#15 黒芽翼とシンヤ




 一夜明けて、日曜日もずっとイライラしていて、さらに月曜日になったのにぷんぷん丸春彩が引っ込む気配はない。一昨日のライブはすごく感動したのに、ブレディスの翼とかいうヤツのせいで、すごく不快だ。僕の紅音ちゃんに触った挙げ句、抱きしめるなんて。本当に許せないッ!



「ねえ、まだ怒ってるの?」



 隣を歩く茉莉を見るたびに思い出しちゃう。茉莉だって、好きって言ってたじゃん。どこがいいんだよ、あんなヤツ。



「怒っていないッ! 俺は翼が憎いだけッ! 紅音ちゃんをぎゅっとしたのは許せないッ! 茉莉だって、って」

「ん……? わたし、翼くんのこと好きなんて言った?」

「とにかく、俺、あいつに負けたくないッ!」



 いつものコンビニの前で、紅音ちゃんが立っている。こっちをチラチラ見ていたけど、俺と茉莉に気づいたら、もう顔をぱーっと明るくして寄ってくるの。俺の怒りもどこかに行っちゃった。天使かな。ラブソングを歌う天使かな。



「おはようございます。春彩さま。一昨日は、ライブにお越しいただいてありがとうございました。ど、どうでした?」

「……ショウワル……朝からもう気分悪いっ!」



 紅音ちゃんの顔を見ただけでしかめっ面の茉莉。悪魔かな。機嫌が悪い悪魔。懐く小動物系の癒やしのような笑顔だったのに、急に悪魔のような目つきになった。茉莉……怖い。



「すごく良かったけど……俺も不快だよ……もう顔も見たくない」

「え……」

「ほら、もう碧川さんの顔なんて見たくないって。気が合うねっ! やっぱり春彩とわたしの相性最高」



 翼の顔を見たくない。紅音ちゃんのおっぱい触ったんだ。胸と胸があたって、きっとおっぱい触ったんだ。許せない。俺も紅音ちゃんとぎゅっとしたい。あ、でも紅音ちゃんおっぱい小さいから、感触を味わうのは難しいのかな。



「紅音ちゃんのおっぱいって、ぎゅってしたら、柔らかいの?」

「え……春彩さま……私のこと嫌いなのに、そ、そんな卑猥な……」

「え? な、なんで嫌いって思ったの。俺、紅音ちゃんのこと好きだよ。ただ、おっぱいが小さいのは……」

「おっぱい小さい子は嫌いなんだって。うぷぷ。残念でした」

「————え。ちょっと意味が。春彩さまははっきりと、私を好きって言っているじゃない。あなたの顔が見たくないんじゃなくて?」



 いがみ合っている二人は置いていこう。それよりも、どうやって翼に勝つか、だ。どうやったら勝てる? 



 校門に着くと、昇降口付近に人だかりができていた。特に女子がキャーキャー言ってるの。いったい何事。後ろから駆けてきた茉莉と紅音ちゃんが、俺の隣にそれぞれ立つんだけど、唖然としてる。人だかりの中心にいる人は……はぁッ!?



「な、なんであいつここにいるんだよ」

「翼くん……?」



 紅音ちゃん……やっぱりアイツのこと好きなのかな。ゆっくりと近づいていくの。茉莉がその様子をじっと見ていて、翼もこっちに気づいたみたい。やっぱり、紅音ちゃんに会いに来たのかな。絶対に許せないッ!



「やあ、。その……昨日、紅音に会って、ここにいるって聞いたから」



 え。誰のこと言ってるの? 紅音ちゃんに訊いた? なんで? 紅音ちゃんが、俺のことを翼に言う理由って……。まさか。『変なヤツに付き纏われて困ってるの。翼くん、なんとかして。ね、アイシテルから』なんて、話をしたに違いない。



「俺はお前なんかに用はない」

「は……。お前な。僕は、お前が行方不明になって心配して——」

「なに言ってるの。俺はお前なんて知らないし、お前のこと大っキライなんだけど」

「………紅音、こいつどうした?」

「記憶喪失なの……」



 俺を差し置いて、そんなに仲良く話すなんて。紅音ちゃんはやっぱり……。



「ちょっとッ! 碧川さん。どういうつもり? 翼くんを連れてきて、春彩に会わせるなんて。信じられない。春彩は、ひっそりと生きないと、大変なことになるってこの前話したじゃん。意味分かんないよ」

「……違うの。それは春彩さまの側面しか見えてないからでしょ。翼は、ずっとしん——を探していたの。親友だったんでしょ。それを知っていたら——」



 俺が、翼と親友? こんなヤツと親友なわけあるか。初めて会ったのに。俺よりかっこよくて、モテて、なにより……紅音ちゃんだけじゃなく、茉莉まで……許せないッ!



「わたしは………例え翼く——他の誰がどうであろうと知らないし、知りたくない。春彩が無事に平穏に過ごせるなら……ごめん。身勝手だけど、翼くんには悪いと思うけど、を……吊るし上げないでッ! お願い……お願いだから。もし、世間が気づいたら……」



 なんでみんな茉莉に注目してるの。キャーキャー言っていた女子や黙ってみていた男子まで俺と茉莉に注目してる……なんで?



「白詰さんは、春彩さまを見くびっていない? だって、春彩さまは記憶喪失なのに、あんなに立派なお弁当を作ってきたんでしょ。喜んでいたじゃない。春彩さまはやればできる人なんだって。なのに、何も行動しないまま、ここで芽を摘み取ってしまうの?」

「あなたに……あなたに何が分かるのッ!? 春彩が入院していたときのわたしの気持ちが分かるッ!? 記憶を失った彼を、わたしがどんな気持ちで受け入れたのか分かるのッ!? 彼を……春彩を……」



 

 ————世間の目から守るのがどんなに大変なことか……分かるのッ!?




 茉莉……紅音ちゃん……俺の何を知っているの。俺を守る?



「茉莉ちゃん。久しぶり」

「………えっ」



 な、なにしてんだこいつッ!



 茉莉の手にちゅーをしやがった。膝ついて、映画の中の貴族がするみたいなやつ。幼馴染の俺でも茉莉にキスできないのに。ゆ、許せない。この男だけは絶対に許せない。



「ちょ、ちょっと。そういう態度をするから、春彩が……」

「……ん? はるや? ああ、記憶喪失だったよね。ごめん。忘れてたーあはは」

「翼くん、なに考えてるの? 茉——白詰さんにそんなことしたらどうなるか……」



 ごめん、紅音ちゃん。俺も全然理解できないよ。むしろ、このハラグロ王子を殴りたい。殴っていいかな。



「………おい、俺はお前を殴りたい。茉莉に触るな。触って良いのは、茉莉が泣いたときの幼馴染だけだ。俺しか触っちゃいけないのに、お前は触った。つまり、お前は重罪人で死刑だ」

「なんだ、殴れよ。根性なし。てめえはヘタレなんだよ。ほら、早く殴れ。僕は……」



 俺が翼の胸ぐらを掴みかかると、茉莉と紅音ちゃんが間に入って邪魔してくる。なんで、殴っちゃいけないんだッ! 重罪人だろ。こいつは死刑囚なんだろッ!



「待って。お願い、春彩。ね、落ち着いて。暴力はダメ」

「そうですよ。春彩さまらしくないです。優しい春彩さまに戻ってください」



 翼はいったい何をしにここに来たんだ。俺は、茉莉に触れるやつが許せないだけ。紅音ちゃんの気持ちが翼に向いていても仕方ないと思う。紅音ちゃんが翼を好きだと言うなら、俺は黙って泣く。でも……茉莉に——。



「茉莉に触ったことは許せないッ!!」

「春彩……わたしはいいからっ! お願い」



 茉莉が正面から抱きしめてきた。柑橘系の薫りに、急激に怒りがどこかに行っちゃった。俺、茉莉に迷惑掛けてる?



「ごめん。茉莉。俺、茉莉に触れてほしくなくて。心の中がザワザワして」

「わかった。わかったから。わたしのために怒ってくれたんだよね。ありがとう。わたしは大丈夫だから。ね、お願い」



 キッ! っと正面の翼を睨むと、あいつ一瞬笑ったの。本当に腹が立つ。俺のことをバカにしてるし、頭悪いと思ってる。図星だから反論できない。だから、すごい苛立つ。



「ヘタレをここで社会的に抹消するのは簡単だけど。もっと徹底的に恥をかかせてやるよ。勝負しようぜ」

「勝負だとッ!? 望むところだッ」

「うん。フェアにダンスバトルで勝負しよう。この学校の文化祭に来てあげるから。場を設けてほしい。もちろん、無償で来てやる。その代わり、も逃げるなよ」

「………誰だって? まあ、いい。分かった。俺、絶対にお前なんかに負けないから」

「ちょ、ちょっと。春彩ッ!!」



 遠目に見ていた女子たちがクスクス笑っているの。男子たちは大爆笑。インターナショナルキャラで肝っ玉が据わっている俺が勝てるわけがない、なんて。



「……翼くん……ど、どういうつもり?」

「そういうわけだから、紅音も協力しろよ。ダンスバトルの段取りよろしく」




 かっこつけやがって。翼は俺を見て鼻で笑って校門から出ていった。腹の虫が収まらない。




 俺は絶対に勝つ。ダンスを必死に練習して、絶対に勝つ。










————————

第二幕につづく。違和感は伏線です。

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