#14 茉莉の真実?
暗くなった帰り道。気分不快。不快なんて言葉で表すのも不愉快。翼とかっていう男は、俺の好きな紅音ちゃんに触れるばかりか、抱きしめたりして、本当に許せない。
「そんなに怒らなくてもいいじゃん。こっち向いて」
「怒ってないよ。ただ、気分が悪いだけ」
「顔見れば分かるよ。春彩怒っているじゃん」
「……茉莉は、俺の何が分かるんだよっ」
俺の顔を見て何が分かるんだよ。ああ、確かに怒ってるよ。でも、そんなに怒らなくてもいいことなんかじゃない。翼のヤツ、紅音ちゃんの幼馴染じゃないのに、抱きしめたんだ。ぎゅーってしたんだ。許せない。
駅のホームには、ライブ帰りの人がまだ多くいて窮屈だった。そんな混乱に乗じてさ、茉莉がくっついてくるんだよね。トッケン乱用はいつものことだけど、顔が泣きそうなの。あれ、別に茉莉に怒っているわけじゃないんだけど。
「ねえ、春彩は記憶失くしちゃった直前のこと覚えていないんだよね?」
「うん」
なんで、そんな当たり前のこと
「無理に思い出さなくてもいいんだけど、やっぱり、悔しい。悔しすぎる。碧川さんに、春彩を取られたくないの」
「………え?」
茉莉は俺の両肩を掴んで、真剣な表情で俺を見つめるんだけど、すこし瞳が揺れている気がする。茉莉は嘘を………いや、表情は本気だ。今日の茉莉は本気だ。緊張でもしてるのかな。周りの人なんて目に入っていないみたい。
「春彩が事故に遭う前にね、わたしと約束したの」
「うん。それはなんとなく聞いた」
「本当は、言いたくないんだけど。でも、ごめん。言わせて」
茉莉の瞳がゆらゆらと陽炎みたいに揺れる。あれ、スラスラ言葉が出てくるけど、カゲロウってなんだっけ。昆虫? ウスバカゲロウ?
「わたしは春彩に告白をしたの。春彩はね、『あることをやり遂げたら、付き合う』って約束をしてくれて……」
「……茉莉」
「うん?」
呼吸を整えた。なんとなく、茉莉との間になにかあったんじゃないかなって思ってた。記憶はなくても感情は残っていたから。でも、残された感情は、茉莉に対する大切な想いはもちろんだけど、それ以上に、切ないような悲しいような、なんとも言えない感情。それの正体は分からないけど、俺はなにをやり遂げるつもりだったんだろう。
それが茉莉に対しての感情の正体だったりするのかな。
「なんで今まで黙っていたの……俺、茉莉を……」
「だって、思い出すのかなって。でも、このままだと思い出さないまま終わっちゃいそうで…」
俯いた茉莉は、泣いているのかな。全然動かなくなっちゃった。あれ、少し震えてる? やっぱり泣いてるじゃん。
「じゃあ、俺……茉莉と………つ——」
「だ……めだ………よ。わたしは、春彩に同情されて……付き合ってもらうような真似したくない」
「だ、だって……俺、記憶が戻らなかったら……」
「それでもいい。だから、記憶が戻らないことを前提に、わたしを……わたしをね」
「……うん」
「…………」
そこまで言いかけて、茉莉はブンブンって頭を振った。ハンドタオルで口元を押さえて、目を拭いて、俯いたままじっとしてる。電車が来ちゃった。
「————になって」
電車の音で、茉莉の声が聞き取れなかった。人が一斉に動き出しちゃったから、俺と茉莉も仕方なく電車に乗って、「今なんて?」って言ったら、茉莉は教えてくれなかった。
「ごめん。今の話忘れて。記憶喪失のままでもいいよ。春彩が例えアホになったままでも、わたしはずっとそばにいるから」
「……ごめん。俺、茉莉に感謝してもしきれないよ」
「もっと感謝しなさいっ!」
泣き顔で笑う茉莉って、すごく可愛くて。いや、それはいつものことなんだけど、なんだろう。大切な存在だったんだなって思う。記憶を失う前の話を聞いたら、茉莉のことがすごく気になる存在になっちゃった。どうしよう。紅音ちゃんも……。
「あ、ごめん。ライン」
「うん」
立ったまま、扉に寄りかかってラインをするんだけど、その相手の名前がチラッと見えた。
え………外国人? 名前英語だし。ウィンってなんてなんだっけ。あと、ブラック?
「だ、誰とラインしてるの?」
「え、ああ。うんと、友達」
「そうなんだ」
茉莉って友達多いから、外国人の友達いても不思議じゃないよね。
「ごめん。ライン終わったよ。春彩は怒っていたんだよね?」
「あ、そうだった。思い出しただけでイライラする」
「うん。でも、碧川さんが好きだから翼くんのことを怒るんでしょ。じゃあ、わたしはどうなっちゃうの?」
えっと、紅音ちゃんが好きな俺が翼をキライ。だけど、茉莉は俺のことが好きで、俺も記憶喪失にならなければ、茉莉のことが? 感情に従えば茉莉は大切な存在。つまり、俺は紅音ちゃんを好きになったのは、記憶喪失があったから?
だめだ。全然分からない。頭がこんがらがる。茉莉にどう接すれば良いのか分からない。どうなっちゃうんだろう。
「はぁ………いいよ。深く考えてまた倒れられても困るし。当面、このままの関係でいいよ」
「うん……でも、茉莉のこと大事にする」
「うんっ! その言葉が聞けただけで大満足っ! やっぱり春彩のこと大好きっ」
笑顔でそんなこと言われると……胸の中でモヤモヤが広がっちゃう。なんでだろう。とにかく胸が苦しい。
電車が揺れるたびに、茉莉の距離が近くなって、柑橘系の甘い薫りで鼻の中が満たされる。匂いって、脳が麻痺するよね。もうどうでも良くなっちゃう。茉莉が好き。茉莉が好き。茉莉のことが好きって、脳が溶け出しているみたい。アイスが溶けちゃうみたいに。
でも、紅音ちゃんへの気持ちが茉莉とは別のもののような気がするんだよね。しかも、深く根付いているみたい。記憶喪失の前に植え付けられていたみたいに。
————なんだよ、これ。
————————
夜も更新します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます