#11 デートの醍醐味は膝枕 後編



 あれ、俺どうしたんだっけ。確か、ダンスをしていて倒れて。後頭部に柔らかい感触。髪を撫でられてる?



「起きた? 大丈夫?」

「茉莉……? 俺、確か倒れて」

「うん。急に倒れちゃったの。救急車呼ぼうかって話になったんだけど、たまたま春彩の主治医の今村先生が見学に来てくれて」



 茉莉の……。



「…………ごめん。俺、なんだか急に目眩めまいがして」



 茉莉の膝……。



「うん。パニックになっちゃったのかなって。でも、少し休めば大丈夫って先生言ってたよ。本当に良かった」



 茉莉の膝枕……すごく気持ちいい。せっかくだから太ももの内側を触っちゃ——。



「こらっ! さりげなすぎ。もうっ!」



 見回してみると、俺に気にせずダンスの練習をする生徒のみなさん。充希みつき先生と春夜しゅんや先生がこちらを気にしつつ、振り付けの指導をしている。



「俺……いったい誰なんだろう」

緋乃春彩あかのはるやでしょ。も、もしかして、名前まで……嘘でしょッ!?」

「そ、そうじゃないよ。俺、ダンスできたんだ。できないと思っていたのに、勝手に身体が動いちゃうし。まるで、自分がBLAZE distanceブレディスのし———」

「待って。落ち着いて。あのね。春彩は春彩だから。大丈夫。ゆっくり、自分のペースでやっていこう。ねっ」



 俺は自分の中が空っぽなんだ。ただ生かされているだけで、なにもできない。何者かも分からない。ただ空気を吸っているだけの存在。ただのアホ。馬鹿。




 ————こんな俺が生きている意味がどこに?




 また髪の毛を優しく撫でてくれる。すごく優しい顔。やっぱり、茉莉のこの顔が心の中でうずく。俺は茉莉を……なんでここまで出てきているのに、思い出せないんだろう。思わず、茉莉の腰に抱きついちゃった。



 茉莉の中に溶けたい………。



 えっ! 俺の気持ち? 溶けたいって、どういうこと?



「春彩は、春彩だからさ。もし、分からなくなっちゃったら、わたしが春彩の手を引くから。だから、少しずつ進もう。ね。わたしも春彩のとなりをしっかり歩くから。しっかり踏みしめて歩くから」



 俺は俺。他の誰でもない。キモッたまの座ったインターナショナルキャラ。緋乃春彩。茉莉の幼馴染。今の俺は紛れもない俺。だから、自分を否定するのはやめよう————今だけは。茉莉が傍にいてくれるなら、俺を認めてくれる人が近くにいるじゃん。




 ダンスレッスンが終わって、生徒さん達がみんな帰ったあと、充希先生と春夜先生が心配そうに俺に話しかけてきたのね。本当に心配そうに話してきてくれて、ちょっと感動。



「君は色々抱えているっぽいけど、明るいから絶対に乗り越えられるね。こんなに可愛い幼馴染だっているんだし」

「充希の言うとおりだよ。春彩くん、また来てくれるかな。ダンスはきっと、君の味方になってくれる。君がいつか、があるかもしれないよ。だから、これに懲りず通ってほしいな」




 その後、俺が春夜先生とこれからのことを話している間、茉莉は充希先生に悩みを聞いてもらっているようだった。しかも、茉莉は泣いていた。やっぱり、充希先生は人身売買のブローカーなのかもしれない。茉莉が泣いちゃうなんて。充希先生は、先日のキンピラみたいに、ワルダクミを企んでいるに違いない。おそるべし。倉美月充希くらみつきみつきという人。



 先生二人は、普段イバラキでダンスを教えているらしい。週末だけ東京にやってきて、こうして教えてるんだって。茉莉は、ファンになったようで「来週も絶対に来ますっ」って意気込んでいるの。ダンスするのは俺なのに。





 せっかく海が見えるエリアに来たから、臨海公園に寄りたいって茉莉が言うから寄っていくことにした。そういえば、海なんてテレビでしか見たことないや。水族館が敷地内にあるらしい。芝生に座って海を眺めていると、茉莉が肩に頭を乗せてきた。



「春彩はね。記憶を失う前も甘えん坊で、今となにも変わらないよ。天気の良い日は、こうやって公園で空眺めていたの。わたしも甘えたくて、交代してもらってさ」

「……じゃあ、茉莉。今度は茉莉の番」



 さっきは、俺が膝枕をしてもらったから、今度は茉莉の番。「えぇ?」なんて恥ずかしそうにしていたけど、すんなり俺の膝に収まるの。可愛い。


 これ、やってみたかったんだ。茉莉の髪を撫でる。気持ち良い。指の間を流れていく髪の毛が、癖になりそう。気持ちよさそうに笑う茉莉は、やっぱり小動物系のペットだよね。




 ————俺の夢が一つ叶った。膝の上で、茉莉を猫ちゃんみたいに撫でること。




「な、なんか。恥ずかしいんだけど」

「え。どうして?」

「だって…………ねえ」



 目線を逸しちゃって、顔を赤らめる姿にキュンキュンする。茉莉の見ている方を見ると、カップルが波打ち際ではしゃいでいた。



「茉莉のこと好きかも」

「え————!?」

「こうやって、撫でるの好き。なんだかペットみたいだし」

「……なんだ。いいよ。どうせわたしは春彩のペットです。そのうち噛み付いちゃうからっ」

「え……噛みつかれると菌が入って壊死するって、昨日の『アマゾンの部族に会いに行った』って番組でやってた。こわっ」

「ひ、ひどいっ! じゃあ、なに? わたしは密林のバイキンだからけの野生動物なわけ?」



 むくっと起き上がった茉莉が膨れて俺のほっぺたを摘むの。痛い痛い痛いって。それで、トドメのデコピン。俺が悪かったから許して。なんて言っても許してもらえなそう。



「でもね。春彩の記憶が戻って、まともになったらペットでもいいよっ。そのかわり、いっぱいぎゅーってして」

「牛……ぎゅうって牛肉のぎゅう?」

「……もういいっ!」



 茉莉は立ち上がって、俺を置いて海の方に歩いて行っちゃった。また怒らせちゃったのかな。だって、ぎゅうって、他に意味あるの? 


 追いかけて茉莉を後ろから抱きしめた。怒った子はこうすると許してくれるんでしょ? ミルキーラブラブピースでタケルくんがやってたし。



「………もう。意味分かってるじゃん。人が悪いよ」

「え。ど、どういうこと?」



 ぎゅうは後ろから抱きしめることなの? なんで? 牛とこれの関連性が全く分からないんだけど。でも、きっとこれでいいんだよね。茉莉の今の顔がすごく可愛いの。頬が緩みっぱなしっていうやつ。タケルくんに感謝しなきゃ。だって。




 ————おかげで今日も茉莉のとっておきの笑顔を一つ見られたから。




「ばか。付き合ってもないのに、抱きついてきて。セクハラだからねっ」

「じゃあ、やめる。ごめ————」

「いいよ。そのかわり、後ろからじゃなくて」



 振り返って、俺の胸に顔を当てて抱きついてくる。ぎゅっと抱きついてくる。あ。これが、ぎゅーっだ。ぎゅうじゃなくて、ぎゅーって抱きしめることだったんだ!



「ぎゅーってしていい?」

「………ばか。そういうのは訊いてするものじゃないの」



 意味がわからなかったけど、茉莉の背中に手を回した。ぎゅーっとしてみる。柔らかいんだね。





 電車を乗り継いで、最寄り駅に繋がる路線の電車に乗った瞬間、茉莉は眠かったみたいで俺の肩に頭を乗せて眠っちゃった。毎日、俺のために早起きをして、夜も遅いって聞いたから、駅に着くまで寝かせてあげよう。




『次は〜〜終点〜〜〜終点〜〜〜高尾山です〜〜』



 茉莉はぷんぷん丸だ。どうして起こしてくれなかったのって。だって。



「ご、ごめん。なんて駅で降りるのか分からなくなっちゃって…………」

「………はぁ。わたしがもっとしっかりしなきゃダメだね」




 ホームのベンチに二人して座って電車を待つ間、茉莉はまた俺の肩に頭を乗せて、「でも、ありがと。春彩とのデート楽しかった」って呟いた。





 ————デエトってなんの略だっけ。









———————

ちょっとぉ!! 私の出番削られすぎでしょ。どうなってるの!?

え? 次回は、いっぱい出る? そうやって誤魔化さないでくださいッ!!

なに? 紅音ちゃんは怒りっぽいの?

仕方ないでしょッ!! そうやって怒らせるんだからッ!


あのハラグロめッ!!


はっ!?


春彩さま………そ、そんなことないですぅ!

★くれないから、ちょっと、ぷんぷんしちゃっただけなのぉ。



え? ぶりっこするな?



煩いわよ、この悪どいハラグロめッ! 白詰ハラグロって改名しろッ!!

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