#03 歌姫の初恋の人




 

 ブンカ祭のクラス出し物は、オバケ喫茶で満場一致したんだけど、紅音ちゃんの話だと課題がヤマヅミなんだって。まずはクラス全員分の衣装を用意する予算がないこと。それに、交代制にするとして、衣装のサイズを合わせるのにうまく体格の合った人をグループ化する必要があるから、スケジュール合わせが困難だって。うん、全然意味が分からない。



 そんなことを考えながら、リビングでお茶を啜っていると、ピンポーンってインターフォンが鳴った。さすが紅音ちゃんだ。時間ぴったり。



「は、春彩さま……お、お待たせしました」

「全然待ってないよ。行こうかっ」



 紅音ちゃんの私服……すごくお洒落だった。ヴィンテージものっていうんでしょ。ボロボロのデニム生地のジャケットに、柄もののロングスカート。古着好きなんだね。うん、何着ても似合うなぁ。すごく可愛い。



「すごくお洒落だねっ!」

「えっ……? 恥ずかしいです……ごめんなさい」



 しゅん……としちゃった。悪いこと言ったかな。でも、本当に着こなしていてカッコ可愛いんだもん。



 今日は、ブンカ祭の衣装とか飾りの買い出しに行く約束をしていたんだけど、紅音ちゃんは、なぜかキョウシュクしてるんだよね。本当は一人で行きたいのかな。なんだか、何かを隠しているみたい。気のせいか。



「そういえば、白詰さんいなくても朝ごはん大丈夫でしたか?」

「ああ。食べていないよ。それにしても、茉莉もブンカ祭の準備に追われているんだって。こんなことなら、実行委員なんて頼まれてもやるんじゃなかったって後悔してた」

「……なるほど」



 買い出しとはいえ、紅音ちゃんと出かけられるなんて夢みたい。はじめは、紅音ちゃんのような人がこんな商店街を歩いていることすら、違和感あったもん。一応、バレないように変装のためなのか、眼鏡をかけてマスクしてるけど。



「あ、もしかして。紅音ちゃんって、バレないためにそんなボロボロの服着てるの?」

「……そ、そういうわけじゃ」



 服はボロボロだけど、ネックレスの先についているキラキラとした石が気になるなぁ。すごくキレイ。



「綺麗な石だね。紅音ちゃんにすごく似合ってる」

「あ、ありがとうございます。これ、思い出の……。初恋の人に誕生日に貰ったんです」

「は、初恋……。そ、そうなんだ」

「うん。その人は近くにいるんだけど、いなくなっちゃった。でも、きっといつか……」



 訊かなきゃ良かった……少しえぐられた。いや、だいぶダメージを負った。初恋の人にもらって、今でも好きみたいな言い方だもん。でも、近くにいるのにいなくなっちゃったって意味が分かんない。え。もしかして。



「ホラー映画で観たよ……実在するんだ……」

「えっ!?」

「透明人間……こっちは見えないのに、向こうは見えていて、襲ってくるの」

「……春彩さま? 意味が?」

「だって、近くにいるのに、いなくなっちゃったんでしょ。気配を感じ取れない人なんでしょ。怖すぎるよ」

「……そうですね。ふふ。気配は感じ取れるんですけど、逆ですよ」

「え。ぎゃ、逆って?」

「気配を感じ取ってくれない人です。きっと、色々と失ったものが多すぎて、見えなくなっちゃったんでしょうね。逆透明人間ってところでしょうか」

「い、意味が分からなすぎて、脳が分解しそう」

「ふふ。気にしないでください。春彩さまが私を好きでいてくださるなら、わたしは透明にはなりませんし、いつまでも待っていますから」

「待ってる? なにを?」

「記憶が戻ることをです」



 電車に乗って、やってきたのは、ディスカウントストア『トンキホーテ』。初めて来た。いや、商品積み重ねすぎでしょ。何屋さんなのここ。でも、ここなら、確かに何でも売ってそう。さすが紅音ちゃんは、物知りだなぁ。こんなお店知っているなんて。



「とりあえず、ハロウィンっぽいものはすべて購入で。ただ、値段はよく見て買いましょう」

「うん。俺、全然分かんないから、荷物持ちに徹するよ。センスもないし」

「センスですか……春彩さまのセンスは……いえ、そうですか。じゃあ、私が適当に見繕みつくろいますね」



 このトンキホーテというお店、恐ろしいことにコスプレ専門のコーナーがある。しかも、ハロウィン特集なんてしちゃっているから、小物まで選びたい放題。な、なんだか、胸の中が騒がしい。



「これなんて、いかがです?」

「う、うん……いいと思う」

「? どうしたんです?」

「い、いや」



 胸の中がざわざわする。うん、原因は分かっている。そっと、となりの棚のパッケージされた衣装を手に取って、カゴに……。



「ひぇ!? は、春彩さま……これは、オバケとあまり関係ないのでは?」

「……い、いや。紅音ちゃんはコレがいんじゃないかなって」

「……スケスケのセーラー服なんてオバケ聞いたことありませんが?」

「スケスケのセーラー服のまま死んだ女子高生が化けて出たっていう伝説が……」

「————却下です」



 無慈悲に元の棚に戻されてしまった。ひどい。紅音ちゃん絶対に似合うはずなのに。仕方ないから、そのとなりの衣装を……。



「春彩さま? スクール水着のオバケもいませんからね? それと、その棚の商品は見るのも禁止ですよ?」

「え……なんで?」

「パッケージのモデルの子を見て、へんな気を起こされても困りますので」



 ひどい。茉莉みたいだ。紅音ちゃんまで俺のことを信用していない。俺は、ブンカ祭のために必死で考えているのに。女子たちがこれを着れば、お客さんいっぱい来るのに。



「じゃあ、これは?」

「……ちょっとスカート短いような気もしますが。選択肢が多くないことも確かですし……でも、誰が着るかで揉めそうですね」



 オレンジのかぼちゃみたいな衣装だけど、ミニスカートで膝上までソックスを穿いているの。可愛い。これを紅音ちゃんが着たら絶対に似合うよ。足がすらっとしているし。



「あと、これも」

「……同じような衣装ですね」



 小悪魔的なミニスカ衣装。うん、これは茉莉が似合いそうだ。胸が強調されていて、ベストマッチング。



「……仕方ない。あとは、普通の衣装を買って、血糊を付けるとかですね」

「……ねえ、紅音ちゃん。今、後ろのお客さんが言っていたんだけど」

「はい」

「ネットで買った方が良くない? って」

「ギクッ」

「ネットって、あのネットだよね。ネットで買うって意味わかんないよね」

「あ、いえ、その、現物を見ないと分からないしあれこれ必要なものを実際に手に取って考えるのも必要ですし現地で思いつくことだってあるでしょうしネットは詐欺とか横行していますし……」



 な、なんでいきなり早口。ていうか、ネットって……洗濯ネットで買い物できるの? どういうこと?



「これって、デートってやつだよね。この前、茉莉に教えてもらったんだけど」

「あ、あはは。春彩さまとデートしたかったなんて一言も言っていませよ。ほ、ほら、ネットで買い物するよりも、あれこれ思慮しりょを重ねて文化祭を成功させるためには、商品は現物を見てシミュレーションをすることがいかに大事かって、心夜さまも言っておりましたし」

「む。心夜……。心夜だったんだ」



 閃いちゃったよ。そうか。紅音ちゃんの初恋の人……心夜。



「俺——心夜に負けたくない。翼に負けて、心夜に負けて。悔しいよ。俺が不甲斐ないばっかりに」

「春彩さま……?」

「もし、これがデートなら、心夜に負けないくらいに紅音ちゃんを楽しませてあげたい。初恋の人なんでしょ。いなくなっちゃったって言っていたし。心夜のこと好きだったのは知っているし。なんで今まで忘れていたんだろ」




 ————俺、心夜に勝ちたい。だから、紅音ちゃんの思い出に残るようなデートにしたい。







————————

夜も更新します。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る