#06 茉莉と秘密基地

※こちら誤って先に更新してしまいました。

申し訳ありませんが#05上にございます

————————




 なんで茉莉にそんなことが分かるんだ? もしかしてエスパーなのか。記憶を失った代わりに、超能力でも手に入れたっていうのか。



「なんでそう思うの? 茉莉にはなんで、そんなこと分かるの?」

「俺も聞きたい。なあ、なにか気づいたのか?」



 茉莉はニコッと笑って、兄さんを撫でる手を止めた。顎に人差し指を置いて、いかにもあざといポーズしちゃって。でも、素なんだろうなぁ。



「だって、さっきから流れている。この音楽のサビの部分で瞼がピクって動いてるよ。あとね、好きな曲だと呼吸が少し変わってるのかな。酸素マスクの曇りがなんだか大きくなるよ」



 …………なんて洞察力。沙月の言うように、野生の勘を持っているのかもしれない。ただし小動物系だけど。弱肉強食でいえば弱肉のほう。食われないように賢くなった動物。



「すごい………茉莉。ありがとうっ!!」

「アカネちゃん、くるしいよぉ」



 力強い抱擁だ。確かに言われてみれば、小さいながらも兄さんが反応しているようにも見える。紅音ちゃんにしてみれば、生きているって実感できるんだから嬉しいだろうな。




 その後、俺は兄さんと二人きりにしてもらった。茉莉は紅音ちゃんに任せた。スタービックスにでも行ってきて、とお金を渡して席を立ってもらったんだけど、茉莉大丈夫かな。生クリーム好きだし。紅音ちゃんだから大丈夫だとは思うけど。




 兄さんに向き合う。



「兄さん、ごめん。逆恨みなんてして。それにおかしい話なんだよな。茉莉が兄さんのことを好きだったとしても、俺がダンスバトルなんて申し込むのは筋違いだったんだ。だって、勝ったところで、人の気持ちは変わらないだろ。嫉妬してたんだ。茉莉の気持ちが分かったから言うわけじゃない。誕生日のサプライズをしてくれるつもりだったって分かったからじゃないんだ」





 ————記憶喪失になって、人の優しさが分かったんだ。





 クラスのみんな。満、紅音ちゃん。兄さん。そして——茉莉。



 なんでみんな優しいんだろう。人に優しくしても自分になにか良いことがあるわけじゃないのに。俺は記憶喪失になる前、決して優しい人間じゃなかったし、自分の気持ちが通らなければ、いじけるタイプの人間だったと思う。なのに、考えてみたら兄さんは、ブレディスではじめて俺の音楽を使ってくれて。




 なのに、俺は………。




「だから、ごめん。言い訳はしない。兄さんの目が覚めたら、またみんなで遊びにいこうな。茉莉も紅音ちゃんも、沙月も連れてみんなで。だから——」





 ————お願いだから、はやく目を覚ましてよ。





 兄さんの瞼が少し動いたところで、俺はかぶりを振った。たとえ聴こえていてもいなくても、俺は兄さんに伝えたかったんだ。そうしないと、俺自身が前に進めないからさ。




 ★




 スタービックスの入り口から中を覗いてみる。紅音ちゃんと茉莉が向かい合って座っている。茉莉は、クリスマス仕様の限定フラペチーノの生クリームを口にべったりつけて。


 予想通りの展開だなぁ。しかも、生クリームをストローで食べているから指先までベタベタだわ。



「ちょ、ちょっと。そこを手で掴んだら、ああ、ほら汚れが」

「………? アカネちゃんも食べたいの? はい、どーぞっ!」



 前かがみになった紅音ちゃんに生クリームを向けるもんだから、紅音ちゃんのほっぺたに生クリームべったり。ああ、やってしまった。



「もうっ! 本当に仕方のない子になっちゃって」

「ごめん。茉莉のこと見てもらっちゃって」

「あ、春彩さま。早かったですね。い、いえ。ちょっと不慣れなだけで」



 おしぼりを手渡す。紅音ちゃんすっぴんなんだ。それでこの肌ってやばいね。化粧しているのかと思った。容赦なく肌をゴシゴシって拭けるわけだ。



「あ、あの、スタービックスなんて高級なカフェごちそうになってよろしかったのでしょうか?」

「高級ね……お金は問題ないよ。だって、紅音ちゃんあっての俺だし。いっぱい歌ってくれてありがとうね」

「? どういうことでしょうか?」



 あれ、俺がラファエルって知らない? 世間はこんなに騒いでいるのに。今日だって、こんな変装まで………あ。そうか。紅音ちゃんの家ってテレビとかないのかも。ネットニュースだって、きっとスマホのギガ気にしていたから……必要最低限のプランみたいだし。



「ラファエルって知ってる?」

「知っているも何も、私の曲を作ってくださっている方ですよ」

「あ、そうじゃなくて、顔」

「……それは非公開で、身元も分かっていないんじゃ?」



 やっぱりだ。それに兄さんの個室にはテレビがあるけど、点けないみたいだし。世の中から取り残されているみたいだな。っていうか、そこまで情報って耳に入らないものなの!?



「ああ。うん。それは俺の記憶が戻る前までの話」

「? ますますわけが分からないのですけど?」

「うーんとね。つまり、あれって俺。俺がラファエルなの」

「………はは。また御冗談を」

「………そうだね。冗談だったら楽だったんだけど」




「「………」」




 仕方なくスマホでニュースアプリを立ち上げて、紅音ちゃんに見せた。あんまり口外したくなかったんだけどなぁ。まさか、紅音ちゃんのためにしたことが無駄骨になって、しかも、当の本人がなにもしらないとか、皮肉だよ。仕方ないことだけど。




 ってことで、事情をすべて話した。




「ごめんなさいっ!! ああ、私が迷惑をおかけしたのですね。本当にごめんなさいっ」

「いや、いいよ。それよりも、もし、学校で俺が茉莉を見てあげれれないときは、紅音ちゃんにたくしていいかな?」

「そんなことあるのでしょうか? 見た感じだと、春彩さまにべったりのように見えますけど?」

「………その、トイレとかはさすがについて行けないからさ。あとは、体育の時間とか。ちょっとした女子タイムのときとか………」

「なるほど。分かりました。ラファエルさんの頼みとアレば」

「あ、ラファエルはNGワードで。今までどおり、春彩でお願い」

「しょ、承知しましたっ!」



 分かってるのかな…………。



 茉莉がフラペチーノを飲み終わる頃には、彼女の口は再び生クリームでベトベトになっていた。仕方ないなぁ、なんて言いながらも、このお世話をしている時間が愛おしくてたまらない。



 紅音ちゃんと別れて、俺と茉莉は目黒に向かった。駅前のマンションを買ったんだけど、なかなかの失敗だったな。まず、家から遠い——というよりも電車が面倒。なんなら、家の近くにも防音のマンションがあったことに気づいたのは買った直後。後の祭りだった。



「ここがハルヤの秘密基地?」

「うん。このエレベーターで最上階まで上がろう。おいで」



 万が一、エレベーターに俺が乗った後で扉が閉まってしまい、焦った茉莉が逃走するとも限らない。やむを得ず。これはやむを得ずだ。恐る恐る手を握ると——え?


 茉莉は指を絡めてきた。恋人握りってやつじゃね? なんで……しかも、ぎゅっぎゅっって力を込めたり抜いたりしてるのね。顔を見たらニコって笑ってさ。



「うわあああ。ガラス!! 外が見えるぅ!! すごい! あ、飛行機っ!!」

「茉莉は相変わらずだな。でも、部屋見たらもっとびっくりするぞ」



 エレベーターに誰も乗っていなかったからいいけど、ガラスの壁に張り付いて目をキラキラさせちゃって。石器時代の原始人がタイムトラベルしてきたみたいな感じ?



 部屋に入りカーテンをすべて開けた。長方形のリビングの壁半分はガラス張り。反対側はさすがに壁紙だけど、溢れる光が眩しい。



「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!! すごーい。車が豆粒みたい」

「茉莉が楽しいと、俺まで楽しくなるな。よし、ピアノ弾こう」

「えっ!? ピアノ弾くの? ハルヤが?」

「うん。茉莉は記憶を失う前によく聴いてくれてさ。いつもニコニコしてた」



 

 そうか。あの頃となにも変わらないんだ。俺が記憶を失ってからの茉莉は、少し強めの子だったけど、そうなる前はいつも優しくて、笑顔で………俺をいつも。




 いつも俺を肯定してくれてたんだ。




 ————世界が春彩の音楽を分かってくれなくても、わたしは大好き。

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