#07 二人の想い 前編
一日一日があっと言う間に過ぎていくなぁ。
河川敷を歩くスピードが、いつもより気持ち速いような。
「あ、あのさ」
「なに? 浮気者の
浮気者……って、彼女がいて初めて成り立つ言葉じゃなかったっけ。いや、記憶喪失だから、間違った言葉を覚えている可能性だってある。
あッ! 思い出した。幼馴染以外の子と手を繋いだり、過剰に近くで話したりするのはすべて浮気なんだって茉莉が言っていた。つまり、茉莉以外の子とそういうことするのは、すべて浮気。浮気をしたら、酷いときには死刑になるって。ああ、俺は浮気者。前科者になってしまった。
「ご、ごめん。浮気しちゃってごめん。許してくれる?」
「どうしよっかなぁ。じゃあ、春彩が手を繋いでくれたら許してあげる」
「え。そんなことでいいの?」
「……確かに。いきなり抱きついてくるんだから、それじゃ刑が軽すぎるか。じゃあ、なにかわたしのために尽くしてくれる?」
尽くす………。それは、女王様の足を舐めることだよね。映画でやっていたよ。一生わたくしに尽くしなさい。ほら、足を舐めろって。
「わ、分かった………帰ったら足舐めるよ」
「————んっ!? あ、え、えぇっ、足?」
「尽くすって足を舐めることなんでしょ」
「………
「あ、ち、違うよ。映画で観たんだ」
どうやら、尽くすことは足を舐めることではないらしい。つまり、俺が茉莉に誠意を尽くせばいいんだよね。うん、分かった。
————良いこと思いついたっ!
「じゃあ、明日のお弁当、俺が作るよ。茉莉には世話になりっぱなしだし。浮気しちゃったから、心込めて作る」
「え——ほ、ほんとにッ!?」
「うん。楽しみにしててっ」
前から歩いてくる別の高校の男子生徒たちが茉莉をガン見するの。茉莉は怖いのか、俺の左肘あたりを摘んで背中に隠れるわけ。男子生徒たちは内輪で盛り上がって、かわいいよな、とか、やりてぇ、とか言うだけで、特に危害を加えてくるわけではないんだけど。
「怖いの?」
「う、うん。春彩が入院しているときに、追いかけられたことあって。ナンパってやつなのかな。それから、ちょっと怖くなっちゃって」
「……許せない」
「えっ?」
「俺の茉莉を怖い目に遭わせたこと、絶対に許せない」
「春彩……うん、ありがと。そんな風に思ってくれてるんだ。記憶喪失でも、春彩は春彩なんだね」
違う。心の中で、茉莉を守れって誰かが言っている。茉莉を守らなくちゃいけないって気持ちが沸々と湧いてくる。これは………記憶を失う前の感情だけが残っているの?
「茉莉………多分、俺、記憶は思い出せなくても、感情だけは思い出すことがあるんだ。今、なんだか、茉莉を守らなくちゃって思いがすごくて。怒りとか、不安とか、そういう感じのが、なんだか溢れてきて」
————えっ?
茉莉、なんで突然抱きしめてくるの。すごく力強い。びっくりして思わず倒れそうになっちゃったけど、なんとか体勢を整えて、茉莉に視線を落とした。
「春彩……わたしね、わたし、ずっと——寂しかったの。ずっと一人でがんばってきたんだよ。春彩を守ろうって決めてずっと……ひっく。ごめん。分からないよね、ごめんっ」
泣き声……泣いているの。俺のせい……? 俺が記憶失くしちゃったから、茉莉は寂しかったの? 俺を守ってくれていた? 何から?
「えっと、俺はどうすればいい?」
「——ごめん。忘れて。なんでもない」
茉莉は、顔を上げて手の甲で涙を拭った。瞳が真っ赤になっちゃった。うさぎみたい。今日の茉莉はうさぎだ。うん。かわいいうさぎ。
今度は俺が茉莉を抱きしめて、頭をなでなでしてあげた。優しくなでなで。今日は髪を結っていないから、指の間が気持ちいい。
「春彩……だめだよ。みんな見てる」
「見てて問題あるの?」
「あるよ。だって、わたし達付き合っているわけじゃ……」
「あ、幼馴染でも女の子にこういうことするのは、セクハラなんだっけ……」
「え……ああ、うん。そうだったね。でも、今日は特別なの」
「え? いつもと違うの?」
「うん。幼馴染が泣いているときは、こうして抱きしめてもセクハラじゃないの。それに嬉しいよ」
「じゃあ、茉莉が泣いているときは、茉莉のために抱きしめるから」
茉莉の柑橘系の甘い薫りを嗅ぐと、なんだか遠い日を思い出せるような気がした。
スーパーで買い物をして帰って、夕飯を食べたら、もう日が沈んで暗くなっちゃった。茉莉は一人で帰れるって言うんだけど、追いかけられた話を聞いたら、一人で帰すわけにいかないよね。アホになっちゃった俺でも、それくらい分かるよ。
「わたしからすればね、送ってもらった春彩を一人で帰すほうが心配なんだけど……」
「だめ。絶対に一人で帰せない。だから、送っていく」
「まだ七時だよ。確かに暗いけど、歩いている人いっぱいいるから大丈夫なのッ!」
「いっぱい歩いている人が総出で襲ってきたら、茉莉逃げられないじゃん」
心配しすぎなのかな。でも、茉莉に何かあったら嫌だって俺の中で誰かが
「分かった。タクシー使う。それなら春彩も心配ないでしょ?」
「だめ。タクシーの運転手が凶悪犯だったら、茉莉が殺されちゃう。だから、俺も乗っていく。それで帰ってくれば、問題ないでしょ」
「………もう。昨日まで暗くなっても一人で帰っていたでしょ。極端なんだから」
「茉莉は俺のペットだからッ!!」
ペットという言葉をあえて使ってみたんだけど、茉莉は怒るどころか、「ありがとう……本当に嬉しい」って言って、また抱きしめてきた。これは、逆セクハラなんじゃないかなって思うんだよね。でも、いい匂いだから許しちゃう。可愛いし。なでなでいっぱいしちゃう。
「ほんとに、手のかかる子みたい。でも、なんだか今日は逆転しちゃったね」
「え……ギャ、クテン? や、やっぱり。茉莉は俺にセクハラしてるんだよねッ!?」
「……へ? な、なんでそうなるの?」
「だって、俺は泣いていないから、幼馴染であってもセクハラに該当する案件だよね。イギィは認めないッ!」
「……異議ありッ!」
「認めないよっ! 茉莉は刑務所行きだからねっ」
「春彩……セクハラじゃないの。だって」
「え……ち、違うの?」
「わたしこと白詰茉莉は、春彩を好きにしていい権利を持っているからっ」
な、なんだそのケンリ。トッケンってやつだ。そんなの聞いていないし、卑怯だと思うんだけど。じゃあ、俺は茉莉のドレイで、オモチャで、自由に生きる権利を剥奪されたいわば茉莉のペットのような存在でシモの欲求を満たす人形なの? うん、満から借りた漫画にそんな風に書いてあった。
俺がペット!? それとも家畜!?
やっぱり逆転してるじゃん。
————————
読んでいただきありがとうございました!面白いと思った方、続きが読みたいと思った方は、☆を————グフっ......(毒かっ!?
はーい! みんなお待たせっ!
白詰茉莉ですっ! 今日は、あの忌々しい女がいないから、気分爽快でしょ?
うんうん、分かるぅ!
わたしのために☆くれないっ? 応援コメントとかレビューとか、わたし一色で染め上げてねっ!
あの女の酷評レビューもどんどーん受け付けてますから!
以上、現場から白詰茉莉がお伝えしましたっ!
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