#11 文化祭 中編
怪しさ大爆発の男は、気恥ずかしそうに「か、カフェラテください」って。お前は、乙女かっ! ってツッコミたくなる。でも、あの声どこかで聞いたような。
「お前、しばらく見ない間に太ったな。そんなんでダンスできるのか?」
「は? だからお前だれ?」
囚人服の男子からしても怪しさ満点だろうね。どう見ても押し入った強盗だから。
「……翼くんって人の顔覚えられないの」
「は? あれ、翼なの!?」
「うん……」
茉莉は、作ったカフェラテをトレイに乗せて、翼の前に置いた。さすがに茉莉のことは分かるのかと思いきや、「うわ。ゾンビパイレーツ可愛い。マジ!? 君名前は?」って。ああ、俺も人のこと言えないけど、あいつアホだったんだ。
「茉莉です。白詰茉莉」
「はっ!? ま、茉莉ちゃん!? ご、ごめん」
「囚人服の人は無関係な男子高生Aよ。行き違いで、衣装が代わったの」
「まじか。全然気づかなかった。すげえ似てるよな」
茉莉は俺と男子高生Aを見比べて、「全然似てないからっ」と無慈悲に告げた。いや、普通に似てねえよ。どんだけ認知能力ないんだよ。
「お前、何しにきた!?」
「ん。お前がっ!?」
「ああ、そうだよ」
「男子高生Bだな。茉莉ちゃんと紅音をよろしくな」
一歩引いて、茉莉に「こいつ大丈夫なの?」と耳打ちせざるを得ない。だって、どう考えたって頭悪いよ。ああ、俺が死人メイクしてるから気づかなかったのか。
「緋乃春彩だ。お前と今日勝負する予定の春彩」
「ん……は? 春彩はそんな顔色悪くなかったぞ」
こいつぶっ飛ばしたい。ボケてるのか天然なのか。
「お前、前に校庭に来たときは、まともだったじゃん。どうしたんだ今日は?」
「お前、ダンスなんてできるのか? 記憶喪失なんだろ。恥をかかないために忠告する。お前に勝てる見込みなんてまったくない。いいか、お前は絶対に勝てない」
「話聞かねえな。どうでもいい」
「は? お前、ダンスバトルするんだろ。なら勝ちに来るのが普通だろ?」
「俺は精一杯やる、楽しみながら踊る。その結果、お前に勝ぁぁぁぁぁつ」
「………なんだそれ」
楽しんだもん勝ち。つまり、楽しめれば俺の勝ち。翼なんかに負けない。充希先生の言うとおり。ダンスを楽しめれば俺の勝ちだ。完璧な作戦。
「それで、翼くん何しに来たの? カフェラテ飲みに来たんじゃないでしょ? これ以上、今のわたしには接触してほしくないのはわかってるよね?」
「ああ、茉莉ちゃんごめん。今日はそいつに用があったんだ。社長が会いたいってよ。ダンスバトル終わってから話す余裕ないだろうから、ここで伝える。社長もお前を探してたみたいだな。ま、俺は正直、お前の意思だと思ってる。だから、気が向いたら電話くれ」
翼は俺に名刺を手渡して立ち上がり、茉莉と紅音ちゃんに手を振って教室を後にした。あいつの性格がイマイチ分からないな。名刺をポケットにしまって、片付け片付けっと。お客さんが次から次に来るし。
一段落して、やっとお役御免。交代制だったから、お昼には自由になった。茉莉と紅音ちゃんも離れられるんだけど、茉莉はまた準備があるってステージに行っちゃった。どんだけ忙しいの。茉莉と一緒に遊びたかったなぁ。
「春彩さま、もしよろしければ、ダンスの練習にお付き合い致しますが」
「え。いいの? 紅音ちゃんだって、友達と遊びたいんじゃ?」
「大丈夫です。春彩さまと……一緒にいたほうが………その」
「うん? まあ、そう言ってくれるなら、お願いしようかな」
ニコッと笑った紅音ちゃん可愛い。さっきのオバケ喫茶では見られなかったもん。ただしメイクを落としていないから、ちょっと怖いんだけどね。
体育館わきで練習に付き合ってもらって、紅音ちゃんに訊いたのね。どこがダメだろうって。すると、紅音ちゃん難しい顔するんだけど、首をかしげて固まっちゃった。
「どうかな。“愛する人に”って曲に合ってるかな?」
「そうですね。とても良いと思います。でも、なんだろう」
「え……教えて欲しいな。足りないところ」
「なんとなく、ダンスに迷いがあるような気がします。いえ、私の勘違いって可能性がありますけど」
「あ、ごめん。着信」
充希先生からだった。あ、もしかして本番見に来てくれるのかな。だとしたら、すごく嬉しいな。
「はい。春彩です」
『もしもし、今どこにいるのー? 教室行ったらいなかったから』
「あ、体育館隣にいます」
『……練習してるのね。えらいえらい。よし、じゃあちょっと見に行こうかな』
「お願いします!」
ほどなくして現れた充希先生に、紅音ちゃんは絶句していた。
「こ、こんな美人な人が先生なんて。聞いてないです。春彩さま。もしかして、この人まで……」
「ああ、君が碧川紅音ちゃん。安心して。わたしは既婚者だから。でも彼は……ううん。さ、練習の成果見せて」
充希先生って嬉しそうなんだよな。俺のダンス見るのがそんなに嬉しいのかな。でも、充希先生も紅音ちゃんと同じような感想を漏らしたんだよね。
「ダンスの技術は……うん。今すぐに向上できないくらい成長しているし、あとは日々の練習で積み重ねるしか無いかな。でも、気持ちはね……勝つことに執着してるね。それとも——なにか思い出したんじゃない?」
充希先生は的確。心の中を覗かれているみたい。紅音ちゃんへの想いと茉莉への想い。記憶喪失前の感情と、記憶喪失後の感情。その違いが分かっちゃったんだ。
紅音ちゃんも好き。だけど、茉莉は心の中でどんどん大きくなって。なぜか切なさが溢れ出してる。紅音ちゃんの好きとは違う。茉莉は俺の宝物。うん、その感情に嘘をつきたくない。
「充希先生は……迷ったことないんですか? 俺、記憶喪失前と後で、好きな人が……。どうしたらしいのか。ずっと考えていたんです」
いや、理解していた。紅音ちゃんを好きと言ってしまった手前、紅音ちゃんの気持ちを考えると引くことができない。むしろ、紅音ちゃんが俺を嫌いになってくれればいいのに。俺、なんて自分勝手なんだろう。
「春彩さま………」
「ないよ。迷いなんてない。初恋の人を好きになって無我夢中で追いかけて、結婚しちゃったし。でもね。わたしの旦那様は、春彩くんと同じ。色々悩んで、手放して、失くして。でも、後悔していないって言ってた。いい。これだけは覚えておいて」
「……はい」
「どんな選択をしても、過去を振り返ったときに間違った選択じゃなかったって思えるくらい今をがんばって。愛する人を一人選んだら全力で愛してあげて。今は大いに悩みなさい。だから、わたしの過去に選択肢があったとしても、今は迷いがない、後悔していないって断言できる。それが、愛するっていうことだと思ってる。ね」
紅音ちゃんが一筋涙を流した気がする。充希先生っていったいどんな道を歩いてきたんだろう。想像もつかないけど、すごい説得力。あれ、なんか難しい言葉を理解できた気がする。スッと入ってきたな。
俺の後悔しない道はもう。
自分が一番知ってるじゃないか。
「はい、もう一回やってみて」
「………はい」
★
いよいよ本番10分前。このダンスバトルを許してくれた学校は、本当に理解があるよね。普通、こんなの文化祭でやるなんて信じられない。茉莉が企画を通してくれたって聞いた。いったい、どんな説明をしたんだろう。
ステージ脇のテントで茉莉が俺のゾンビメイクを落としてくれた。衣装もダンスしやすいようにって用意してくれていた。ダンサーみたい。かっこいい。
「春彩。わたし、応援してる。月並みなことしか言えないけど」
「茉莉。なんであの時、嘘をついたの? 俺、思い出したんだ」
————わたし、春彩に告白したの。春彩は『あることを成し遂げたら付き合う』って約束してくれて。
そんな約束していなかった。俺はずっと茉莉のことが好きで———でも、届かなくて。届かなくて悔しくて。だから、ダンスバトルで勝負を挑んだんだ。もし俺が勝ったら、俺の話を聞いてほしいって。
これが切なさの原因だと思う。
「…………そっか。ううん。自分のため」
「……茉莉。もう一度言っていい? 俺、翼に勝つ。あの時、誰と戦っていたのかまだ思い出せないけど、茉莉に言ったことは思い出したんだ」
「…………うん。ごめん。今度はきっと大丈夫だよね。なにも起きないよ」
「うん。茉莉……」
————アイツに勝ったら、俺に告白させてほしい。俺の気持ちを聞いてほしい。
「うんっ! あのね……あの時も………わたしはずっと春彩を……春彩はずっと思い違いしてたんじゃないかなって思うの」
「………ごめん。それはまだ思い出せてないんだ」
「ゆっくりでいいよ。ね。今はダンスに集中して。ほら、時間」
茉莉は俺を抱きしめて、しばらくそのまま………そのまま俺を優しく包み込んだ。一瞬、なんで抱きついてくるのか分からなかった。だけど————。
茉莉は泣いていた。その理由は分からない。
「な、なんで泣いてるんだ?」
「思い出しちゃったの。あのときのこと。わたし、春彩の記憶が戻らなくても、絶対に諦めないからっ!! わたし………春彩のこと———」
「待て。ダンスが終わったら、ゆっくりと話そう。とにかく、俺、出し切ってくるから」
「うんっ! 春彩………だいす————」
その先は言わせない。だって、俺が言いたいから。だから、茉莉の口を人差し指で押さえた。
「行ってくる」
「うんっ! 行ってらっしゃいっ!」
振り返ってステージを上がる。階段の途中で振り返ると、茉莉が笑顔で手を振ってくれた。
「大丈夫。行って。ね!」
「茉莉……俺、必ず勝って、そして茉莉を」
「うん。待ってる」
ステージに駆け上がると、フードを被った男が鋭い眼光を俺に浴びせてくる。春夜先生と充希先生が人だかりの向こうで手を振っているのが見えた。そう、目の前の翼は、あの伝説のダンサー倉美月春夜の教え子。その一番弟子。翼は間違いなく日本でトップに君臨するダンサー。そんなヤツに俺は勝てるのか? 記憶が戻っていないのに、勝てるのか?
「全校生徒の前で、よく緊張もせずに立っていられるな。さすがだな」
「よく分かんないけど、俺の目には今、お前しか映っていない。集中してる」
「時間みたいだ」
青とオレンジと、少しだけ黄色の入り交じる空の匂いが肺を満たす。視界に広がる人の声がノイズのように脳を揺らす。強く風が吹いて前髪を揺らした。俺は……春彩だ。他の誰でもない。自分を否定しない。分かってる。やれるだけのことをやる。楽しもう。
「ああ、やろう翼」
「いい顔しやがって」
選曲はランダム。どんな曲が掛かるか分からない。それぞれ一曲ずつ、ラストに挿入する曲を選ぶことができる。そこで得点を稼ぐしか俺に勝てる見込みはない。もちろん、俺の選曲は『愛する人に』だ。翼は……どんな曲を選曲したんだろうな。
初めの曲は………アップテンポのHIPHOPだった。
翼が先制する。のっけからアクロバティックにバク転をキメて、ブレイクダンスを披露した。マジか。
人差し指で俺を挑発しながら、ステップを叩き込む。
—————負けてらんねえ。
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