#02 両思いの言葉




 茉莉が家に来た初日。退院がちょうど土曜日に重なった。学校が休みで良かった。茉莉がいない一週間、俺は髪を切った。ばっさり。もう兄の陰に隠れて——兄の存在に怯えて生きるのを止めた。堂々と眞野春彩まのはるや、いや緋乃春彩あかのはるやとして生きることを決意した。


 たとえ、目立つことになっても、マスコミが押し寄せようとも俺は自分らしく生きるんだ。本来、茉莉を守る上でも俺の存在は隠したほうがいいことは明白だが、逆に隠し通せないくらいなら、堂々としていようと思ったんだ。だって、前髪を上げただけでバレるとか。今までなんでバレなかったのか不思議だろ。



 それと同時に一計を案じなければいけない事態に。



 ラファエルとして顔出しをする。もちろん、兄の心夜は失踪中として知らぬ存じ上げぬ、を押し通す。マスコミをあえてラファエルに引きつけた。



 紅音ちゃんが病院に出入りしているところを、週刊誌のカメラマンが何度も撮影。週刊誌に紅音ちゃんの行動が晒されてしまったのだ。兄さんのことがバレるのも時間の問題。俺の決意と作戦が偶然にも一致した。



 病院に通う紅音ちゃんは、治療のためだと病院から世の中に説明がなされた。さすがメディアに強い病院。白詰家の力を借りたことは言うまでもない。



 

 っていうのが、ここ一週間の動き。まいったよ。



 家にマスコミが押し寄せるかと思ったけど、そんなことはなかった。茉莉のお父さんがマスコミ各社を牽制したって話。紅音ちゃんの件もそうやって、牽制してくれればいいのにって思ったんだけど、さすがに目撃者が多すぎてSNSが騒いだから、仕方なく病院に協力してもらったんだって。



 ラファエル無駄骨。なんかなー。って感じ。



 ってことで、お昼時。お腹すいたなぁ、なんて茉莉と話していたんだよね。



「ハルヤは料理できるの?」

「うん。おいしいかって訊かれると、自信ないけど」

「じゃあ、一緒につくろう? 教えてくれる?」

「う、うん。俺が教えるのも立場逆転なんだけど」

「……わたし、料理してたの?」

「ああ、うん。すごく上手だった」



 嬉しそうに立ち上がって、俺の手を引いた。ニコって笑って。記憶喪失なんて、言われなければ気づかないよ。だって、普段の茉莉かそれ以上に可愛らしくなっちゃってさ。



「えっと、これはなんだっけ?」

「それは、もやしだよ。こっちが鳥のモモ肉。んで、えっと、これがお豆腐」

「あ、お豆腐はなんか分かる。柔らかいやつだよね?」

「そうそう! すごいじゃん。イイコイイコしてあげる」



 頭を撫でると、嬉しそうに茉莉は俺に抱きつくんだよね。今日は、これで三回目。



「じゃあ、お昼はチャーハンでも作るか。簡単だし」

「チャアハン? なんだっけなんだっけ………うぅぅぅ」

「ま、覚えていなくても問題ないから。食べてみてよ」



 青菜と豚肉を切ろう。茉莉の握りしめる包丁に手を添えて、ゆっくりと青菜を切る。次に豚肉。でも、感覚は覚えているみたい。記憶喪失の俺がダンスできたのと同じ理屈なのかな。



「よし、じゃあご飯を炒めて、卵を絡める。次に……」

「チャアハンかぁ。にんにくがいい匂いだね」

「うん。にんにくはチューブでオッケー」



 出来上がったチャーハンをダイニングテーブルに置いて、「「いただきますっ」」ってすると、茉莉はパクっと一口。



「どう? おいしい?」

「う、うん! おいしい!」

「良かった」



 頬張る姿も可愛い。小動物系の茉莉の現在の姿は、リスってところかな。あ、そうだ。今日はせっかくだから、夜は退院祝いでもしよう。記憶が回復していなくても退院は退院だし。



「茉莉はケーキ好きなんだよね。あとで買いに行こうか」

「けえき? なんだっけ」

「甘いやつ。あ、それと茉莉の好物のラムネも買ってあげるから」

「ほ、ほんとっ!? やったぁ」



 ラムネは、忘れられないくらい好物だったんだね。知らなかったなぁ。




 食休みして食器を洗って片付けたら、もう2時に。時間ってあっという間だよね。



 茉莉の荷物は後日で宅配便業者が届けてくれることになっている。だけど、茉莉の部屋が出来上がっていない。兄さんはそもそも一人暮らしだったこともあり、部屋は伽藍堂がらんどう。妹の部屋を使ってもらってもいいんだけど、あいつ突然帰ってくるから、そのままにしておいた方が良さそう。


 空き部屋があるから、そこにベッドとクローゼットを入れようと思う。それを今から買いに行くんだけど……。



「ね、ねえ。茉莉はその格好で大丈夫?」

「……おかしいの?」



 退院してきたままの姿なんだよね。上下ジャージ。着替えるって発想がないのは……退院のときに俺しかいなかったからだ。おばさんは仕事で沙月は部活、紅音ちゃんは兄さんのところから離れようとしないし、翼は……普通に来られるわけないし、別に来て欲しくない。期待なんて一ミリもしていない。




 ああ、なんて俺は気が利かないんだ。




 茉莉のボストンバックを開けて、中身………ひぇ!! ま、マジか。茉莉の……ブ、ブラジャーとパンツ……だ、だめだ。勝手に開くわけには。



「……ハルヤ? わたしの荷物でなにしてるの?」

「……ごめん。茉莉、ここから着たい服出して」



 記憶がなくても、茉莉は案外普通のセンスをしているらしい。隣の部屋で着替えてきた服は、チェックのスカートにビックシルエットのパーカー。ガーリーな感じなのかな。茉莉によく似合ってる。うん、すごく可愛い。



「おかしくない?」

「うん。すごく可愛いよ」

「ほんと? イイコイイコしてくれる?」



 あ、そうか。着替えができてももイイコイイコしないといけないのか。



「よし、茉莉、こっちにおいで」

「うんっ!」



 頭を撫でると、嬉しそうに抱きついてくる。懐いた子犬みたいだ。



「ハルヤっ! 大好きっ!」

「ああ、うん。ありがと。茉莉のことも………俺…」



 言葉が詰まった。いや、好きに決まってるんだけど。もうどうしようもないくらい好きなだけど……記憶喪失だとしても……恥ずかしい。あ、だめだ。そうやってなにもできないまま記憶喪失になって、茉莉を泣かせたんだった。言えるときに言わないと。





『愛する人を一人選んだら、全力で愛してあげて』





 充希先生の言葉を反芻はんすうする。




「茉莉……俺も……好きだよ。だから、ずっと一緒に居てほしい」

「……アレ。なんだが………胸が………胸が苦しいの」



 え。ど、どうしたの。蹲って胸を押さえて苦しそう。どうしたんだろう茉莉。



「だ、大丈夫? 調子悪い? 苦しい?」

「なんだか……胸の奥がドキドキして、熱くて。か、勝手に涙がでちゃうの」

「————茉莉」



 茉莉を立ち上がらせて、背中を擦ってあげる。きっと……恋している。恋してくれている。それは分かる。やっぱり、記憶がないって寂しいことだなぁ。今のままでも十分可愛いけど、茉莉は辛いはず。



「がんばろうな。俺、いろいろと考えてみるし、病院も一緒に行くから。辛いけど、がんばろうね」

「わ、わたし病気なの? 死んじゃうの?」

「今のは病気じゃないよ。きっと、俺のこと……いや、なんでもない。さあ、出かけよう」

「う、うん」



 玄関を出ると、茉莉は俺の手にしがみついた。記憶がないから不安なんだよね。俺みたいに、外に出てハグレたら帰ってこられないかもしれない。だから、絶対に茉莉から離れてはいけない。これは絶対。



「よし、俺から離れないでね。イイコイイコ」

「うんっ! ハルヤ温かいから、気持ちいい」



 アレは魚屋さん。うん、お魚いっぱい売ってるでしょ。うん、これはお肉屋さん。今度ここでお肉買って、すき焼きでも作ろうね。え、あ、それは潰れたタバコ屋さん。タバコはね…俺も吸ったこと無いからわからないんだけど、煙でるやつ。あ、そこは靴屋さん。



 見るものすべてが新鮮みたい。でも、なんだか俺も楽しい。道端に生えてる雑草に興味を持ったり、散歩している犬に近づいて撫でてみたり。とにかく、茉莉が愛らしくて仕方ない。






 とにかく、自分が自分ではないくらいに優しくなれた。






「ねえ、ハルヤ、ワンちゃん買いたい。可愛いなぁ」

「可愛いけど、世話するの大変だよ?」

「………そうなんだ。あんなに可愛いのになぁ」



 茉莉一人でも手一杯なんだよね。でも、茉莉が飼いたいっていうなら飼ってもいいけど。ああ、でもまだ難しいかな。



「じゃあ、茉莉の記憶が戻ったら買おう。約束する」

「いいのっ!? じゃあ、記憶戻るようにがんばるっ!」

「うん。約束」







 今日のこれまでの一番の笑顔は、俺との約束だった。






—————

序の口でした。ここからのお話で茉莉と春彩の下げ描写は一切ありません。

甘いだけです。その他の人たちは下げ描写あるかもですが。


★貰えれば嬉しいです。レビューもだれかぁ!?泣

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