#06 歌姫はキンピラの幼馴染? 後編



 昼休みだぁーいっ! 紅音あかねちゃんと一緒にお昼を食べられる、ってウキウキ気分で立ち上がったのね。そしたら、紅音ちゃんは俺に「こっちに来て」って静かに言った後、教室を抜け出していくの。紅音ちゃんって教室では食事をとらないから、きっと今日もどこか違うところで食べるのかな。



 俺たちの校舎と向かい合っている第二校舎の裏の、今は使われていない部室の一番角の部屋の扉を開けた。紅音ちゃんはいつもこんなところに来てるのか。外側はボロいけど、中は掃除されていて意外とキレイだった。



「ここって………?」

「昔のソフトボール部の部室。今は、校庭の隅に新しいの建ったでしょう」

「そうなんだ」



 椅子に座って、紅音ちゃんが長テーブルの上に置いたリュックは、よく見たらボロボロ。キャンバス生地っていうのかな。ベージュの色も剥げて、なにかの文字が書いてあった形跡があるけど、読み取れない。


 そのリュックからラップに包まれたおにぎりを取り出した。ただの白米。海苔も巻いてなければ、大きさも握りこぶしほどもない。ゴルフボールを少し大きくしたくらい。


 俺もリュックから弁当箱を出して、机の上で広げた。茉莉の絶品お弁当。唐揚げとブロッコリー、ぷちトマト、それとフライドポテト。ご飯にはふりかけが掛けられてる。



「それで足りるの? ダイエットって大変だね」

「………まあ…ね」



 小さいおにぎりを両手で持って、本当にゆっくりと食べるの。俺なら、二口くらいで終わっちゃうな。



「ねえ、ダイエットしなくても、紅音ちゃんは十分キレイだと思うんだけど………」

「いいの。お腹空いていないし」

「そうなんだ。あ、ブロッコリーあんまり好きじゃないんだよね」


 

 弁当箱の蓋にブロッコリーは避難してもらおう。どうやって食べるか、全部食べ終わったら考える。緑の野菜を残すと、茉莉が怒るからね。食べないって選択肢はないんだけど、やっぱり苦手なものは苦手だし。



「え………ブロッコリー食べないの?」

「あ………いや。苦手で」

「も、もらっていいかしら?」

「う、うん。どうぞ」



 手づかみでブロッコリーを食べるのね。ああ、おにぎりだからお箸とかないのか。



「おいしい……久々のお野菜、おいしい」

「え。久々?」

「あ……」

「もしかして、お弁当作ってもらえないの?」

「………」

「そっか。紅音ちゃんには幼馴染がいないから」

「えっ!? 緋乃くんって、もしかして、白詰さんにお弁当作ってもらってるの?」

「うん。そう。記憶喪失になってから、毎日。感謝してもし切れないんだ」



 作ってもらえない………? 可哀想。紅音ちゃんもお母さんとお父さん、いないのかな。茉莉は、俺が何もできなくなっちゃったから、親切心で助けてくれるんだよね。なら、俺も困っている人は助けなくちゃ。



「じゃあ、明日、紅音ちゃんのお弁当持ってくるから、また一緒に食べてくれない?」

「え……。な、なんで」

「困っている人を助けるのは、当たり前なんでしょ。それに、紅音ちゃんのこと好きだから」

「す、好きって……え…………私、こくられてるのッ!?」



 俺は紅音ちゃんが好き。記憶を失ってからずっと好き。だって————。



「紅音ちゃんの歌。俺、記憶喪失になってから、紅音ちゃんの歌ばっかり聴いてるんだ。カウンセラーの先生が、音楽を聴いたほうがいいよって言うからね、ニューチューブを開いたんだ。そしたら、一番上に出てきたのが、紅音ちゃん」

「………緋乃くん………歌聴いてくれたんだ、それで………歌なんて聴かないのかと……」

「“日が昇れば”って曲。今でも、寝る前に一人で聴いてる。そうすると寂しい気持ちとか、忘れられるから。いなくなっちゃった人は心の中で生きているんでしょ?」



 日が昇れば 照らす緋色ひいろの 光が溶けて 織りなす風の薫り緩やかに 心通わすあなたはいずこに隠れて 会いたい気持ち今は抑えて そっと抱きしめた枕にキスをして 君、必ずわたしの元に帰るから 夜の静寂を聴いて 再び朝が来て そっと虚空を抱きしめる


 きっと、君は心の中に すっと、わたしの頭の中に いつまでも抱きしめて



「……寂しいの? ご家族は?」

「父さんは、サーカスの劇団員で日本中を巡ってる。妹は寮生活でたまにしか帰ってこない。母さんは………小学生のとき」

「ごめんなさい……知らなかった」

「ううん。俺は紅音ちゃんの声がすごく好き。ギターも、ピアノも。だから、初恋」

「は……つこい?」

「記憶失くしちゃって、はじめて聴いた歌声に恋しちゃったのかな。うん、とにかく、そんな感じ」



 食べ終わった紅音ちゃんに、「これも食べる?」って、からあげを見せる。目を輝かせて、からあげを摘んで、パクって食べた。やっぱりお腹空いてるんじゃない。すごく可哀想。



「私、緋乃あかのくんのこと少し誤解していたのかも………ごめんなさい」

「誤解? でも、今は解けたんでしょ。それでいいじゃない」



 それにしても、この部室、なんだか少し暑い。汗かいてきちゃった。額の汗をハンカチで拭ったの。そしたら、紅音ちゃんがすごい形相で僕を見るのね。茉莉といい、紅音ちゃんといい、なんだか不思議な表情をすることがあるよね。



「ま………待って………う、嘘でしょ………そ、そんな」

「え? 今なんて?」

「春彩くんって………ブレデ————」



 紅音ちゃんが何かを言いかけたとき、部室の扉が盛大に開いた。息を切らした茉莉が立っていて、阿修羅像のような顔で俺をにらんでいた。な、な、なんで怒っているのかな。



春彩はるや………わたしと一緒じゃなきゃダメって言ったよね? 学校の中でも危ないから、一緒にいてって約束したよねッ!?」



 ああ……そういえば、そんなこと言っていたような。



「あ……う、え………お………うん。ごめん」

「ちょ、ちょっと、眉毛こすったでしょッ!? た、大変ッ!?」

「………ま、待って…白詰しろつめさん……緋乃くんって」

「………な、なんでもないから。碧川あおかわさんには関係ないですから。そ、その、このことを他言すれば………」



 俺の方を見ていた茉莉まりが、紅音ちゃんのほうを振り返った瞬間、紅音ちゃんが顔をひきつらせて、目をそらしたのね。茉莉って、いったい紅音ちゃんにどういう顔をしたんだろう。


 再び、俺の顔を覗き込んだ茉莉は、笑顔に戻っていた。



「さ、春彩。眉毛は描いたから、これでよしっ! さ、教室戻りましょうね」

「あ、うん……」

「春彩は、何も心配いらないからねっ! わぁ。今日はブロッコリー食べられたんだね。嬉しいな。わたしはね、春彩が何をしていても構わないの。でもね」

「う、うん」



 僕の耳元に手を当てて、「あの子…碧川紅音だけは絶対だめだからね……」と小声でささやいてきた。すごく低い声だけど、顔は気持ち悪いくらい笑顔なのね。そのギャップが、とんでもなく怖い……怖いなんてもんじゃないよっ!



「さ、教室戻ろうっ! キッ!!」



 振り返った瞬間、今、キッ!! って聞こえたよ!? なんだか、紅音ちゃん恐ろしいものを見たように固まっちゃっているけど………。横を見ると、茉莉は笑顔で俺の腕に腕を絡めて、強引に引っ張っていくの………紅音ちゃんッ! ごめん、茉莉に抵抗できないよぉ。




 ————心夜しんやさま………。




 ぼそっと聞こえた声の方を振り返ると、紅音ちゃんが涙を流していた。



 茉莉がよほど怖かったのかな………。










——————

次回予告

春彩は心配性。茉莉に対して過保護すぎる回です。さあさあ、★をよこすの———ぐふぇっ。



碧川紅音です。アオちゃんって呼んで。




 うそ。そんな呼び方したら、ミンチにしてハンバーグの具材にするわ。さて、白詰茉莉の本性が分かったでしょう。ク○作者と白詰茉莉の応援は決してしないで。私のためだけに★をつけなさい。そして、徹底的に応援しなさい。私を褒めちぎるコメントを書かないと、ギロチンカッターの刑よ。分かった?

レビューは、碧川紅音に対するファンレターで構わないわ。むしろ、そうしないと、水責めよッ!



 あ…………は、春彩さま………な、なんでもないです! そ、そんな怖いこと言いませんよっ!! な、なに言っているんですか。幻聴甚だ酷いのですねっ!



 あとがきもつづく…………。

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