#06 いつの間にか好きになっていた。




 春彩には何度電話をかけても、電波の届かないところにいるか電源が入っていないらしい。ラインも既読がつかない。焦る一方。



 なぜ心が折れないのだろう。これだけ探しても見つからないのに、諦めようとしない。茉莉はいつもそうだ。小学生の頃、茉莉と翼と三人で遊んだ時、私が失くしたおもちゃの指輪を最後まで懸命に探してくれて、夜中に帰って怒られたことがある。でも、彼女はこう言った。



「その指輪って、お母さんが買ってくれた大切なものでしょ。お母さんの気持ち失くさずに済んでよかったね」



 優しい子なんだなって思った。物云々よりも、想いを大事にする子だった。だからこそ、彼女といがみ合いをしても、本気で喧嘩をすることはなかった。むしろ、本音を言えるからこそ、いがみ合えるのかもしれない。喧嘩をする前に茉莉の気持ちが理解できた。



 茉莉が最後に行こうとしていた場所は、臨海公園だった。なぜ、彼がそんなところに行こうとするのか、正直分からなかったけど、茉莉の表情を見れば瞬時に理解できた。



 潮風が刺さるように冷たくて、暗い公園内には人もまばらだった。完全に陽が落ちた公園の中を探すのは骨が折れる。でも、茉莉は諦めていない。私も絶対にいるって信じて、スマホのライトを頼りに周囲を探す。



「これ、手分けしたほうがいい?」

「いや、行くのは一か所だけ。そこにいなければ、ここにはいないと思う」



 やけに冷静だった。茉莉と春彩さまは、ここにどんな思い出を残したのだろう。そう考えると、胸が痛いほど締め付けられた。私が彼の隣に居てはいけない?


 茉莉の支援の条件の中にそんなものはなかった。おそらく、それをしたら、フェアじゃないと思ったに違いない。茉莉はそんな子。ただし、本人の前で心夜の話は伏せること。正直、そんな条件でいいの、と思ったけど、ボディブローのように効いていた。




 だって、私と心夜さまの出会いは………。



 ステージが終わって、バックヤードに戻って落ち込んでいた。ギターの弦が切れてしまい、肝心の高音が出せなかったのだ。夏のフェス初日からやらかしてしまったことに、酷く落ち込んでいた。それに、初めてのフェスで楽しみにしていただけに、インタビューで大見得を切ってしまった。故に、忸怩じくじたる思いを隠せなかった。



『紅音ちゃん、なかなか良かったよ』

『え。あなたは確か……』

『ブレディスの心夜でーす。って俺、ノリ軽っ』

『どこが良いのよ。完全に自分のミスだし』

『でも、盛り上がってたじゃん。紅音ちゃんって、失敗恐れて、次に進めないタイプ?』

『……そうかも』

『じゃあさ、次のステージで俺と翼が乱入してやる。みんな俺たちに気を取られている間に、最高のプレイ見せてよ』



 冗談かと思った。本番でリハにないことをするような人には見えなかったから。でも、本番中に事件は起こった。


 本当にステージに乱入して、華麗にダンスをキメてきた。あり得ないと思った。私の歌は、ダンスができるほどノリが良いわけでも、リズミカルなわけでもない。でも、心夜さまは、笑いながらアクロバティックなダンスを披露した。結果、私の知名度が飛躍的に上がったことは言うまでもない。



 彼の言葉に魅了された。彼のダンスに心を奪われた。彼のすべてを見たくなった。覗きたくなった。感じたくなった。そして、すべてを捧げたくなった。




 いつの間にか、好きになっていた。




 彼が記憶を失くしてしまったのなら、思い出すまで待つつもりだった。でも、彼は思い出す雰囲気がない。心夜という名前だけが彷徨さまよい、彼を置き去りにして世間を亡霊のように漂っている。茉莉は彼を守ると言っていた。その役目、私がにないたかった。でも、金銭事情からしても難しい。彼が名を変えて、容姿も気づかれないようにしていたとはいえ、彼に気づくことができなかった自分を叱咤しったしたい。



 嫌いになる、なんて言われただけで尻込みしてしまった自分を殴りたかった。




「なにぼーっとしてるの」

「あ、ごめん」



 茉莉についていくと砂浜に出た。潮騒しおさいが遠くに響き、薫りが海一色になる、その場所は、まるでプライベートビーチにも似ている。




 小高い丘に一人、座り込む彼の姿を発見したのは茉莉だった。丸めた背中に感じる弱々しさは、心夜からは遠く離れた存在のような気がする。駆け寄ろうとした瞬間、茉莉は私が反応するよりもずっと早く駆け出していた。




「は……春彩っ!!」

「……茉莉?」



 春彩さまの背中に抱き着いた茉莉は、泣きながら何度も彼の頭を撫でた。「ごめん、わたしが悪かったの」と言いながら、しまいには、押し倒した。




 ☆




 な、なんでこの場所が分かったんだろう。それに、茉莉は翼のことが好きなんだったら、俺なんかに抱き着いたりしないで、声を掛けてくれればいいだけだと思う。



「ちょっとっ! なんでわたしに何も言わずにいなくなっちゃうの!?」

「……だって、俺がいたら、茉莉は幸せになれないじゃん」

「ばかっ!! 、幸せになんかなれないのっ!」



 え。俺がいないと幸せになれない? つまり、俺に世話をしてくれる分、俺が茉莉と翼の世話をしなくてはいけない、恩返し地獄ってやつ? マジか。



「翼のことが好きなんでしょ。俺は……悔しくて」

「はぁ? 翼くんとダンスバトルをするって言ったのは誰?」

「……俺だけど」



 言い出したのは翼。乗り気なのは俺。



「翼くん、文化祭に来てくれるって言ってたじゃない。だから、その段取りをしてたの」

「え? じゃあ、なんで学校でしないの?」

「学校でしたら、大騒ぎになっちゃって、打ち合わせどころじゃないでしょ」



 それでさっきカフェで会っていたのか。そういえば、今日は文化祭の打ち合わせで出かけるって言っていたような気がする。ああ、確かに言っていた。つまり、俺の早とちり?



「春彩さま……私のせいで……ごめんなさい」

「紅音ちゃん、俺のほうこそ……ごめんっ!」



 紅音ちゃん、すごい震えてる。もう堪えてるのがやっとなくらい。マジでやばい。



「うううううう……」



「もう、あんなショウワルはほっといていいから。まったく」

「で、でも……紅音ちゃんも探してくれたんでしょ。ごめん。俺、迷惑かけた」

「気にしない気にしない。あのショウワルは、泣けばなんでも許されると思ってる究極のショウワルだから」



「うううぅぅぅ」



 いや、もう涙出てるし、可哀そうだよ。茉莉だって、少し泣いているじゃん。俺、自分がいない方がいいなんて思ってたけど、違ったのかな。分かんないや。



「うぅぅぅぅぅぅぅ……うわああああああん春彩さまぁぁぁぁぁぁぁぁ」



 茉莉が左側から抱き着いてきて、紅音ちゃんが右側から抱き着いてきた。もう、完全にロックされている感じ。参ったなぁ。どうすればいいんだろう。



「春彩、覚えてる?」

「え……? な、なにを?」

「女の子を泣かせるのは、重罪で」

「首切りの刑?」

「覚えているじゃんっ」



 泣いていたのに、ニコって笑ったよ? マジで怖い。いや、本気で怖い。



 しかも、紅音ちゃんまで抱き着いているから、逃げようがない。振りほどけない。あわわ。



 そっか。自分がいなくなったら、悲しんでくれる人っているんだ。逆の立場になったら、茉莉がいなくなっても、紅音ちゃんがいなくなっても、悲しいよね。





 俺も、俺のことも同じだったんだ。




 ☆




 電車の中二人とも眠っちゃった。疲れさせちゃってごめん。いっぱい探してくれた話は聞いたけど、よくこの場所が分かったよね。スマホを見たら、電池が切れてた。それで、もう一回怒られた。


 俺、すごく幸せ者なのかな。本気でいなくなろうと思っていたんだ。最近、切ないんだ。なんで切ないのか分からない。だけど、感情だけが高まって、いてもたってもいられなくなることがあるの。



「ん…あ、やば」

「茉莉おはよ」

「……今、どこ?」

「えっと……どこだろう」

「寝ちゃったなぁ。何時だろ」



 茉莉がスマホのスリープを解いた。画面に映る覆面の男。なにコイツ。顔をバンダナで覆っていて、これで小銃を持っていたらギャングみたい。映画で観たよ。俳優なのかな。何かの役にしか見えない。



「だれそれ。なんでそんな待受なの?」

「あ……いや」

「茉莉っぽくないよね?」

「……そう? この人ファンだったから」

「………………」

「ちょっとぉ。春彩に黙られるのが一番イヤ」

「人の好みはそれぞれだって、茉莉はいつも言うけど……あんまりだよ」



 紅音ちゃんが起きちゃった。話し声が大きかったかもしれない。



「う……ん………寝ちゃった。ん?」

「な、なに。紅音まで覗かないでよ」



 あれ、紅音って呼んだ? もしかして、二人で俺を探しているときに仲良くなったのかな。そうだと嬉しいな。



「……なんでその人を待ち受けに入れるの? 茉莉らしくないような?」



 今度は紅音ちゃんが茉莉を茉莉って呼んだ。やっぱり、好感度アップってやつ?



「なんでもいいの。この話終わり」

「………意味分かんないよ。茉莉ってたまに訳わからないよね」

「紅音に言われたくない。ギターを待ち受けにしてるようなオタクに言われたくないのよ」

「はぁ!? この流線美が分からないなんて、嘆かわしい」




 またいつもの喧嘩が始まった。この二人、やっぱり仲悪いのかな。

 







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 作者、蝕まれています(何

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