#10 デートの醍醐味は膝枕 前編

 やっと土曜日になって、休みに入ったのに。こんなに早くに起こされるなんて。茉莉も茉莉だよ。たまには寝ていたいのに、いつもと同じ時間に起こしに来るんだもんな。



「それで、どこのダンス教室に行くの?」

「えっと、確かここ。先生が言うには、レベルの高いところ行かないと面白くないでしょ、なんて言うんだよね。人を何だと思ってるんだろ。俺、ダンスなんて知識ないよ」

「……まあ、記憶喪失だからね。こんなところにダンス教室なんてあるんだ。とりあえず行ってみて、それで判断してもいいんじゃない?」

「それもそうだね」



 夕食の残りのカレーを二人で食べて、俺が洗い物をしている間に、茉莉は洗濯をしてくれた。その後、二人で掃除をしたら出かけなくちゃいけない時間。茉莉はそこまで計算して、早く起こしてくれたのか。さすがだよね。



 北風がビルの合間を吹き荒ぶ。秋なのに寒波が来ているとかで、ものすごく寒い。晴れている空を見ると、雲がわたあめみたい。美味しそうだなぁ。



「それで。なんでセクハラ……じゃなかった。特権をキョウヨウしてくるの?」

「それを言うなら、乱用ね。だって、寒いし。こうしていると温かいのっ」



 紅音ちゃんとの浮気の一件以来、やたらと幼馴染特権をランヨウしてくるんだよね。歩きづらい上に……あれ、腕に柔らかい感触……こ、これは。



「茉莉……俺の腕に当たっているのは……お、お、おっぱ——」

「む。そういうことは口に出しただけで、セクハラで死刑なんだからね。仕方ないでしょ。当たっちゃうんだから」

「は、はい……」



 そういうものなのかな。どう見ても押し当てているようにしか見えないけど。でも、確かに茉莉がくっついていてくれるから、左半分は温かい。柔らかい感触が気持ちいい。




 雑居ビルの外階段を上がってダンススタジオに到着すると、すでに三〇人くらいの人が集まっていた。みんな、いかにもダンサーって感じのファッション。それに、女子が多い気がする。男子は数人。みんな同じくらいの年の子ばっかり。


 みんな、そんなに俺を不思議そうに見なくても。ダンスできるのか、っていう目してる。みんなよく分かるよね。ダンスなんてした記憶ないから、みんなの予想は当たっているよ。



「本格的だね。あ、わたし後ろで見ているから」

「う、うん。っていうか、俺も後ろで見学したいんだけど……」

「ダメ。春彩はしっかりダンスしてきて。大丈夫。自分を信じてっ」



 自分を信じてできるなら、この世にはダンススクールなんて存在しないんじゃないかな。ああ、先生来ちゃった。もう逃げら……はッ!?



————な、なんて美人……っ!




『はい、じゃあ、いつもどおりストレッチして』



 長い髪をポニーテルに結って、綺麗だけどどこか可愛げのある顔と透き通るような肌……。胸が大きくて、ウェストが細い。細すぎるっ。なんだこの人。



 ストレッチをしている生徒たちの間を縫うようにこっちに歩いてきた。す、すごく緊張する。やばい。人生で見た中で一番の美人かも。……記憶喪失してるから、覚えている範囲で、だけど。



「せ、先生……エッチさせてください」

「……ぶっ。変な子来ちゃったなぁ。ごめんね。わたし既婚者なの。君みたいな可愛い子も好きだけど、旦那様が一番だから」

「ちょ、ちょっと春彩ッ!! そういうこと言っちゃいけないっていつも————す、すみません。ご迷惑おかけします」



 俺のとなりで茉莉は頭を何回も下げて謝ってる。満の教えてくれたサイトの動画では、エッチさせてくださいって言えば、させてくれるのに。ダメなのか。残念だなぁ。



「大丈夫。記憶喪失の子が行くからって連絡受けているから。突拍子もないけど、いい子だって聞いてるの」

「せ、先生は……確か……元アイドルの……花神楽……美月先生ですよね?」



 え。茉莉はこの美人知ってるの。もしかして、有名人なのっ!?



「懐かしい名前知っているのね。昔の話。五年も前だもの。今は倉美月充希です。充希って呼んでもらえると嬉しいかな。よろしくね。しん————」

「あああああ先生。ちょっとこっちに」



 茉莉が充希先生を隅に強引に連れてっちゃった。ヒソヒソ話なんてして、俺をのけ者にするんだから、ひどいよ。



「えっと、春彩くんよろしくね。あ、やっと来た。春夜くんっ! こっち」



 充希先生が手を振る方を見ると、今度はやたらと輝いている王子様みたいな人が来た。ああ、この人が充希先生の旦那さまっていう人。確かにこの二人、釣り合ってるね。茉莉なんて、瞳をキラキラさせちゃってるし。



「ああ、君がしん————」

「あああああプリンス王子先生、ちょっとこっちに」



 また茉莉のやつ。王子様先生を隅に連れてっちゃった。いったいなんなんだろう。何を話しているんだろう。も、もしかして。みんなで俺を嵌めようとしてるんじゃ………。



「彼女かな? 可愛らしくて聡明で良い子ね。一緒にいて当たり前だと思っちゃだめだよ。一緒にいられることは、奇跡の上に成り立っているんだから、彼女をしっかり受け止めてあげてね」

「えっと……彼女じゃなくて……幼馴染です。いつも、俺につきっきりで。申し訳ないし、頭が下がらなくて」

「そう。幼馴染。うん、どっちにしても大事にしてあげて。もし、春彩くんがいらないなら、わたしが貰っちゃおうかな」



 え……茉莉を貰うって、人身売買……は禁じられているんじゃなかったっけ。つまり、裏の組織。映画でよく見るマフィアとかってやつなのっ!? 人は見かけによらないなぁ。充希先生には気をつけなくちゃ……。茉莉を守らないと。どうしよう。



「冗談だよ。そんな顔しないの。さて、春彩くんもレッツダンス! ほら、ストレッチして、ターンとアイソレーションするよ」



 ストレッチなんてしたことないから、身体硬いに決まっ————ええっ。自分の身体じゃないくらいに、身体が柔らかい。嘘だ。こんなに足って開くものなの……なんでっ!?


 その後のターンも、なんだか綺麗に回れるし、さっきまで踊れないだろう、なんて見ていた子たちも唖然としているの。



「じゃあ、先週まで振り付けしたところ、やってみよう」

「春夜せんせー!」

「はい、小春ちゃん、どうしたの?」

「ブレディスの心夜さんって知り合いですか?」

「……えっ! い、いやあ、そ、その……」



 ここにもいましたか。心夜のファン。でも、春夜先生? になんでそんなこと訊くんだろう。先生困っちゃってるよ。この人、見た目はかっこいいけど、意外とポンコツなのかも。女の子の前では堂々としなきゃ。俺みたいに。



 なぜか茉莉が俺をジト目で見てくる。「え?」って訊くと、「べ、別に」って。俺、なにも言ってないのになんで。すごい不満そうな顔。



「心夜さんって先生の教え子だって聞いたんですけど」

「ああ、プレディスの翼くんね。心夜くんは違うよ」

「す、すごーい。翼くんと話したことあるなんてッ!」

「そ、そんなことないよ。みんなだって、がんばって練習して上手になれば、ほら、翼くんみたいに」



 俺のとなりに立っている充希先生が、すごい冷たい目で春夜先生を見てる。腕を組んじゃって、イライラ最高潮って感じ。充希先生みたいな優しそうな人でも怒ることあるんだ?



「春夜くん……レッスンしないと。カリキュラムいつになったらやるのかな?」

「あ、ご、ごめん。それじゃあ、みんな~~~僕のフリに合わせて」



 春夜先生の目つきが変わった。明らかに別人。まるでダンスをする機械のような動き。この人何者なの……信じられない。間違いなくトップオブダンサー。



「春彩くん、フリはブレディスの『in my soul』だから、やってみて」



 充希先生も無茶ぶりだよなぁ。踊れるはずないじゃん。そもそも、ダンス療法で来たはずなのに、ガチな感じの生徒と一緒に踊らされるなんて。聞いてないよ。ブレディスのダンスってレベル高いって聞いたけど。俺がそんなの………。



 なぜか音楽を聴くと、身体が勝手に動き始める。あれ、なんだこれ。頭の中では全然理解できていないのに、身体が勝手に。リズムに乗れている。しかも、鏡に映る自分の姿が……まるで……これじゃあまるで……BLAZE Distanceの……おかしい、おかしい、おかしい、おかしい。絶対におかしい。俺は。俺は……。



 頭が真っ白になる。俺は————誰なんだッ!?



 ものすごい目眩がする……萎んでいく風船のように意識が……。頭の中に声がいっぱい……気持ち悪い……。





 春彩ぁぁぁぁぁッ!!!!




…………茉莉。









——————

ちょっとぉ! 春彩倒れちゃったじゃないっ!!

みんなが★くれないからだよっ!! もうっ!!


え? 茉莉がしっかりしていないから?

意味分かんないっ! こんなに毎日がんばっているのに。

え? 勝手にやってるだけだろって?

そういうこと言わないのっ! もうっ!


本編でなかなか分からないこと教えてあげる。実は、春彩が記憶を失くす前、わたしと春彩にはある秘密がありま————ふぇっ!! 充希先生っ!?



みんな久しぶりです! ミツキですっ! シュンくんもいるけど、あれ、どこに行っちゃったんだろ。久々にお会いできて嬉しいです!

最近は、シュンくんと二人でまったりと生活してるよ!

そうそう、最近はじめたことと言えば、シュンくんと二人で山登りしています。へへへ。景色が良くて空気がおいしくて、最高なんだよっ!


最後まで登場するから、今後ともよろしくねっ!



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