#03 俺の方こそありがとう




 目的は、イゲヤっていう大きな家具屋。中央線青梅行き快速に揺られること数十分。車窓から外を物珍しそうに覗く茉莉は、わーっ、とか、アレはなに、とか、もう幼稚園児のような仕草をするから恥ずかしくて。



 俺と茉莉に好奇の目が矢のように飛んでくるし。



「ねえねえ、空に飛行機飛んでる! はじめて見たッ!」

「ああ、えっと。飛行機は普通に飛んでるし、はじめてじゃないよ?」

「むぅ。はじめてだよ。覚えてないんだからっ」

「あ、そうだよね。ごめん」



 記憶喪失でも俺は押し切られてしまうんだな。しかめっ面のつもりなのか、頬を膨らませるんだけど、それも可愛い。餌を溜め込んだリス。うん、えいっ!


 両手の人差し指でツンっってほっぺを押すと、顔がしぼむ。「むぅ。いじわるっ」


 

 でも、すぐにまた飛行機を眺めて元通り。



「ほら、次の駅で降りるからね」

「つ、着くんだ。ドキドキする」

「え? なんで?」

「だって、カグヤに行くんでしょ。オトギバナシの世界の」

「………はい?」


 

 何のこと言ってるの? さっぱり分からないよ。記憶喪失になっても俺みたいにアホにならないで知能が高い茉莉は、たまにこうして空回りするみたい。つまり、記憶を別の記憶に勝手につなげて解釈するというボケ状態。俺のアホよりも厄介かもしれないな。



「えっと。家具屋と御伽噺おとぎばなし? の何が関係するの?」

「………ハルヤって本当に記憶喪失だったんだね」

「う、うん。間違いないけど」

「昔、竹取たけとりおきなといふものありけり。野山にまじりて——」

「ま、待って。本当に記憶喪失なのそれ!?」

「え。だって、入院しているときにラジオで聴いたよ? カグヤ出てくるじゃん」



 え……ラジオでそんなこと言うの? 何のラジオなのそれ。



「どんなラジオ?」

「確かね。うんと、高校生講座の古典って言っていたような」

「……す、すごいの聴いてたね。ああ、それはかぐや姫ね。これから行くのは、家具屋さんって言って、ベッドとかタンスとか売っているお店だよ」

「……えぇ!! なんだ、ファニチャーショップのことだったの。がっかり。テーマパークかと思ってた」



 あれ。やっぱりアホなんじゃないかな。レベルが高いほうのアホ。っていうか、なんで英語知ってるの。あ、ラジオか。察した。記憶喪失のくせに、学習能力が高すぎる。いつか、記憶喪失の茉莉に知識で負けそうな気がするわ。まずいぞ。



「とにかく着いたから、行こう」



 改札を抜けるのも一苦労。交通系電子マネーのMELONの使い方分からなくて、改札出られないの。仕方なく、俺が腕を伸ばしてタッチ。開いたところで、なぜ開いたのか気になって改札をまじまじ見る。後ろの人に迷惑がかかるっていう……ああ、もう疲れたぞ。



 イゲヤに着くと、茉莉は大喜び。どうぞ寝て下さいって書いてあったベッドに横になって、ゴロゴロするし、ソファに座って知らない家の子——三才くらい——を膝の上に乗せちゃうし。しかも、その子がなぜか懐いて、お母さんが引き剥がすと大泣き。茉莉もぐすんって泣くし。



 それでいて、なぜかすごい注目の的なの。そんなに茉莉が可愛いからって。見ないでよ。茉莉が減っちゃうじゃない。



「あぁ。これ欲しいな」

「え。マグカップほしいの?」

「うん。なんだか、これ……ハルヤっぽいから」

「………どう見てもサルなんだけど?」

「優しそうな目がそっくり」

「…………うぅ。買う。おそろいで買う。絶対に買う」



 マグカップ二つをさっそくカゴに入れた。ほかにも、お皿とか。少しでも茉莉の気分転換になるように、気に入った食器を次々にカゴに入れていく。



「わあ。キレイ」

「ほ、ほしいの?」



 三角柱の中に液体が入っていて、気泡が下から上に上がっていく置物。LEDが七色に光って、茉莉にしてみれば見ていて飽きないのかな。



「ううん。いらない。でも、なんだか歌を聴くハコの光みたい」

「………歌を聴くハコの光……なんだそれ」



 歌……聴く…ハコ? ライブか? あ。紅音ちゃんのライブに行った時!!



「ライブだ。ライブのときの光の色に似ているのか」

「ライブ? 光? あ。ハルヤ……」

「え? な、なに?」

「歌……歌が聴こえた。女の人の声で、曲はなんだか懐かしいような」

「紅音ちゃんのライブだ。間違いない」

「あかねちゃん………?」



 しばらく考え込んじゃったけど、「わかんないや」って諦めも早いみたい。茉莉らしいといえば茉莉らしいけど。



 インテリアコーディネートの部屋に、茉莉は感動しっぱなしだった。特に上品なピンクの家具で統一された、大人な女性のイメージの部屋が気に入ったみたい。ソファに座って目をキラキラさせている。



「この部屋がいいの?」

「うん。素敵。このテーブルには、ローズの薔薇を一輪ワイングラスに差して」



 ローズの薔薇って薔薇の薔薇だよね。やっぱりアホになっている。俺と同じだ。学習能力が高いだけのアホ。茉莉らしくない。でも、かわいいからいいや。



「じゃあ、ここ一式買おうか」

「え? ま、待って。だ、だって」

「どうしたの?」

「わ、わたしお金持ってない。マグカップだけで……いいよ。それくらいならお小遣いで………」



 記憶喪失なのに、変なところはしっかりしてるのか。なんだか、しおらしくてかわいい。ああ、だめだ。財布の紐が緩む。買ってあげたい。




 店員さんを呼ぶと、俺を見て固まった。ああ、忘れてた。ラファエルだった。変装も何もしていない。



 ああ、電車からここまで目を引いていたのは、俺か。ラファエルか。やべえ。忘れてたわ。



「あ、あの……ラファエルさんですよね………」

「ち、チガイマス。ひ、ひとちがいってやつです」

「………」



 口をとがらせて、裏声を使ってももう遅い。バレバレだった。他人のフリするのが遅かったか。



「店員さん。ここの家具と小物、すべて買います」

「………え? すべてですか?」

「はい。お願いします」

「………わ、分かりました。こちらへどうぞ」




 で、店員さんが電卓叩いてくれたんだけど、すげえ金額。それはいいとして、よく考えたら送ってもらわないといけないんだよね。すると、今日中に届かないこと決定。ああ、困った。よく考えたら、買ったベッドを電車に持ち込んで運ぶ人なんて見たことないよな。



「茉莉ごめん。今日は俺のベッドで寝て」

「じゃあ、一緒に寝ればいいじゃんっ」

「問題起こすと、おばさんに俺が怒られるからさ。困ったなぁ。明日にも届かないのか。どうしよう」




 結局、それから地元の駅に戻ってきたのは、夕方だった。約束通り商店街の洋菓子屋でケーキ買って、スーパーでジュースとオードブルをカゴに入れて思い出した。



「茉莉、好きなラムネ買ってあげるから、見に行こう」

「………ほんとに良いの? 今日いっぱいお金使っちゃったよ?」

「大丈夫だから」



 本当に記憶喪失なの? お金の概念を理解するの早すぎじゃない?



 ラムネを選ぶ茉莉の真剣な表情は俺からしてみれば、滑稽なんだよね。だって、あの茉莉が真剣にラムネ菓子を選んでいるんだよ。信じられない。



「これかこれ。どっちにしよう。悩んじゃう」

「どっちも買えばいいんじゃないの?」

「お菓子は一つまでだよ。じゃないと怒られちゃう」

「俺は怒らないけど……」



 泣きそうになるまで悩むなんて。いや、どっちも買ってほしい。後悔する茉莉を見たくない。いや、こうなったら。



「ああ、もうっ!」

「え。ええええぇぇぇぇ!?」



 そこにあったラムネをはじめ、すべてのお菓子をカゴに入れた。もう面倒くさい。過保護にならざるを得ない!!!



 近くに居た、女子高生二人組が呆れてこっちを見ていたけど、よく見たらうちの高校の生徒だと思う。見覚えあるし。



「え。白詰茉莉………? それに………はっ」

「や、やばいって。ラファエルじゃん。な、なに。二人付き合ってるの?」

「さ、さすが有名人…………買い方が豪快……」



 当然、茉莉が女子高生と知り合いだったのかどうかを知る余地はない。茉莉は小首をかしげるばかり。いや、目立つことしないほうがいいな。これからは気をつけないと。


 セルフレジなのを忘れてた。まずい。こんな大量のお菓子を一つ一つやってらないよ。なんて思っていると、店員さんが出てきて、手伝ってくれた。



「ら、ラファエルさん、こっそりサインくれませんか? これ、やっておくので」

「…………。はい、お願いします」



 店員さんのメモ帳にサインを入れて、ため息まじりにスーパーを出た。



「ハルヤ………ごめんね。お金いっぱい使わせちゃったね」

「気にするなって。金は問題ない。それよりも、茉莉が笑ってくれないと、俺が辛いから」



 つい本音がぽろり。茉莉を笑わせるためならなんだってしてやるし、記憶が戻るならどんなことでもする。そう決めてるから。



「ラムネも好きだけど、パイの具も好きなの。買ってくれてありがとっ!」

「そうだったんだ。沙月情報にそれはなかったな。よし、パイの具とラムネだな。覚えたぞ」



 見上げれば、夜空に浮かぶ三日月がやけに眩しく感じた。




 なんだかんだで、俺、今、すごく幸せだな。俺の方こそありがとう、茉莉。










———————

茉莉の飼育(言い方ッ)はまだまだ続きます。

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