#04 幼馴染は小動物系ペット? それとも観賞用ペット? 後編
やっと放課後になった。河川敷を
「おなか空いてるの?」
「す、空いてるけど……それがなに?」
「い、いや、怒ってるみたいだから」
「うん。怒ってるよ。もうッ! 誰のせいッ!?」
「あ、まだペットのこと怒ってるの?」
「それもあるっ! ペットって酷いじゃん。毎日、春彩のために早起きして、お弁当作って、ベッドまで起こしに行って。朝ごはん作って。放課後も勉強教えて、夕飯作って————」
茉莉ってば、口を手で押さえて、バツの悪そうな顔している。え、意味分かんない。ああッ!! 隠れてなにか食べたんだよきっと。ひどい。俺だってお腹空いているのに。でも、俺に怒っているみたいだし。謝らなきゃ。
「……ごめん。俺、悪いこと言ったんだね。謝るよ。本当ごめん」
「……わ、わたしこそ、ごめん。春彩に言っても仕方ないよね。わたしが好きでやっていることなのにね。それに———なんでもない」
「俺……思い出せるように、がんばるからっ」
「うん………いいよ。こればかりは、仕方ないし。それよりも、あの女………あ〜〜〜腹が立つ」
茉莉は普段、俺以外の人に怒るところなんて見たことない。誰からも好かれるし、みんなから大人気だし、新聞部の夏休み前の企画『彼女にしたいランキング』で堂々の全学年中一位を取ったくらい。『その見た目もさることながら、性格の良さは誰にも引けを取らない』って書いてあった。
その茉莉が、おっかない顔で『あの女ぁ』ってさぁ。夏休みに見たホラードラマの、深夜の神社の裏の木に
「誰のこと言ってるの?」
「あ、なんでもないよ。気にしないで。ごめん、つい心の声が漏れちゃった」
「紅音ちゃんか。茉莉はヤキモチ焼きだしな」
横を見ると……あれ、隣を歩いていたはずの茉莉がいないっ! 振り返ると、茉莉は立ち止まって口をパクパクしている。さっき食べたくせに。それでも足りなくて、いつもより空気いっぱい吸ってお腹満たそうとしているのか。小動物じゃなくて、金魚じゃん。観賞用ペット。あれって、ペットって言うのかな。
「な………なんで
「だって、茉莉も心夜のこと好きなんでしょ。二人で奪い合ったって、紅音ちゃんの方が芸能界近いし、アドバンストリームがあるのかなって」
「え。あば、アヴァンスなに?」
「アドバンストリーム。一歩先に進んでいるって意味なんでしょ?」
「アドバンテージね。ああ……なんだ。そういうこと」
え。そういうこと? なんだと思っていたんだろう。紅音ちゃんに嫉妬する理由が心夜だということはそんなこと。つまり大したことがないということ?
そうじゃなくて、茉莉は別の理由で碧川さんに嫉妬をしている……?
「茉莉がさ〜。紅音ちゃんに嫉妬している理由ってもしかして」
「う、うん?」
「俺が紅音ちゃんを好きだって言っているからだったりして」
「————っっっ!!!」
あれ、そっぽ向かれちゃった。また余計なこと言っちゃったかな。こういうの湿原って言うって満が言っていた。でも、そんな湿っている原っぱと何が関係あるんだろ。日本語ってよく分かんないな。
ただいまぁ〜〜〜やっとこ、帰ってきた。
俺の家は、一軒家。金持ちだったおじいちゃんが残してくれた家らしい。この前、寮から帰ってきた妹が教えてくれた。じゃあ、うちは金持ちなのかって
「金持ちだったら茉莉に頼らず、メイドをいっぱい雇って、ウハウハな生活送るんだけど。貧乏で、ごめん。茉莉に面倒かけちゃうね」
「………それって、まるでわたしが何のメリットもないのに、春彩の面倒見てるみたいな言い方じゃない?」
「いや、実際そうじゃないの?」
「……そんなことないよ。春彩の記憶が戻ったらいっぱい甘————」
「甘い?」
「な、なんでもない。とにかく、春彩の面倒を見るのは、わたしの使命みたいなものだからっ。ねっ! ほら、勉強始めるよ」
鼻歌なんて歌って和室のこたつに入っちゃって。ぬくぬくして「えへへ」って笑っている。マジで、可愛いんだけど。教科書出して、「早く座ってよ」なんて尖らせた口も、食べたいくらい可愛い。ペットボトルのホットレモンを飲む姿も可愛い。だめだだめだだめだ。俺には紅音ちゃんという初恋の人がいるのにッ! でも……。
「ま、茉莉」
「うん?」
「チューしていい……?」
「うぐっ、コホッ」
ホットレモンでむせっちゃった。苦しそうに咳き込んじゃって。可哀想に。さり気なく背中を擦って、抱擁してあげよう。
「コホッ、コホッ。ちょ、ちょっとさり気なくミルキーラブラブピースのタケルくん見たいなことしないでよ。それ、セクハラだからねっ」
「あッ! でも、茉莉はペットだからいいよね」
「うぬぬ。ペットじゃないって言ってるでしょッ! もうッ」
茉莉のとなりに正座する。鼻を
あ、言い方かっ!
「キスしたい……」
「はいはい。記憶がもd———じゃなくて、馬鹿なこと言ってないで、これは覚えて。ほら、ノートに絵を描いてみて。一万円を出したら、お釣りは千円と十円でしょ」
ポニーテールの尻尾に触れたいなぁ。ふさふさしていて、気持ちよさそうだし。
あ、そうだ。そういえば、茉莉に言わなくちゃいけないこと思い出した。カレンダーに印がついている。予定はこれに書き込むこと、って茉莉が壁に掛けてくれたんだった。
「ちょっと、聞いてる?」
「あ、うん。聞いてるけど。茉莉……」
「え?」
「週末、ダンススタジオに行こうと思うんだ」
今度はホットレモンを吹き出しそうになって、口を押さえた茉莉にハンドタオルを手渡した。そんなに悪いこと言ったかな。
「ちょ、ちょっと。な、な、な、なんでいきなり……ダンスやろうなんて思ったの?」
「ああ、えっと。医者がダンス療法で、記憶が戻るかもしれないなんて言うから、その……やったほうがいいのかなって」
「先週の病院は、秋奈ちゃんと行ったんだよね?
秋奈………は俺の妹で、女子校の寮生活をしている。病院はくれぐれも付き添いしてもらって来てほしいって言われているから、秋奈か茉莉が付き添ってくれる。じゃないと、俺が一人で病院に来れるか心配だ、なんて病院の人たちは言うんだよね。行けないわけないだろ、なんて言っても、先生も看護師も信じてくれない。悲しい。
「……俺の好きにしたらいいんじゃないって」
「そ、そうだよね。秋奈ちゃんならそう言うよね。わ、分かった。わたしが付き添うよ。仕方ない」
「いや、いいよ。茉莉だって週末くらい予定あるでしょ。俺一人で大丈夫だから」
茉莉……迷惑そうに言った割には、やけに嬉しそうなんだよね。俺にばっかり合わせてくれなくてもいいのに。茉莉だって、茉莉の生活があるんじゃないのかな。なんだか、悪いなぁ。
茉莉は突然機嫌が良くなって、嬉しそうにノートに似顔絵を描き始めた。え、俺の顔と茉莉の顔………?
「早く記憶を戻して、いっぱい………」
「え? なに?」
「ううん。なんでもな〜〜〜いっ」
茉莉の目はビルの向こうに沈む夕日に照らされて、キラキラしていた。
————————
次回予告。紅音の秘密がついに。
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