#05 眠れぬ夜 ※一話飛んでいましたごめんなさい

一つ飛ばして更新してしまいました。申し訳有りません。こちらが#04のつづきになります。

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 自分のベッドを茉莉に貸して、俺は兄さんの部屋に布団を敷いた。妹のベッドで寝るのは、なぜか気がひけるんだよな。いや、そもそも秋奈の部屋に入ること事態に背徳感をおぼえるというか。だから、兄さんの部屋で寝ることに。




 寒くなってきた。11月にもなればそりゃ、寒いよなぁ。




 さすがに風呂に二人で入るわけにもいかないから、茉莉を先に入れた。それでパジャマ姿の茉莉はそれはそれで、エロいというかなんというか。ちょこんとリビングのソファに体育座りして、俺が風呂を上がるの待っていたわけ。猫のぬいぐるみ抱きしめて。



 あれが本当に素? 茉莉がぬいぐるみ抱きしめて寝るか?



 ベッドに寝かしつけて、部屋を出ようとすると、寂しそうに言うんだよな。「行っちゃうの?」って。でも一緒に寝るわけにもいかないから、仕方なく扉を閉めようとするんだけど、今度は、「寂しいよぉ。手を繋いで寝たい…」って眉尻下げたくらいにしてさ。



 で、後ろ髪を引かれる思いで部屋を後にしたんだけど、あのまま一緒に寝たら間違いが起きる。これは間違いない。かぶりを振って泣く泣く部屋を出てきた。



 それで今。頭の中がモヤモヤしてる。茉莉といつまで一緒に居なければならないんだろう。いや、一緒にいることはすごく楽しいし、嬉しいんだけどさ。身が持たないっていうか、欲求を抑えきれないっていうか。ああ、俺はどうしたらいいんだろう。




 眠れない。眠れない。


 羊が一匹。羊が二匹。羊が……………。




 …………。




 あれ、猫になった。猫が一匹……猫が………? 茉莉が一匹。ん? 



「あれ、なんで茉莉っ!? えっ!? なに?」

「すぅ………すぅ………」



 羊を数えて二匹目で俺………寝た!? マジか。眠れないって思っていたのに。で、茉莉はそのスキに俺の布団に潜り込んできたのか。猫のぬいぐるみ抱きしめたまま……。やっぱり、一人で寝るのは不安だよな。


 俺も記憶喪失になって退院してきた初日は、すげえ不安だったし。あのときは秋奈が帰ってきてくれて一緒にいてくれたけど、寝るときは当然別々だったからな。不安で押しつぶされそうだった。


 病院ではナースコールで看護師さん来てくれるじゃん。家では来てくれないからね。秋菜なんて爆睡だったし。





 ————茉莉。ごめんな。なにもしないからさ。一緒に寝てあげるから。安心して寝ろよな。





 頭をナデナデする。すると、猫のぬいぐるみを離して——うぉ、俺に抱きついてきたっ!



「ま、待て。これはさすがに」

「すぅ……すぅ……」



 首の後に手を回してきて、吐息が鼻の頭に掛かるんだわ。茉莉の唇の温度が頬に伝わってくるんだから、理性がフラフラのジェンガ状態。まして、肌の柔らかさが強風となってジェンガを揺らす。ああ、だめだ。このままだと、キ、キスしたくなってしまう。


 常夜灯に照らされた茉莉の唇は、どこからどうみても柔らかそうで……ごくりっと唾を飲んで見なかったことに。瞳をぎゅっと閉じて、念仏を唱える。念仏が分からないから、ずっとホケキョーナミアミダブツホケキョーって唱える。



 ああああ。太ももを俺の太ももに絡めるなーっ!! それは本当にダメなやつ。殺しにかかっているだろ。ホケーキョーナムアミダブツ。





 結局……寝付けずに…………すぅすぅ。




 ★




 あ、あれ。寝ていたのか。ゆっくり瞼を開くと茉莉の顔。


 すると、茉莉もゆっくりと瞳を開いた。ぱっちりした大きい瞳が不思議そうにこっちを見ている。何回も瞬きをして、『なんでここにいるんだろう』的な顔。いや、潜り込んできたの茉莉だからねっ!



「お、おはよーーーっ!! ハルヤおはよっ!」

「お、おはよ。ねえ、昨晩は……その…寂しかったの?」

「……うん。それもあるけど、寒かったから。だって、湯冷めしちゃったんだもん」



 ああ、確かに俺を待っている間、ずっとソファで体育座りしていたからなぁ。次からは、俺が先に入ろう。その方が良さそうだ。



「ハルヤの寝起きの顔も見たかったの」

「な、なんで。恥ずかしいよそれ……」

「なんでだろう。分からないけど、好きなのっ! どんなときでも」

「…………え?」

「いろんな顔をコンプリートしたいのっ!」



 俺はトレーディングカードかっ!


 いろんなシーン集めてコンプリートさせたい、みたいな。なんだか、記憶喪失なのか素の性格なのか分からないぞ……。



 起きて歯を磨いて適当に朝食を作って食べたら、出かける準備。今日は、俺の秘密基地に行って、音楽を聴かせようと思っている。茉莉が反応して記憶を取り戻せば、それはそれでよし。戻らなければ次のシーンに移行する。茉莉が立てた道筋を辿っていけば、そのうち思い出すんじゃないかっていう期待。きっと大丈夫。




 だけど、その前に兄さんに顔を出したい。やっぱり、ちゃんと謝りたいんだ。バタバタしていて、ちゃんと面と向かって謝罪できなかったから。逆恨みしたこと。



「病院付き合ってな。兄さんに会うから」

「……ニイサン? うんっ! いいよっ」




 病院までは一駅。今日はちゃんと変装してきた。ニット帽を被って、大きめのメガネにマスク。そして、パーカーの大きめのフードを被ってきた。きっとバレない。



「わ、わたしもハルヤの真似っ! 似合ってる?」

「うん。イイコイイコ。茉莉も変装してね」

「うんっ! ヘンソー楽しいねっ!」



 なにが楽しいか分からなかったけど、茉莉の姿も隠したかった。もし、俺がバレたときに、茉莉の正体は隠しておいたほうがいいし、第一、芸能プロダクションの社長の娘だから、父親に迷惑を掛けるのだけは避けたいし。



 エレベーターに乗って最上階に。セキュリティをパスして、兄さんの部屋についた。



「紅音ちゃん、早いね」

「………春彩さま、おはようございます」

「……ハルヤっ」



 茉莉が俺の背中に張り付いて、ぎゅっと服を摘む。あれ、どうしたんだろう。



「茉莉? どうしたの? 紅音ちゃんだよ。大丈夫だから」

「アカネちゃん? 怖い人じゃないの?」

「ほら、歌を歌う人。大丈夫だから」



 紅音は茉莉に手を差し出して、微かに微笑んだ。茉莉が紅音につらく当たった経緯や、兄さん、それに俺の記憶、それらについて紅音に電話で話しておいた。当然、うちのクソ親父のことは、俺から正式に謝った。紅音ちゃんに多大な迷惑を掛けたから。


 紅音ちゃんは、「そう」とだけ呟いて、口を結んじゃった。だけど、こうして見ると、多少は心の傷が癒えた——いや、落ち着きを取り戻しただけだろうけど——のかなって思う。



「おいで。茉莉、友達でしょ?」

「と、もだち? アカネちゃんはともだち?」

「そう………もうッ!! 茉莉かわいくなっちゃってっ!!」



 半ば強引に腕を手繰り寄せて、紅音ちゃんは茉莉を抱きしめた。紅音ちゃんって、やっぱり友達想いだよね。



「もうっ!! かわい〜〜〜〜〜っ。茉莉をペットにしたいっ!! ふふ。今までの恨………じゃなくて、たっぷり可愛がってあげる」

「えっと。紅音ちゃんなんか、変わった?」

「アカネちゃんくるしぃ……」

「あ、ごめん。もう茉莉は記憶喪失のままでいいんじゃないの。ふふ」



 茉莉が素だってことは、黙っておこうかな。紅音ちゃん……ふっきれた? いや、もしかして仕返しでもしようとしているのかな。いや、そんな感じには見えない。紅音ちゃんは茉莉のこと………本当に好きなのか。



「茉莉っ!!」

「………紅音ちゃんなんかやっぱり、感じが違う」



 茉莉に抱きついた紅音ちゃんは、「茉莉……ごめん。私、あなたに謝りたい」って言って、耳元で囁いた。紅音ちゃんが兄さんのために掛けているブルートゥースのスピーカーから流れるゆったりとした音楽にかき消されて、何を囁いたのかは聞き取れなかったけど………。




「わ、わたしは何も覚えていないから、その……アカネちゃんの言っていることが………」

「ううん。私の問題。私の気が晴れない。心夜さまの存在を春彩さまに重ねてしまった挙げ句、なにも知らない私の代わりに……心夜さまを献身的に支えてくれたことは、礼を尽くしても尽くしきれないわ」



 あれ……紅音ちゃん怒るのかと思ってた。だって、教えてもらえなかったんだよ? 普通怒るでしょ。でも、茉莉が兄さんの世話をしていたことも確かだし、紅音ちゃんをキライなわけでもないことが分かった。紅音ちゃんもそれは理解しているはず。



「……ハルヤ。この寝てる人がニイサンさん? 緋乃ニイサンさん? 変わった名前だけど、ハルヤにそっくり」

「ああ。双子だから。それと、ニイサンって名前じゃなくて、心夜って名前」

「シンヤ! 覚えたよ。シンヤはなんで寝てるの?」

「茉莉と同じように事故に遭っちゃったんだ。悲しいけど、起きられないんだ」

「……カワイソウ? カワイソウ……カワイソウ」



 茉莉は兄さんの枕元に立って、頭をイイコイイコした。ああ、可哀そうな子にもイイコイイコするんだな。茉莉はやっぱり優しい子なんだな。



「茉莉……ありがとう。心夜さまも喜んでる。私……茉莉の気持ちがすごくよく分かるんだ」

「わたしのキモチ?」

「うん。記憶喪失になった春彩さまの記憶を戻すために、なんでもしたんでしょ。もし、私ががむしゃらにやって、心夜さまが起きるなら、間違いなくそうするもん」



 あ、そうか。それが茉莉に対する怒りがない理由か。俺のためにしたことが結果的に俺の記憶を戻したんだから、そのために紅音ちゃん自身が使われたんだったら仕方のないことって理解したんだ。自分を茉莉に重ねて。



「紅音ちゃん。俺もなにか考えるよ。兄さんが起きる方法。きっと医者は難しいって言うと思うんだけど、でも、起きる確率がないわけじゃないんだよね。なら、なにか意識を呼び戻す方法とかあるんじゃないかって」

「………はい。ありがとうございます」




 茉莉は不思議そうに、俺と紅音ちゃんを交互に見て小首をかしげた。



「ハルヤ〜〜〜シンヤきっと、音楽聴いたいって思ってるよ。だって、シンヤ聴こえてるもん」




 ————え?


 

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