#12 ぶち上げバイブスぬくぬくキラりんTOUR @紅音



 今日も、ソフトなんたら部の元部室に茉莉と紅音ちゃんを連れてきた。茉莉と紅音ちゃんって、本当に仲が悪いの?


 ここまであからさまに言い合うのって逆に怪しい気がする……って最近思い始めているのね。


 右腕を紅音ちゃん、左腕を茉莉が掴んで、俺を壁にしていがみ合うのはやめて。いい加減にしてほしいよね。



「二人とも、なんで仲良くできないの?」

「だって、春彩さま、聞いてくださいます?」

「春彩がアホだからって、そうやってこび売ってッ!」



 お腹空いているのに、いつまでも食べられないよ。こうしている間にも、お昼休みが終わっちゃう。なんとかしないと。二人がそう来るなら、俺も試しにやってみようかな。



「二人とも、もういい加減にして。明日から、俺一人で食べるッ。茉莉、お弁当もういいよ。大変でしょ。コンビニで買って食べるから。俺が悪いんでしょ。もう、二人とも勝手にすればいいじゃん」

「ま、待って、ね、ね。お願い。お弁当ちゃんと作るから。ね、碧川さん。仲良くしましょう………?」

「え、ええ。春彩さまがそう言うなら、仕方ないから……白詰さんと……その、な、仲良くしてもいいかしら」



 なんで二人とも焦ってるんだろ。とにかく、喧嘩が収まってよかった。茉莉は約束通り、自分と俺のお弁当のほかに、もう一つ作ってきてくれた。なんだかんだで、ちゃんと紅音ちゃんの分まで作ってきてくれたんだね。そういうところ、好きだなぁ。



「……ありがと。毒が仕込まれていたとしても嬉しいわ」

「人聞きの悪いこと言わないで。毒もワサビも仕込んでないから。感謝するなら、春彩にして。春彩のために作っただけだから」

「春彩さま……なんてお優しい。うぅ……」



 あ、紅音ちゃんに抱きつかれるのは……嬉しいけど。う、嘘泣きだよね。頭の悪い俺でも分かる。たまに俺の顔をチラ見するし。



 やっぱり、二人の仲の悪さって嘘っぽいんだよね。



 紅音ちゃんが本気で涙を流したのは、お弁当を食べた時だった。


 茉莉の料理って、本当においしいのね。味にダチョウしないというか、さじ加減? が上手というか。茉莉は、俺の好みを完全に把握しているって言っていた。だからかもしれないけど、茉莉の料理を超える味に出会ったことがない。



「………悔しい。悔しいけど、本当に美味しい」

「碧川さんって、こんなので泣くなんて、今まで何食べて生活してたの……」

「………白米」

「そうじゃなくて、おかずのほう」

「え……おかずって、エロ動画とかでしょ。女子もそういうこと言うんだね」



 二人にすごい白い目で見られた。だって、おかずってそういうものだって満が言ってたのに。



「海苔とか。あと……う。記憶がない」



 え。紅音ちゃんも記憶喪失だったの。知らなかった。ごはんのおかずをピンポイントで忘れちゃうなんて、可哀想。美味しかった記憶がないとか、味気ないじゃん。



「はいはい。つまり、白米と海苔の記憶しかないってことね。でも、こんなこと言うと、いやらしい話になるけど、碧川さんってお金十分稼いでいるんじゃないの?」

「………ごめん。あまり話したくないの」



 箸を止めて俯いちゃった。確かに茉莉の言うとおりで、あれだけテレビに出ているし。それに、ニューチューブの再生回数を見る限り、お金がないなんて信じられない。でも、紅音ちゃんが言いたくないなら、そっとしておいてあげよう。



「………ま、仕方ないから、お昼くらいは作ってあげる。でも、これは貸しだからねっ! 春彩とわたしにひれ伏して」

「白詰さんって、性格が良いようで悪いのか、性格が悪いようで良いのか、分からない人ね」



 常に茉莉を見ているから分かるけど、紅音ちゃんの前だけは别人のようになるみたい。他の子の前では、いつも笑っていて、元気で、素直なのに。やっぱり、紅音ちゃんのこと本当に嫌いなのかなぁ。なら、お弁当なんて作ってこないよね。よく分からないなぁ。



「なんとでも言って。ショウワルに言われてもなんとも思わないし」

「………ハラグロ。前言撤回。性格が良いようで悪いとかそういうレベルじゃないわ。化けの皮を被ったハイエナ」

「ハイエナ……なら、碧川さんは、意地汚い蛇じゃない」

「ぐぬぬ」

「春彩にしてみれば、荷が重すぎだと思う」

「こっちのセリフよ」



 え……二人して何の話をしているの。動物園? いいな。二人して動物園でも行ったのかなぁ。会話に置いていかれるのは寂しい。仲間に入れてほしい。



「俺も動物園行きたかったッ! ひどいッ! 二人だけで動物園行くなんてッ! ハイエナも蛇も見たかったッ!」

「………動物園?」

「動物園……ね」



 な、なんで二人して俺を見て溜息つくの……。俺、また空気を読めなかった?



「あ、そうだ。お弁当のお礼になるか分からないんだけど、もし良かったら聴きに来て」


 

 紅音ちゃんが俺と茉莉に封筒を差し出した。真っ白な封筒。なんだろう。えっ! 商店街かなにかの福引券だ。これは……良いもの貰った!!



「あ、紅音ちゃん……これ……ガラガラ回せるやつだよねっ! 一等は温泉旅行とかだよねっ!?」

「……あのね。春彩。これはそういう安っぽいものじゃなくて」

「え………温泉旅行が安っぽいって茉莉は言いたいの? せっかくみんなで温泉イケルと思ったのに?」

「………はぁ。春彩さま、よく読んで」



 紅音ちゃんがすごく悲しそうな顔で、俺の両手で摘む福引券を指差すの。それにしても、紅音ちゃんの見る目が変わったよね。今までのようなゴミを見る目じゃないもの。まるで、怪我をしたリスを両手で包み込むようなあわれみの目。どっちにしても、俺って、あわれな存在なのかな。



 どれどれ。『ぶち上げバイブスぬくぬくキラりんTOUR 武道館』なにこれ。



「ぬくぬくキラりん温泉じゃん。温泉チケットでしょ。武道館って旅館かー。楽しみ」

「えっと……コンサート名はダサいけけど、碧川さんのライブチケットだよ」

「へぇ……紅音ちゃんの生ぬくぬくライブチケットかぁ。やるぅ」

「ちょ、ちょっと。なんだか聞き捨てならないライブ名になっているけど、いやらしいライブ配信とかじゃないからね?」

「え。画面の前で脱いでくれるやつじゃないの……紅音ちゃんの裸、楽しみにしてたんだけど」



 みるみるうちに、紅音ちゃんの顔が赤くなった。やっぱり脱ぐんだよね。そんなに恥ずかしがっちゃって。



「お弁当の代わりって……碧川さん、これ、買ったら高いでしょ?」

「定価で、9,500円よ」

「9,500円って……10,000円でお釣り5,000円か。まあまあ高いじゃん」



 また冷たい目で見てくる。二人とも、少しは温かい目で見てよ。酷いよ。



「とにかく、これで買収しようなんて浅はかだからねっ! お弁当だって、毎日作れるとは限らないし」

「買収ね……あなたらしい発想ね。単純に私の音楽を聴いてもらいたいだけ。勘違いしないで」

「え? どうしたの? まるで本物の歌手みたい」

「本物の歌手ですッ!!」

「……こび売りたいわけ?」

「なんと思われても構わないけど、とにかく聴きにきて」



 紅音ちゃんが、珍しく真っ直ぐ茉莉を見て静かに言った。女子高生の顔じゃなくて、ライターシングソンガーの顔だったと思う。茉莉も頷くだけで、それ以上なにも言わなくなっちゃった。



 やっぱり、この二人って仲が悪いんじゃないと思う。だって、目が合った瞬間、二人とも少しだけ微笑んだから。






————————

★くださいっ! お願いしますッ! ライブ開催が掛かっているんですッ!

お願いしますッ!!

遅くにもう一話更新しますからッ!



なに必死になってんのよ。このショウワルッ!!


あッ!? このハラグロッ!

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