#07 ラブリリック
春夜先生と充希先生が特別に個人レッスンを行ってくれることになったんだ。日曜日なのに。お休みの日は、二人とも山に登っているんだって。だから、本当は山登りしたかったんじゃないのかな。それなのに、今日は俺のために、特別に上京してくれたのね。でも、なんで?
「なんでって、君が翼くんとダンスバトルするなんて言ったからでしょ。今回は、わたしが君のトレーナーになってあげるから、負けないでね」
み、充希先生がトレーナー……ってなんだっけ。トレーナーっておっぱい見せてくれたりするのかな。それは嬉しいな。
「あ、でも、春夜先生は?」
「翼くんを教える身として、僕は静観するよ。そのほうが……充希は燃えるし」
「春夜くんは、わたしの性格よく知っているから」
二人とも仲が良いんだろうなぁ。「負けないからっ」なんて充希先生言っているけど、すごく嬉しそう。俺と翼の戦いなのに、どっちが勝つか、なんてゲームしているみたい。
「あのぉ。あたしってお邪魔?」
沙月が俺の背後から顔を出した。充希先生は、「お、カワイコちゃんの妹かぁ〜」なんて言って、沙月のほっぺたを手のひらで揉んじゃったくらいにして。沙月まで狙われちゃったらどうしよう。人身売買組織……うぅ、怖い。
「高校一年生ねぇ。可愛い。ね、春夜くん?」
「た、確かに可愛いけど……最近の高校生怖いから」
春夜先生って、高校生を教えてるんだっけ。きっと、囲まれて大変な目にあっているのかな。怯えてるもん。この人モテるけど、それでひどい目にあってそう。
沙月のやつ、赤くなっちゃって。今日は茉莉がモンバケ祭の準備でどうしても来られないっていうから、沙月が代わりに俺を連れてきてくれた。いや、そろそろ一人で大丈夫なんて言っても、まったく信用がない。俺だって、ちゃんとした大人なのに。
「春彩にいにをお願いしますっ! これでも、以前は……ダンス上手だったんです。彼よりも。あ、でも、本当に得意なのは——」
「うん、分かってる。茉莉ちゃんから聞いた。沙月ちゃん、恋してるねぇ」
「そ、そ、そんなことないです。あ、あたしはただ、ねえねがどうしてもって言うから」
また俺の背中に隠れた。沙月は充希先生の本性を知っているに違いない。闇の組織で人身売買を行っているマフィア。きっと、夜は港で人を運んでいるに違いない。
充希先生が用意してくれた楽曲は、すこし激しめだったけど、アホな俺でも覚えやすい曲。それに、ダンスのフリも優しい。スッと頭に入る。あれ。な、なんだこの曲。なんだか、変な気持ちになってくる。
昼から夕方まで練習をすると、一通り踊れるようになった。だけど、これであの翼に勝てるとは思えないよ。それを充希先生に伝えた。
「ダンスって、上手く踊れる、踊れないよりも大切なことがあるの」
「…………?」
「音楽を楽しめるかどうか。楽しく踊れるかどうか。まずは楽しんでみて。音楽を愛して、感じてみて。それで身体を動かしてみる。ね?」
よく分からない。楽しむ?
帰りの電車の中でもずっと考えていた。音楽を楽しめって言われても。だけど、自然と譜面が頭に浮かんでくる。充希先生が用意した曲が頭の中でドレミファソラシドになって泳いでいる。なんだこれ。
「にいにが珍しく真面目な顔してる。怖い」
「え? ご、ごめん」
「ううん。怖いって顔が怖いんじゃなくて、あたしを見て真面目な顔をしている、このシチュが怖い」
「シチューが怖い? 毒入り?」
「それ、寒い。にいにがいくら年上って言っても、いっこ上じゃん。なのに、オヤジだよそれ」
「寒い日、オヤジがシチューを食う? 沙月の詩はカミガガカッテルよね」
「神がかってるところだけ、噛み噛みじゃん」
茉莉みたいに笑顔で俺に頷いてくれない。沙月は冷たい。冷めた目をしている。でも、きっと沙月ならおっぱい見せてくれるって信じてる。
「沙月、おっぱい見せてほしい」
「いいよ」
「え……ほ、ほんと?」
「ただし、300万円。それ未満はお断り」
「えっと……いいよ?」
「え……まじ? にいに、ここで否定しなかったら、本当に変態だよ?」
「だって、見たいし」
呆れた沙月に連れられて、ようやく帰宅したころには、茉莉がご飯を作って待っててくれた。カレーの匂いだ。おいしそう。
「ねえね、ただいまぁ〜〜〜〜っ」
「茉莉、ただいま」
「おかえり。どうだったダンスは?」
「うん。ダンス覚えたよ」
すごいじゃ〜〜〜んって言って、頭をイイコイイコしてくれた。やっぱり、笑顔の茉莉は好き。ほんわかする。
「ねえね、にいにが変態なんだよっ!?」
「……なにかされたの?」
「300万円でおっぱい見せてあげるって言ったら、払うって言うの」
「………あっそう」
ひぇ。すごい冷たい視線。それに、憐れみの目。いつもの茉莉よりもずっと怖い。
「300万円払ってまで、妹のおっぱいが見たいとか、手の施しようがないんだけど」
「…………ごめん」
「分かれば良しっ! ねえね、ご飯、ご飯っ!」
「うんっ! 食べようね。春彩。さっちゃん」
茉莉のカレーはすごく美味しい。沙月の笑顔も見れて嬉しいな。茉莉の笑顔も可愛いし。俺、今すごく幸せかも。これで紅音ちゃんの顔が見られたら最高なのに。
ふと点けたテレビに映る紅音ちゃん。すごい。信じる者は救われるって、誰かが言ってた。本当だね。
「ショウワルか……歌番組にピンポイントで映るなんて、縁起が悪い」
「ねえねは、紅音ちゃんのことあんなに好きなのに、どうして愚痴こぼすの?」
「……好きじゃないよ」
「だって、毎日のようにラインしてるじゃん」
「……キッ」
「ひええええん、にいに、ねえねが怖いよぉ」
「大丈夫。俺も怖い……」
紅音ちゃんの歌声がテレビから流れてくるんだけど、本当にキレイ。曲もすごく良いし。あれ、このメロディ……なんだろう。すごく懐かしい。
「この曲って、昔流行った?」
「え? なにか覚えているの?」
「いや、なんだか懐かしい気がして?」
「にいに、これ、紅音ちゃんの新曲だよ。来週発売だし、聴いたことないんじゃないかな」
でも、確かに懐かしい気がするんだ。音符が飛び跳ねて、音と音が結ばれていくみたい。
「これ、なんて曲?」
「えっと、確か、ラブミミックだっけ?」
「ねえねまで。にいにみたいなこと言って。ラブリリックだよ」
「茉莉、間違えてやんの」
「はいはい。どうせ春彩と似たもの同士ですよぉ〜〜〜でも許せないから」
「え……許せないから?」
「くすぐりの刑じゃあああ」
茉莉にうなじと脇の下をくすぐられると、もう耐えきれない。
「ひゃ、ひゃめて、もうひゃめ」
「幼馴染をバカにすると、くすぐりの刑なんだからっ!」
「ご、ごめんなさいっ」
「ねえねもにいにも小学生みたい……」
ラブリリックっていい曲だな。歌詞も好きな人のことを歌っているみたいだし。あ。翼のこと思い出しちゃった。
茉莉がカッコいいって言ったんだ。それに手にチューしちゃって!!!!!!
すごい不快。不愉快。拒絶したい。
茉莉と沙月が帰った後、お風呂に入りながら天井を眺めていたら歌いたくなった。さっき聴いたラブリリックを口ずさんでいたら、充希先生の言葉を思い出した。
————音楽を愛して、感じて、楽しんで。
あれ。俺、音楽がすごく好きだった? 突然、なにかを思い出した気がする。なにかを書いていた。そうだ、なにかを
お風呂を上がって着替える。すぐに自室の机の引き出しを開けた。そういえば記憶を失ってから、机なんて興味がなくて引き出しを開けたこともなかった。それに茉莉が勝手に片付けちゃって、ほとんどなにも入っていないんだよね。
どうでもいい本とかゲーム機とか、昔の教科書とかしか入っていない。でも、よく見ると、引き出しの奥にノートが落ちかけていて、挟まっているみたい。
手を伸ばして、なんとか取った。なんだ、ただのノートじゃん。
パラパラと開くと、びっしりと書かれた五線譜? それに歌詞?
BLAZE distance『in my soul』
五線譜を見ると、メロディが頭に浮かんでくる。え。なんで?
碧川紅音『
——————っ!?
確か、新曲って言ってた。来週発売の紅音ちゃんの新曲。でも、俺の机の引き出しから出てきたノート……どう見てもぼろぼろで古いノートなのに。な、なんで?
歌詞も一言一句……違いない。覚えている。覚えているよ。これ……。
俺が書いたんだった……。
——————
夜も更新します。
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