#02 パンツを見せてくれたら思い出すかも 後編



 茉莉まりの横に並んで歩くいつもの通学路は、さすがに覚えた。一人でも学校に通える——はず。昇降口で自分の上履きに履き替えて、二階に上がる。



 教室は一番奥。



「みんなおっはよぉぉぉ!」



 挨拶は大きな声で、って国民的放送局の子供向け番組のお姉さんが言っていたのに、誰も挨拶を返してくれない。聞こえなかったのかな。



「みんなぁ〜〜〜おっはよぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

「うっせええ。このキモ男ッ!」

「陰キャがいきなり明るくなりやがって。キモッ」



 キモオ? インキャ? それは、なに? なにを示すの?



「な、なあ。茉莉……」

「あ、あのね。春彩はるやは気にしないでいいの。ね?」

「キモオとか、インキャってもしかして」

「…………うん」

「俺、人気者なのかっ!? キモッって肝が座っているってことだろ。やっぱり、男は度胸っていうし。あれ、愛嬌だっけ」

「………うんうん。そうだね。はぁ……」



 つまり、俺は肝っ玉の座った男でインキャ? ああ、インターナショナルキャラクターってことか。それどういう意味? ま、褒められてることに変わりないか。人気者は辛いね。みんなが褒め称えてくれる。



 自分の席に着くと、となりに座る長い黒髪の美少女に目を奪われる。テレビにも出ていて、グラビアとかも披露しちゃう絶賛大人気中のシンガーソングライター。通称、歌姫。


 名前は、えっと、碧川紅音あおかわあかね。いつも、『BLAZE Distance』 通称ブレディスっていう大人気ダンスグループの元リーダー『心夜しんや』が笑顔でサムズアップしているクリアファイルを眺めて溜息ついているの。ファンなんだよね、きっと。



「紅音ちゃ〜〜〜ん! おはよ。今日も心夜くん見てるの。そんなに好きなの?」

「………あんたに関係ないでしょ。見ないで。全身の毛むしり取って、火で炙るよ」



 めっちゃ怖い。でも、俺はこの子のことが好き。初恋。いや、記憶喪失後の初恋。サラサラの髪の毛と透き通るような肌、それに切れ長の美しい瞳。膝上の丈のスカートから伸びる足がすらっとしていて、胸がドキドキする。そして………あの心の奥に響くような——。



「ねえ、その心夜って人と、俺、どっちがかっこいい?」

「心夜。っていうか、あんた侮辱してる? 屋上から逆さに吊るすわよ?」



 それも怖い。火炙りと逆さ吊りって、犯罪だよね。マジでやりかねない顔している。茉莉とは正反対だっ。茉莉はあんなに優しいのに。



「心夜さまの顔見なさいよ。ぼっさぼさ頭のあなたと似ても似つかないでしょう」



 クリアファイルに映るイケメンは、体調不良により療養中でブレディスを脱退してしちゃったって。それで、全国津々浦々のファンが、復活を所望してるとか。


 碧川紅音ちゃんもそのうちの一人。紅音ちゃんは有名人だし、それこそテレビやニューチューブでも大活躍なのに、学校では心夜を愛する一人の乙女——みたいな顔してる。



「そうかな。あまり変わらないような?」

「人の心に土足で上がり込むような人は嫌いなの。はやく一族もろとも血縁途絶えてくれないかしら」



 け、けつえん………ってなんだ。ま、いいや。ケツエン? 



「尻の穴に興味あるの? 紅音ちゃんって」

「死んでくれて構わないわ」




 昼休みになると、早速、紅音ちゃんに「一緒に食べようよ」と誘う。それがもう日課になっている。でも、コナダニとかマダニとか、イエダニを見るような目で見られる。酷いよ。血を吸うわけじゃないのに。あ、マダニは吸うけど。全国的に被害が酷いってニュースキャスターが言っていたっけ。

 紅音ちゃんは、バッグを手に教室を飛び出していった。そういえば、彼女が食事をするところ見たことない。



「茉莉〜〜〜聞いてくれよ」

「な、なに」



 友人に囲まれた茉莉の背中に話しかけると、一斉にみんなが憐れむような瞳で俺を見る。さげすむとも言うらしい。そんなゴミを見るような目で見ないでよ。だが、茉莉は違う。



「ちょっと、待っててね」



 そう言って、友達の輪から外れた。



「紅音ちゃんが俺をダニみたいに扱うんだ。俺はこんなに愛しているのに」

「随分と安そうな愛だけど…………」

「訊いていいか?」

「なにを…………?」

「俺って心夜に比べたら、かっこわるいのか? 俺にはあまり変わらないように見えるんだけど」

「————っ!」

「え? なにその反応」


 茉莉が驚いた顔をしたから。そんなにおかしなこと言ったかな。



「あ、ちが。うんとね、春彩はそのままでいいの。うん、大丈夫。世界中の人が心夜に味方しても、わたしは、春彩の味方だから」

「わ、分かった」



 でも、民主主義の原理からすると、2対世界中の人では負け決定だよね。民主主義ってそういうものだって、さっきの授業で言っていたし。可哀想な俺。ま、負けてもいっか。



「じゃあ、茉莉、一緒に食べよう」

「………ふぅ。うん。いいよっ」



 ごめーんと友達に謝りつつ、茉莉が俺の腕を引いて移動する先は、いつもの場所だった。



 屋上に上がる階段の先は封鎖されていて、そこが食卓になるわけ。人も来ないし、使っていない机も転がっているし。茉莉は丁寧にアルコールウェットペーパーで掃除して、弁当を広げる。毎朝、俺の分まで作ってくれている弁当は絶品。



「春彩はね、きっと徐々に元の春彩に戻ると思うの。それまでは、わたしが面倒見るから。だから、ほんっっとに早く記憶を取り戻して」

「…………うん。分かってる。ごめん」

「謝ることではないんだけどね。ねえ、本当にあの時のこと覚えていないの?」

「うん……ごめん」

「そっかぁ。なんだか涙出ちゃうなぁ」



 毎日——ではないけど、何回もその話をしてくる。そのたびに悲しそうな顔をするんだから。茉莉のためにも思い出したい。でも、どうがんばっても、思い出したくても思い出せない。頭の中の映像に白いモヤがかかっているみたい。



「もしかしたら」

「えっ!? 思い出したのっ!?」

「パンツ見せてくれたら、思い出すかも」



 すごく、とんでもなく、驚異的に、茉莉は俺を睨みつける。殴られるんじゃないかっていうくらいに殺気立っている。え、俺って空気が読めないの? 茉莉は『空気読め』みたいな顔をしているよ。空気は読むものじゃなくて吸うものじゃん。ってこの前言ったら、デコピンされたんだよね。痛いのは嫌。



「分かった。じゃあ、見せてあげる。その代わり」

「えっ!?」

「思い出せなかったら、どうなるか想像してみて」

「…………どうなるの?」

「ふふふ。くすぐりの刑じゃあああああ。ほら、春彩はここくすぐられると、変な声出すの知ってるんだからねっ」



 じゃれ合っていると、クラスメイトの丹原満たんばらみつるが「ああ、いたいた」と言って、茉莉にごめん、割り込むよ、と言って椅子を運び、俺と茉莉の間に座った。



「なあ、春彩の頼み、調べてやったぞ」

「ま、まじか」

「な、なんの話?」

「碧川紅音の愛する心夜になにがあったのか」

「…………めてっ」

「おお、分かったのか?」

「ああ。うちの母親が芸能関係の事務所で働いていてな。BLAZE distanceっていう超人気ダンスグループの元リーダーでカリスマダンサーの心夜はな、なんと」

「う、うん」

「ある大きなライブ中にステージから五メートル下に落下して————」

「やめてッ!!!! そんな話どうでもいいでしょッ!!」



 茉莉が満の話を遮った。それも、いつもの茉莉ではないような表情で。あまりの鬼気迫る表情に、満も黙り込んだ。何をそんなに恐れているんだろう。心夜のこと嫌いなのか。あ、逆に好きすぎて、思い出しちゃうから聞きたくないっていうファン心?



「ど、どうしたん? 白詰らしくない」

「ごめん。でも、心夜の話はやめて。おねがい満くん」

「茉莉…………もしかして」

「春彩も、心夜なんてどうでもいいでしょ。そんなの知ったって碧川さんは春彩になんて、振り向いてくれないよ」

「心夜にトラウマがあるのか…………パンツ見られたとか」

「そ、そうよ。心夜に奪われたの」




 ————心を。






————————

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