#05 歌姫はキンピラの幼馴染? 前編


 布団に包まれたまま、起きたくない。今日は絨毯を広げるように、布団から転がされて起こされた。もちろん茉莉に。転がる姿が面白かったのか、朝食中ずっと笑っているの。それに、寝癖が酷いから直せって。



「じゃあ、いっそ短髪にしようかな。ほら、野球部の人みたいに」

「————っ!?」

「そ、そんなにおかしいこと俺、言った!?」

「だ、だめ。ぜぇぇぇぇぇったいにダメ」



 以前も、床屋に行きたいって言った俺に茉莉は、まるで大相撲の小結みたいに全力で止めに入るわけ。絶対に髪は切っちゃダメだって、言って聞かないんだよね。理由を訊いたら、頭を打って記憶を失くしたんだから、髪の毛が短くなったら頭を守るものないでしょって。



 一理あるけど、だったら帽子被ればよくない? なんて口答えしたら、茉莉は黙って、静かに言ったんだった。



 ————お願い。なんでも言うこと聞くから、それだけはヤメて。



 って。泣き顔で言うほどのものなのかな。そんなこと思い出しちゃった。



「分かった。じゃあ、たまには髪の毛セットでもすればいいんだよね?」

「————へっ?」

「テレビで見たんだ。コマーシャルってやつ? どんな髪でもすぐに纏まるって」

「あぁ〜〜〜。じゃあ、わたしがセットしてあげるから。とにかく、はやく食べて」



 茉莉が作ってくれた焼き鮭は、少しだけしょっぱいけど、美味しい。それに、なんだか懐かしい味がする。あ………茉莉………は俺が…………。



「ま、茉莉……確か、俺、茉莉を………」

「えっ!? どうしたのっ!? 思い出せそうなの?」

「うん、なんだか、茉莉に何かを言って振り返って…………」

「うんっ! がんばって、思い出してっ!」



 だけど、すぐに白いモヤが掛かってしまう。



「ごめん………やっぱり無理みたい」

「…………ぐすんっ」

「ご、ごめん。泣かないでよ」

「うぅ……ひっく————うっそぉ。春彩だまされたぁ〜〜〜っ!」



 茉莉は嘘をつくのが上手だな。すっかり騙されちゃった——でも、少し……瞳が潤んでいたような気がする。ま、気のせいか。




 洗面所の鏡の前に座らされて鏡を見ると、俺が映る。後ろに俺の髪の毛を触る茉莉。クシでかして、白いクリームみたいなのを髪に塗られた。



「え。それって、エッチのときに使うローションっていうやつじゃんっ!」

「ち、違うよッ!! そんなのあるわけないじゃんッ!! どこで覚えたのよ」

「……満に教えてもらったスマホの………サイトの」

「もうッ!! 友達選びなさいよッ! まったくッ」



 怒られちゃった。ぷんぷん丸になっても頬を膨らませて可愛いからなぁ。定期的に怒らせてみようかな。怒った割には、髪の毛をやさしく整えてくれる。母親みたい。俺、記憶が失くなったときも、大切な人のことは忘れなかったんだ。父さんや妹、茉莉のことも。


 そして、母さん。小学生のときに死んじゃったけど、心の中で生きているって茉莉が一緒に泣いてくれたこと、なぜか覚えている。忘れない。忘れたくない。絶対。


 深く心の中に刺さった感情は、記憶として残っているのかもしれない。カウンセラーもそう言っていたし。



「ね、ねえ。茉莉………前髪は上げちゃ……だめなの?」

「う、うん。春彩は、前髪がトレードマークでしょ」



 邪魔なんだよね。目が隠れちゃうし。一応、分け目を付けているけど……やっぱり切りたいな。記憶喪失後、髪の毛切ってないから伸び放題。



「あとさ………眉毛ってこんなに太く描く必要あるの?」

「うん。だめだよ。髪の毛セットしたら、眉毛は太くしないと。女の子にモテないよ。ほ、ほら碧川あおかわさんとかにも」

「そ、そうか。うん。分かった」



 紅音あかねちゃんやっぱり眉毛太い人好きなんだ。茉莉は頼りになるなぁ。きっと、俺はセンスが悪いんだろうな。全然、かっこよく見えないけど、茉莉はすごく褒めてくれる。



 持つべきものは、小動物系の可愛くて、いつも優しい茉莉のような子だね。やっぱり俺は勝ち気なグミだ。




 誰もいない家に「行ってきまーす」と茉莉と二人で声を上げて、いつもの通学路を歩く。下町商店街のおばちゃんとか、おじちゃんが、いつも一言二言声を掛けてくれる。



「ふってえ眉毛だな。おい」

「あんたッ! 人様の容姿にケチつけんじゃないよッ!」



 そうして、商店街を抜けて電車に乗って数駅。駅を降りてしばらく歩くと、裏路地の方から聞き覚えのある声が。



「だから、来週になれば必ず——」

「先週も同じこと言ってたよな? あんたが売れっ子なのは知ってるけど、それでも足りないとか、お前の両親本当に終わってるな」

「兄貴、こいつ、卒業するまで待って、AVでも風俗でも売り飛ばせば、いい金になるじゃないですか?」

「ばぁか。今でもこいつは金稼いでるんだから、卒業したら、歌手と風俗の二本立てだろ」



 足を上げたままの姿勢で声のする方に首をクイっと向ける。え。あ………かねちゃん?



「待って、茉莉。紅音ちゃんが」

「え?」

「なんだか、嫌そうにしてる」



 スーツを着た男二人が、嫌そうに俯く紅音ちゃんの両脇に立って話しかけている。茉莉は言っていた。幼馴染以外に、そういう近い距離で話しかけたらセクハラで逮捕されるって。とくに、紅音ちゃんにそれをしたら、重罪になって、死刑も免れないって茉莉が力説していたんだ。



「ねえ。あいつら、紅音ちゃんの幼馴染?」

「は………? そんなわけな————」

「じゃあ、重罪人で、死刑かもしれないってことだよねッ!?」

「えぇっ!?」



 アニキって呼ばれた背の高い男が、お、紅音ちゃんの腕を掴んだ。俺だって触ったことないのに…………許せないッ!



「待てッ! 紅音ちゃんに触って良いのは、紅音ちゃんの幼馴染だけだぞッ!」

「ちょ、ちょっとッ! 春彩ッ」



 茉莉に腕を掴まれた。むう邪魔しないでよ。はやく紅音ちゃん助けなきゃいけないのに。


 振り返った男二人の顔が怖い。絶対に暴力的解決を望む人たちに違いない。映画で観たし。


 これが、俗に言うキンピラっていうやつか。キンピラたちが紅音ちゃんから離れてこっちに向かってくる。スーツの中のシャツのボタンを胸まで開けている。つまり、この人たちはよほど暑いのか。こんなに涼しい季節なのに? 


 あっ! 悟っちゃった。ボタン締めるのができないんだ。俺と同じ記憶喪失かっ!



「お前、この女の彼氏か?」

「アニキ、こいつ彼女連れてます。二股掛けてるのかも」

「な、なにぃ!? あん……どうみてもモテなそうだぞ。彼女なわけねえだろ」



 俺の腕を離した茉莉が、ぷんぷん丸になって指をピンとキンピラたちに向けた。



「春彩がモテないとは、聞き捨てならないッ! わたしは彼女じゃないけど、結婚する予定ですッ!! 碧川さんを助ける義理はないけど、男二人で、か弱い子に嫌がらせをするのはどうかと思いますけどッ!?」



 キンピラたちは、なぜか互いに顔を見合わせて大笑いする。え、今の茉莉はウケを狙ったのか。結婚とか言っていたけど、ネタってヤツなのか。俺の感覚がおかしいから、面白くなかっただけで、ここは笑わないと茉莉はスベったことになってしまう。



「うわぁっはっははっは。おもしれぇぇぇ」

「な、なんで春彩まで笑うのよ……」



 キンピラたちも呆気に取られているようで、俺はその隙きに紅音ちゃんの手首を握る。反対の手で茉莉の手を握って走る。だって、逃げなかったら、きっと殴られる。痛いのは嫌だ。



「う、うわ、あいつ逃走を図りましたぜ。アニキ、どうしますか」

「コケにされてんだ。追ってヤキいれろや」



 紅音ちゃんは、めずらしく俺をダニのように見てこない。眉尻を下げて、泣きそうな顔をしているの。あんな死刑判決を待つばかりの重罪人のキンピラにセクハラされて可哀想に。あとで、なでなでしてあげるからねっ!




 コンビニの中に入ってしまえば、キンピラも諦めたみたいで、それ以上追ってこなかった。良かった。殴られずに済んだ。しっかし、あいつらの凶悪な顔と言ったら。生ゴミを漁るどら猫を追い払う野犬を強引に木の棒で威嚇する江戸時代の世捨て人のような顔してた。怖すぎる。



緋乃あかのくん………その……ごめん」

「ちょっと、碧川さん、どういうこと。あんな人達と付き合いあるわけ?」

「まあまあ。茉莉、一応、紅音ちゃんの話も聞こうよ。もしかしたら、幼馴染の可能性だってあるじゃん」



 え。茉莉も、紅音ちゃんも首を傾げて、「ん?」みたいな顔してる。



「違うの。そうじゃなくて………ごめん。話せない」

「確かに、春彩が突っ走っちゃったのは、どうかと思うけど、春彩の行動は間違っていなかったよね? 碧川さんは、そんな春彩の気持ちをないがしろにして、黙り込んじゃうんだ?」

「…………言えないの。ごめん」

「ちょっと。茉莉もその辺にしなよ。紅音ちゃんは、キンピラにセクハラされて傷ついているんだからさ。ほんと、助かって良かったよね」



 またしても、「ん?」みたいな顔をする茉莉と紅音ちゃん。



「とにかく、春彩にお礼くらい言ってあげたらいいと思う。ごめんじゃなくて」

「…………ありがと」

「どういたしまして。じゃあ、今日、お昼一緒に食べてくれる?」

「…………春彩……打算的なことすると……天然もいいとこよね………ったく」



 ださんてきな天然? 天然ってうなぎ? よく分からない。



「………いいわ。じゃあ、お昼、一緒に食べましょう」



 え……。紅音ちゃんとお昼一緒に………やったぁ!



「じゃあ、またあとでね」



 コンビニから出ていく紅音ちゃんに着いていこうとすると、茉莉が俺の袖を引いた。行くな、と顔が言っている。目から火が出そうなほど、紅音ちゃんの背中を睨んでるし。震えるほど俺の袖を摘む手に力が入っているっぽい。



「あの……おん………春彩と……ゆる………さ」

「え、えっとぉ。茉莉?」

「絶対に…………のろい………ころし………おけよ」



 な、なんだか怖いよ。茉莉じゃないみたい。









——————

次回予告。

碧川紅音が落ちます。完全に落ちます。大事なことだからもう一度いいます。紅音が………ぐふっ。


やっほー! 茉莉です。あのクソ○○チ紅音の応援はしないでください。白詰茉莉ちゃんのことだけ、ミ・テ・ネ! わたしだけのために★をつけてっ! 

応援メッセージはク○作者にはいりません。わたしにジャンジャンコメントくださいっ! あとね、レビューも嬉しいなぁ。よろしくねっ。

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