#04 密会




「す、少しだけでいいから、せめて消費税分だけでもッ!」

「お客様、値引きはできないんです」

「わ、分かった。だから、せめて、一円単位でもッ!」



 ちょ、ちょっと……紅音ちゃん必死に食い下がってるんだけど、店員さん割と引き気味だよ……。しかも、上目遣いなんてして、声色変えているし。



「だめなのぉ~? お願い」

「……個人的に出してあげたいけど」

「ちょ、ちょっと」



 店員さんがポーっとしちゃったよ。さすがに、店員さんが払ってくれるのはどうかと思うから、紅音ちゃんの腕を引いて止めた。いくらなんでも、お金にこだわりすぎな気がする。



「は、春彩さまがそういうなら」



 トンキホーテを出て装飾品を買いにいくことになったけど、お腹がすいちゃった。それもそのはずで、朝食を取っていないんだよね。紅音ちゃんも食べていないらしい。



「どこかで食べようよ」

「あ……いえ。春彩さまが食べたいのでしたら」



 時間が掛からなそうなハンバーガー屋さんに行くことに。買い方がイマイチ分からないんだけど、メニュー表を指さして店員さんが教えてくれるから、すんなりと買うことができた。みんな親切で嬉しいな。



「え? なんで紅音ちゃんなにも買わないの?」

「……お腹すいていないので」



 それは嘘だ。さっき朝ごはん食べていないって言っていたじゃん。ああ、そうだ、お金がないんだった。茉莉が教えてくれた。紅音ちゃんはシャキーンっていうやつで、首が回らないから、食べることもままならないって。意味わかんないけど、肩こりの一種? その病気になると、お金がなくなっちゃうみたい。可哀そう。



「紅音ちゃん、これ持ってて」

「————え?」



 紅音ちゃんにトレーを持っていてもらって、もう一度カウンターで俺と同じものを購入した。でも、お腹がすきすぎて足りなそうな気もしたから、ナゲットの山盛りとアイス、それにアップルパイっていうのも頼んでみた。トレー二つになっちゃった。



「ちょ、ちょっと、そんなに……?」

「うん。お腹すいてるんでしょ。二人なら、これくらい食べられるよ」

「……春彩さま、お金払いますからっ」

「ううん。大丈夫。紅音ちゃんって肩こりでお金がなくなっちゃったんでしょ。お金は心配しないで。俺、こう見えても、記憶喪失前にお金稼いでいたらしくて、このくらいは奢れるから」

「……うぅ」



 な、なんで泣き出すのーっ!? しかも、号泣ってやつ? 席に座る人たちが一斉にこっち見るし。ああ、そうか。俺が泣かせたから。女の子を泣かせるヤツはザンシュ刑でも足りないって茉莉が言っていた。あわわ。やばい。



「ご、ごめん。俺、紅音ちゃんを泣かせるようなことするつもりじゃ」

「ち、違うの。ごめんなさい。嬉しくて。少しだけ切なくて」

「え……?」

「ううん。なんでない」



 二階に上がって窓際の席に座ったんだけど、周りがやけにざわざわし始めたような? 気のせいかな。



 メガネを外して紅音ちゃん、涙を拭いているんだけどやっぱり可愛いなぁ。マスクを丁寧に折りたたんで袋の中に入れてじっとトレーの上の見てる。あれ、なんで食べないんだろう。



「食べないの?」

「ほ、ホントにいいんですか?」

「え。いいもなにも、紅音ちゃんの分じゃない」

「春彩さまのご厚意は一生忘れませんっ」



 なんだか大げさな気もするけど。ポテトを一口ぱくっと食べた紅音ちゃんの表情が、もうね、天使とかそういうレベルじゃないの。太陽、うん、真夏の太陽のようにまぶしいの。こういうところで食べるのが初めてだったらしく、すごい感動してるみたい。



「で、でもさ、ライブとか、収録とかで食べたりしないの?」

「……はい。基本的にお弁当ですし。その……お弁当はお母さんに食べて欲しくて」

「……え。っていうことは、紅音ちゃんは食べないで、そのまま————」

「い、いえ。おにぎり作って持って来ていますし、ご心配なさらずに」

「お米だけじゃダメだって茉莉が言ってたよ。ちゃんとバランスよく食べないと」



 フルーリーっていう柔らかいアイスのような食べ物をポテトにつけると美味しいって茉莉が言っていたような。試しにやってみると、なんとも言えない味。うん、なかなかイケる。



「ええぇぇ。ポテトをコレにつけるというのは、常套手段じょうとうしゅだんなのでしょうかっ!?」

「ジョウトウシュダン? よく分からないけど、美味しいかも?」



 恐る恐る紅音ちゃんも白くなったポテトをパクっと食べた。まるで、はじめて火を起こした原始人みたいな顔してる。教科書にそんな感じの絵が描いてあった。まさしく、文明開化を目の当たりにした人だよね。言葉の意味は分からないけど。



「春秋さまって、すごい物知りなんですね!」

「それってバカにしてる言葉だって茉莉が言ってた……」

「え。普段どれだけ皮肉言われているんです……あ、ちが。私は本当にそう思っていますよ。だって、こんな食べ方思いつきませんし」



 いや、茉莉の真似しただけなんだけど。



 ハンバーガー屋さんを出て、駅ビルの中のトーキョーハンドっていうお店に向かうみたい。ここでは小物を買う予定らしい。そのお店の向かいにあるトワーレコーズっていうCDが売っているお店の入り口で足を止めた紅音ちゃんが、ずっと何かを見ている。何が気になるんだろう。



 紅音ちゃんが見ている先を見ると、BLAZE distanceブレディスのコーナー。翼が真ん中に映っていて、囲むようにメンバーの写真。CDがたくさん飾ってある。そっか。紅音ちゃん、翼のこと……。初恋は心夜で今は翼。



「紅音ちゃんって、翼のこと好きなんだよね?」

「……え? 好きは好きだけど……多分、春彩さまが思っているような感情では……」

「やっぱり。俺、紅音ちゃんのライブで、翼が紅音ちゃんに抱き着いたのを見て、すごく悔しくて、切なくて」

「えっ!?」

「だから、あいつ絶対に許さない」

「……そんな風に思ってくれてたんですね」



 え。



 紅音ちゃんがそっと俺の手に触れた。マメが何度もできて硬くなった指先。ああ、ギター弾いているから。爪も短く切り揃えられているし、やっぱりミュージシャンなんだな。茉莉とは全然違う。少しだけ冷たい。寒かったのかな。



 手を握り返して、コートのポケットの中に押し込んだ。紅音ちゃん、驚いた顔しているけど、嬉しそうにはにかんでくれた。



「翼くんは好きだけど、恋愛感情の好きじゃないですよ。翼くんって実は私の幼馴染なんです。同じ幼稚園で遊んで、同じ小学校に通って。でも、中学校は別になっちゃったけど、たまに連絡くれたりして」

「え……」



 な、なんだって————。



 じゃあ、抱き着いてもセクハラにならないってこと? いや、違う。女の子幼馴染からだけが有効なはずだから、セクハラはセクハラだ。やっぱり、死刑確定だよね?



「それで、スケジュールが空いた時は、ライブに友情出演してくれて。ファンもそれを知っていて、翼くん来ないかなって楽しみにしてるみたい」

「へ、へえ。な、な、な、仲良さそうじゃん」

「仲は良いですよ。心夜さまだって、彼————」

「ん? 心夜?」

「な、なんでもないです」



 トワーレコードの店舗に入ると、紅音ちゃんの特集コーナーもあった。天使の歌声って書いてある。そのとおりだと思う。な、なんだって。



「しょ、初回盤……ふぉ、ふぉ、ふぉ」

「ふぉふぉふぉ?」

「フォトブック付いてくるって……」



 初回盤を三つ手にしてレジにダッシュした。背中の方から紅音ちゃんが「ま、待って。春彩さま~~~っ」って聞こえるけど、待てない。耐えきれない。ガマンできないっ!!



「ありがとございましたぁ~~~」



 やった! 三つ買えた!! 一つが保存用。もう一つが実用。もう一つが実用が汚れたときのために替え用。完璧だ。あ、待てよ。保存用が汚れたときの替えは?



「も、もう一つ買わなくちゃ……」

「えええぇぇぇっ!?」



「ありがとうございましたぁ~~~」



 完璧だ。四つ買えた。これで一つは紅音ちゃんにサインを貰おう。嬉しくて今晩は眠れないかも。紅音ちゃんの写真集嬉しいなぁ。



「あ、あの……そ、そんなに買ってくれて嬉しいですけど」

「紅音ちゃんが喜んでくれたら、俺もうれしいっ」

「初回盤9,800円もするのに、四つも……大丈夫なのでしょうか……」

「え。大丈夫だよ。お金はあるし」

「いえ。それは分かっているのですが。白詰さんに怒られたりしないのですか?」




 …………。




「あ、あははは。だ、大丈夫。うん、隠すからっ」

「顔が引きつられていますけど。図星ですね」

「だって、紅音ちゃんのヌギヌギ写真集ついているんだから、買わないわけには——」

「え……全然脱いでいませんけど?」

「ひぇっ!? 写真集はヌギヌギしているのが当たり前だって、みつるが……」

「……あとで皮剥いでやるから……あの男」



 あ、学校での紅音ちゃんの顔に戻った。怖い。



「そのCDですけど、ほとんどの曲をラファエルさんが作ってくれたんです」

「誰それ?」

「私もよく分からないんですけど、色々な人に楽曲提供してて。メールでしかやりとりしたことないです。でも、彼の作った曲は全て大当たりなんですよ。界隈では有名人みたいですけど」

「へぇ」



 トーキョーハンドで小物を買って、リョウシュウショ? とか言うのを貰った紅音ちゃんは、「今日の買い物は終わりです」って。あとは、ネットで買うみたい。



 でも、心夜に負けたくないから、紅音ちゃんを楽しませるのはここからだと俺は思っている。でも、デートなんて茉莉としかしたことないから、何をすればいいのか分からない。



 なんて考えながら、紅音ちゃんがスマホを確認した。



「あ、ごめんなさい。事務所からの連絡」

「うん」



 ちらっと見えたのは————え。



 ラインの画面で、相手がWIなんとかとブロック————じゃない! ブラック? あれ、どこかで見たような。最近なんだよなぁ。どこで見たんだっけ。



「大丈夫。行きましょう」

「う、うん」



 すごいモヤモヤする。思い出せない。別に見たくて見たわけじゃないけど、見えちゃったからには気になるから、本人に訊いてみよう……いや、だめだ。盗み見したと思われる。嫌われたくない。しかも、紅音ちゃんが事務所からって言っているのに、疑うようなことはできないよ。でも……。



「あ、紅音ちゃん、スマホ持っていたんだ?」

「あ、うん。事務所が持たせてくれて。連絡つかないと困るって」

「そ、そうだよね……」

「……はっ! は、春彩さま。もしよければ……わたしと」

「う、うん」

「ライン交換してくださいっ!」

「え……いいのっ!?」

「もちろんですっ」

「う、嬉しいなぁ。紅音ちゃんありがとう」


『…………心…さま…がい…の間に……スマホ交…しちゃ…から』



 なんだか、紅音ちゃんがぼそぼそって言ったけど、よく聞こえなかった。



 奇跡だ……こんなことがあるなんて。




 駅ビルのカフェの前で紅音ちゃんが立ち止まったから、「どうしたの?」って訊いたら、黙ってカフェの中を不思議そうに覗き込むんだよね。なんだろう。





 ————ッッッ!?





 な、んで、茉莉がッ!!



「春彩さま……」



 なんで、あいつと茉莉がッ!!



「顔色悪いですよ? 大丈夫ですか?」





 ————なんで茉莉と翼が一緒にいるんだよッ!?








———————

NTRはありません。ご安心を。

ヒロインの行動の回答は幕間です。

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