶喪失を治すためだ。失敗したら土下座でもなんでもして茉莉に謝ろう。
裏口のセキュリティを
「はい。どうぞ」
「おじゃまします」
鏡の前で紅音ちゃんがヘアメイクを施されていた。ヘアメイクのお姉さんが驚いた顔で俺を凝視しているし、スタッフ全員が凍りついたように固まっていた。あれ、もしかして、紅音ちゃん言っていないの……それまずいよ。
「あ、言い忘れましたが、今日、アンコールのあとにラファエルさんがピアノを伴奏してくれます」
「あ、紅音ちゃん、それ大問題だから。言ってないとか聞いてないから」
「契約とか長い説明とかしたくないって言っていたのは春彩さまですよ?」
だからって、俺が突然ステージに現れたらまるで乱入したみたいじゃん。大丈夫なの本当に?
「ま、まあ。俺がここでステージの上に立たないと茉莉のリロードにならないっていうのは分かってるから………やるけど」
「もし、ラファエルさまがステージに出るなんて知られたら、マスコミも大騒ぎですよ。それこそ、スタッフの誰かが漏らさないとも限りませんし」
結局、紅音ちゃんの控室で椅子に座らされて、スタッフの過剰な接待を受けた。俺は趣味で音楽を作っているだけで、商売っ気はまったくないの。それを勘違いしているのか、お菓子を持ってきたりお茶を数分毎に淹れに来たり。
そうして、紅音ちゃんが控室に戻ってくるころには、二時間程過ぎていた。
「そろそろ出番です。曲は以前にお伝えしたとおりです。大丈夫ですか?」
「それは問題ないよ。すべての曲が頭に入っているし」
「………はい。むしろ、わたしの方が緊張しています」
メイクを直して、再びステージに戻った紅音ちゃんを見送る。
スタッフに促されるまま、俺もステージに向かった。
★
アンコールの声が破裂音のようにそこら中で反響してるな。紅音ちゃんが出ていったところで、割れんばかりの
『ここでゲストを紹介します。今日のゲストはあの人〜〜〜〜!』
きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!
翼くぅ〜〜〜〜ん!!
翼くん待ってた!!!!
「うわ。みんな翼だと思ってるよ。やばいな。どうしよう」
あまりの気まずさに思わず声が出てしまった。どんだけビビリなんだよ俺。ああ、これで出ていったら、なんだよ、翼じゃねえじゃねえか、なんて言われるんだろうな。
呼吸を整えて階段を登る。やるしかない。俺は春…………いや、今はラファエルだ。こんなところでビビっていたら、兄さんに笑われる。
紅音ちゃんに言われたとおりに動かなければ、ここに上がった意味がない。
ステージから見下ろすちょうど真下に見えたのは、秋奈と茉莉の姿。目の前の席。横目で確認して、紅音ちゃんに向き合う。
「今日のゲストは、なんと、あのラファエルさまです〜〜〜〜!!」
「ラファエルです!! 今日は呼んでくれてありがとう紅音!!」
会場内が静まり返る。ほら、言わんこっちゃない。翼だと思ってガッカリしてるじゃん。
だが、次の瞬間、とんでもない歓声。絶叫に近い声。翼のときとは比べ物にならないくらいの歓喜の声。ま、ま、マジか。
ラファエルさま〜〜〜〜〜!!
うあああああ生ラファエルだッ!!
すげえええええええ。
実在するんだ!?
ここで、紅音ちゃんにハグをする。ごめんな茉莉。これも茉莉の記憶のため。ここで嫉妬をしてくれて、少し脳に刺激を与えられればいいんだけどな。
紅音ちゃんの柔らかい感触といい匂いが……。だめだだめだだめだ。
「紅音は可愛いな!! な、みんな可愛いと思うよな〜〜〜〜〜!!」
茉莉を見ると………あわわ。烈火のごとく怒ってる。それでいて泣いてる。思った以上に効果があるみたいだ。
「ありがとうございます! ラファエルさま!!」
用意されたグランドピアノの椅子を引いて座った。エレクトーンじゃなくてグランドピアノってところがまた………。鍵盤重いんだよな。
「それでは歌わせて。“日が昇れば”」
この曲は俺が作った………けど、紅音ちゃんは自分でアレンジをした。兄さんに会えない気持ちを歌詞にして、気持ちをすべて歌に乗せた。そんな真っ直ぐな想いに俺は反応してしまった。記憶を失って、心の中のすべてが無になってしまった俺は、そんな紅音ちゃんを好きになってしまった。
今度は、失ってしまった茉莉の記憶を俺が取り戻す。茉莉は俺のために……辛い思いまでして助けてくれた。
俺に今、この時、この瞬間にできることは、このピアノにすべてを叩き込むことだけ。指先から奏でる水の流れ、昇る太陽と月、そして、茉莉への想いを紡ぐだけ。
茉莉……叫べ。心の底から叫べ。俺のピアノに反応してくれ!!
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