#04 茉莉はモテる
二人して両手にエコバッグを持って帰ってきたけど……。あれ、お菓子こんなに食べないよな。まず、ラムネがエコバッグの半分を占めているんだよね。それと歌舞伎揚とかポテチとか。腐らないからまだいいけど。
「ハルヤ〜〜〜オードブルはすぐ食べる?」
「うん。お腹すいたでしょ」
オードブルは、取り分けるの面倒だからそのまま食べちゃっていいよね。
なんて思っていたら、茉莉はキッチンからお皿を二つとってきた。あれ、覚えているんだ? 記憶喪失なのに、そういう細かいことを覚えているのは、やっぱり普段から俺の世話をしていたせいなのかな。
結局、レンジで温めるから、取り分ける必要があったわけで。やっぱり茉莉がいないと、俺は生きていけないなぁ。
「茉莉、ありがとう」
「うんっ! えへへ。ハルヤに褒められると嬉しいなっ♪」
頭をこっちに向けるのね。はいはい。イイコイイコ。すると、茉莉は鼻歌混じりにトングで皿にオードブルのチキンとかエビフライ、フライドポテト、最後にピラフを盛り付けた。自分で食べるんじゃなくて、先に俺に「ハルヤのぶんだよっ! どうぞっ!」って。記憶喪失前となにも変わってないじゃん。性格がリセットされたように可愛らしくなっちゃったけど、根本が変わっていない感じだな。
「茉莉は……どのくらい記憶あるんだ? 俺の世話をしていたこととか覚えてるの?」
「ううん。でも、ハルヤのことは覚えてるよ。ハルヤがピアノ弾いてくれた。ハルヤがダンスしてた。かっこよくて……嬉しくて……ぎゅーってしたくなっちゃうの」
「茉莉……俺のことそんなに覚えて……」
でも、茉莉から兄さんの名前は出てこないんだよな。いっそ訊いてみるか。
「心夜のことは覚えていないの?」
「シンヤ? 聞いたことあるような。なんだっけ」
「ほら、ダンスが上手で。茉莉は心夜と一緒に、俺の誕生日をサプライズしてくれるはずだったんだろ?」
「………ごめん。思い出せない」
「あ、全然気にしなくていいよ」
思い出せなくても、いずれ会うことになるからな。病院に茉莉を置いて行けないだろ。紅音のことも覚えていないんだろうな。
食べ終わったところで、冷蔵庫からケーキを出した。ホールのイチゴのケーキ。誕生日でもクリスマスでもないのに、ケーキを食べられるなんて贅沢だよね。いや、茉莉の退院祝いなんだから、気にしないでいっぱい食べよう。
箱から取り出したケーキを見て、茉莉は不思議そうな顔をする。
「なんでロウソクでふぅーっしないの?」
そんなことも覚えているのか。誕生日はロウソク立てるけど。まあ、いいや。ケーキの箱にロウソクは付属していたし。
「おめでとう茉莉」
「ありがとうハルヤっ! ふぅーーーーっ」
自分で火を吹き消して自分で拍手してるよ。でも、笑顔みたら、写真を撮りたくなったな。スマホを構えて、ケーキと一緒に茉莉を写した。うん、自然な笑顔とケーキ。明らかに誕生日を祝ってもらった感がある。
ケーキを切り分けて皿に移す。茉莉はイチゴを摘んでパクっ。酸っぱかったのか顔をしかめたけど、生クリームをフォークの先端につけて舐めたらまた笑顔。可愛いなぁ。
「茉莉〜〜〜退院おめでとうっ!」
「ありがとぉぉ!! あ、退院もそうだけど同棲記念日だねっ!」
「……記憶喪失なのに、発想がすごい」
「そう? 同棲した一日目だもん。おめでたいでしょ?」
おめでたいけど、俺の心情からしたらあまり喜ばしくはないんだよな。だって、茉莉の行動をリロードしなきゃならない。茉莉が俺にお世話をする状況を作るなんて、今の茉莉からしたら想像つかないよ。でも、さっきの小皿に料理を取り分けた姿からして、思い出すのもすぐなんじゃないかな、なんて楽観的になっちゃうな。
「ハルヤ食べないの? おいしいよ?」
「うん。食べるよ」
ケーキを頬張る茉莉の口に生クリームべったり。子供かよっ。
「ほら、仕方ないな。生クリーム口についてる」
「? 口についてる?」
「うん。ああ、鏡ないや。仕方ない」
ティッシュで拭いてあげると、また茉莉は一口。そしてまた口に生クリーム。イタチごっこか。
「なあ。わざとやっていないよな? 記憶喪失でも、基本動作……口の違和感とかは普通にあるはずなんだけど?」
「や、やだな。わたし記憶喪失で、ちょ、ちょっとそういうの分からないよっ」
「……急に記憶喪失を語るあたり怪しいな」
あくまで、俺の冗談。茉莉が記憶喪失なのは知っているし、茉莉の性格が少し——かなり可愛らしくなったのも理解している。その延長で、口に生クリームなんだろうな。それで茉莉をイジりたくなってしまう。可愛い子ほどイジメたくなるアレだ。
いや。記憶喪失でも計算高い可能性はある。
ピンポーンってインターフォンが鳴った。誰だろう。俺が立ち上がる前に、茉莉が小動物——リスのような素早さで玄関に駆けていった。いやいや、子供かよ。
「ねえね!! また口に生クリームつけてるッ!」
「さっちゃん! いらっしゃいっ! どうぞどうぞ、愛の巣へ」
………えっと。沙月は、またって言ったか。あれ、記憶喪失になってから沙月の前でケーキどころか食事すら取っていないぞ。もしかして、俺が学校に行っている間に病院でケーキでも食べたか。ああ、それならありえるな。
「にいに。ママが様子見てこいっていうから来たんだけど」
「ああ、沙月、ちょうどよかった。ケーキあるぞ」
「ごめん。あたし、辛党なんだ」
こいつ、童顔ロリフェイスのくせして、甘いの食べないのか。なんだよ辛党って。普通、ケーキくらい食べるだろう。アレルギーとかじゃなければ。
「さっちゃん……ケーキ食べないの? さっちゃんの分まで食べていい?」
「ねえね………素に戻ったんだね。ま、あたしはその方が好きだけど」
「待て……沙月。茉莉はこれが素なのか? 記憶喪失でこんな性格になったんじゃないのか?」
「家ではこんな感じだよ。でも、それだと舐められるからって。あとね、ねえねはモテすぎちゃうの。だから、常に強くあらねば、って。バカみたい。モテたほうが得なのにね」
ああ、それで、沙月は、『にいにのためならどんな自分にもなりきっていたし、どんなえげつないことでもしてたでしょ』なんて言っていたのか。だけど、幼馴染の俺でさえ、見抜けなかったってことなのか。
俺、信用されていない?
「茉莉……隠していたなんて酷いぞ。俺の前くらい素でいてくれても良かったんじゃないかな?」
「? 素手? うん?」
まあ、確かに、記憶喪失の茉莉にそんなこと言うのは酷だけど。それでも酷い。俺は騙されていたってことなんだろ。あ、違うな。
————春彩! がんばったでしょわたし。イイコイイコして。
————なに言ってるの? えっと、イイコイイコって頭撫でること?
————ちょっと、引かないでよ。言ったこっちが恥ずかしくなるじゃん。
俺が茉莉を見ていなかったんだ。翼にも言われたよな。殻に閉じこもっていたのは俺だって。そのとおりだったのかもな。茉莉を見ようとしなかった。好きが空回りして、ひがんでばかりいた。兄さんに逆恨みして。
だって、茉莉とは仲が良かったけど、まさか茉莉が俺を好きでいてくれてるなんて思いもよらなかったんだから。
「ほら、茉莉。口にまたついてるぞ」
「ハルヤ〜〜〜取って」
「仕方ないなぁ」
溜息をついた沙月は、「強くないねえねはモテるからね。にいには、絶対に気を抜いちゃだめだよ。特に学校。ねえねの友好関係は幅広く深いからねっ」なんてとんでもない警告をしてきた。予想はついていたけど……付き合いたい女子ナンバーワンか。
性格が良かった茉莉は、それに加えて可愛らしさまで付け加えられてしまった。
でも、なにも心配していない。茉莉はおそらく俺から離れないと思う。
だって、茉莉の気持ちが痛いほど分かるから。
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