#12 文化祭 後編




 あんなのキメられて、どう返せば良いんだ!? すごい喚声。翼のファンなのか、一般客まで押し寄せて波打ってるの。おそらく、ステージ下で俺を応援してくれる人はいない。だけど、群衆の向こう側で充希先生が胸に拳を軽く叩きつけていた。



 ああ、あれって、楽しんでって意味だ。そうだ、翼に勝とうなんて思わなくて良いんだ。音楽を楽しもう。



 すると、HIPHOPのメロディが頭の中で五線譜となって駆け巡る。まるで五線譜を切り裂くようなリズム。雷鳴のようなリズムをステップに乗せれば、きっと楽しい。



「す、すげえ。なんだあいつ。キモ男じゃなかったのかよ」

「か、かっこいい。信じられない」

「ほ、惚れたっ!!」



 静まり返っていた観客——恐らく俺のことをいぶかしんで居たんだと思う——が一斉に声を上げた。勝鬨のような声。まだ勝ってないけど。


 クラスのみんなは応援してくれている。いるじゃん。こんなにいっぱい俺を応援してくれてるじゃん。



 だって、俺の名前をみんな呼んでくれてるよ! 春彩って。がんばれって。声を枯らして。




「春彩〜〜〜〜〜!! かっこいいっ! ……待ってたんだよ」

「春彩さま〜〜〜〜いい感じですッ!! ってなに泣いてんのよ茉莉。まだ始まったばかりじゃない」



 ステージ脇から二人の声。みなぎってくる辺り、俺って単純。さて、俺のやり方でいこう。



司会者の生徒からマイクを奪って、再びステップをカマす。



「一緒に踊ろうぜぇ!! 今日は文化祭だぁ!! みんな踊り狂おうぜッ!!」



 マイクを返して、足をステージの上で弾く。記憶は戻っていなくても、身体が覚えている。まるで風になったような気分だった。汗を拭って前髪を上げる。この際、髪型が乱れることなんて気にしない。



「あ、あれって」

「まじか………どうりで」

「し、信じられない」

「だから、翼くん来てくれたんだ」



 またシーンとなった。BGMがR&Bに変わっていく。しっとりとした曲。ジャズ調のダンスに移行する。翼はLOCKもできるのか。翼は俺に手招きする。ルールとしては、相手がダンスをしている間は横入りしてはいけないのだが、相手が誘ってきた場合は横入り可能。そういうルールだった。



「し、心夜さまぁぁぁ!!」

「心夜ッ!! 待ってたぁぁぁ!!」

「心夜―――――っ!!」



 俺は……春彩だろ。でも、楽しいからなんでもいいや。



 翼のとなりで踊る俺は、間違いなく不利だ。だがそれで結構。



「お前、バレてるけど、大丈夫なの?」

「……楽しいからいいだろ」

「は? 答えになってねえよ。意味が分かんねえ」

「俺は春彩だ。それ以上でもそれ以下でもないよ」

「……よく分かんねえけど、お前のダンスが割とすごいことを再確認した」

「はいはい。ありがとうございます」



 曲目が変わる。EDMだ。今流行のエレクトロダンスミュージック。サイバーな感じ。



 踊りきって、いよいよ翼の選曲……やっぱり『In my soul』か。持ち歌を使ってくる辺り、ファンサービスがいいというか、勝ちに来ているというか。まあ、ここで持ち歌じゃなければ、来てくれたファンはがっかりだろうけどな。



 ここは静観する。観客の熱気は最高潮。この後に俺が踊るのは正直キツイ。こんなダンスを見せられたら、プレッシャーが半端ない。だけど、ラストを選んだんだ。どっちにしても俺の曲目の後にアイツが踊れば、すべて持っていかれる。それよりは、俺のダンスが奇跡的に翼の曲目に勝てれば、逆にどっこいどっこいまで持っていけるかもしれない。



 ただでは転ばない。負けても傷跡は残す。



 そして、俺の曲目『愛する人に』が掛かる。充希先生がニコニコしてこっちを見てる。本当に優しい先生なんだな。好きになっちゃうよ。



 楽しもう。うん。俺は茉莉が好きだ。でも、すごく切ない。紅音ちゃんは……俺を好きになってはいけない。俺も紅音ちゃんを————。




 茉莉。俺には茉莉しかいない。茉莉———思い違いって言ったな。ありがとう。すべて理解した。俺は————。







 ————すべて思い出したよ。記憶がすべてもどった。







 踊りきった。予想外にも、観客は俺のダンスに拍手喝采はくしゅかっさいを送ってくれた。口を揃えて、良かったって言ってくれる。救われた。



 ステージ上で審査結果を待つ。審査員は校長先生、教頭先生、生徒会長、副生徒会長、PTA会長の五人。翼か俺のいずれかに1点をくれる。その合計点が多い方が勝ち。



 校長先生  翼に1点。

 教頭先生 春彩に1点。

 生徒会長 春彩に1点。

 副生徒会長 翼に1点。



『な、並んだぁぁぁ!! 残すはPTA会長のみ。どちらが勝つのでしょう』



 まさかこんなに接戦になるとは思ってもみなかった。茉莉。結果はどうであれ、俺に言わせてくれ。ごめん。約束が違うよな。




 PTA会長————。





 力が抜けた。俺は………。




 俯いたまま何も言えなくなってしまった。紅音ちゃんが心配そうに俺を覗き込むけど、声が出ない。



 俺————負けたんだ。



 茉莉ごめん。期待に添えなかった。カッコ悪い。




 だけど、茉莉は俺がステージから降りる前に駆け上がってきて、俺に飛びついてきた。顔を俺の胸に突っ伏しながら。



「すごく良かった。本当に良かった。春彩、はるやぁぁぁぁ」

「ごめん。負けちゃった。俺、がんばったんだけど」

「うん。分かってる」

「 俺、もっと練習すれば勝てたかもしれないのに」

「勝ち負けじゃないよ。春彩はがんばったじゃない………いつも言ってるでしょ。世界中の人が翼くんの味方しても、わたしは春彩の味方だって」



 頭をイイコイイコしてくれる。茉莉は「ごめんね、片付けしてくる。あとでいっぱい話そうね」と眉尻を下げて後ろ歩きをしてステージ中央に行ってしまった。



 俺は階段をおりて、テントの椅子に腰掛けた。




「すごく良かったです。私、感動しました」

「うん。ありがとう。でも、負けちゃったよ」

「ううん。勝敗はそうかもしれませんが、春彩さまはやれるだけやったじゃないですか」

「ごめん。俺、練習足りなかったんだ。本当は心のどこかで諦めていてね。どうせ負けるとか。勝てるわけないとか。でも、実際やってみたらいい勝負だった。気持ちの問題だよね。俺、悔しくて」



 突然強風が吹いた。風がすこし強くて、秋の割には暑いくらいの陽気だったんだよね。

 




 ————え。



 ステージの上で物凄い音がした。まるで何かが崩れたような……。



 慌てて振り返ると、巨大な看板が倒れていた。



「だ、だれか下敷きになったぞッ!!!」

「はやく救急車ッ!!」

「おい、なにしてんだ、はやく看板持ち上げるぞ」



 え。まさか。違うよな。違うって言ってくれ。誰か。




 ステージに上って看板を起こすと————そ、そんな。そんなのって。






『インパクトドライバー借りられないかな?』





 まさか。そんな。そんな、そんなそんなそんなそんな。




 そんなああああああああああああああああああああああ!!!!!!




 茉………莉が頭から血を…………流して………。ま、茉莉。頼む目を開けて。



「は、春彩さま………」

「俺のせいだ。インパクトドライバー戻さなかった。忘れていたんだ」








 救急車が発車するのを………見送った。







————————————

安心してください。

ハッピーエンドです。

続きは夜更新します


※詳しい方のインパクトドライバー指摘は受けません。伏線というか、小ネタです。

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