#02 パンツを見せてくれたら思い出すかも 後編
教室は一番奥。
「みんなおっはよぉぉぉ!」
挨拶は大きな声で、って国民的放送局の子供向け番組のお姉さんが言っていたのに、誰も挨拶を返してくれない。聞こえなかったのかな。
「みんなぁ〜〜〜おっはよぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
「うっせええ。このキモ男ッ!」
「陰キャがいきなり明るくなりやがって。キモッ」
キモオ? インキャ? それは、なに? なにを示すの?
「な、なあ。茉莉……」
「あ、あのね。
「キモオとか、インキャってもしかして」
「…………うん」
「俺、人気者なのかっ!? キモッって肝が座っているってことだろ。やっぱり、男は度胸っていうし。あれ、愛嬌だっけ」
「………うんうん。そうだね。はぁ……」
つまり、俺は肝っ玉の座った男でインキャ? ああ、インターナショナルキャラクターってことか。それどういう意味? ま、褒められてることに変わりないか。人気者は辛いね。みんなが褒め称えてくれる。
自分の席に着くと、となりに座る長い黒髪の美少女に目を奪われる。テレビにも出ていて、グラビアとかも披露しちゃう絶賛大人気中のシンガーソングライター。通称、歌姫。
名前は、えっと、
「紅音ちゃ〜〜〜ん! おはよ。今日も心夜くん見てるの。そんなに好きなの?」
「………あんたに関係ないでしょ。見ないで。全身の毛むしり取って、火で炙るよ」
めっちゃ怖い。でも、俺はこの子のことが好き。初恋。いや、記憶喪失後の初恋。サラサラの髪の毛と透き通るような肌、それに切れ長の美しい瞳。膝上の丈のスカートから伸びる足がすらっとしていて、胸がドキドキする。そして………あの心の奥に響くような——。
「ねえ、その心夜って人と、俺、どっちがかっこいい?」
「心夜。っていうか、あんた侮辱してる? 屋上から逆さに吊るすわよ?」
それも怖い。火炙りと逆さ吊りって、犯罪だよね。マジでやりかねない顔している。茉莉とは正反対だっ。茉莉はあんなに優しいのに。
「心夜さまの顔見なさいよ。ぼっさぼさ頭のあなたと似ても似つかないでしょう」
クリアファイルに映るイケメンは、体調不良により療養中でブレディスを脱退してしちゃったって。それで、全国津々浦々のファンが、復活を所望してるとか。
碧川紅音ちゃんもそのうちの一人。紅音ちゃんは有名人だし、それこそテレビやニューチューブでも大活躍なのに、学校では心夜を愛する一人の乙女——みたいな顔してる。
「そうかな。あまり変わらないような?」
「人の心に土足で上がり込むような人は嫌いなの。はやく一族もろとも血縁途絶えてくれないかしら」
け、けつえん………ってなんだ。ま、いいや。ケツエン?
「尻の穴に興味あるの? 紅音ちゃんって」
「死んでくれて構わないわ」
昼休みになると、早速、紅音ちゃんに「一緒に食べようよ」と誘う。それがもう日課になっている。でも、コナダニとかマダニとか、イエダニを見るような目で見られる。酷いよ。血を吸うわけじゃないのに。あ、マダニは吸うけど。全国的に被害が酷いってニュースキャスターが言っていたっけ。
紅音ちゃんは、バッグを手に教室を飛び出していった。そういえば、彼女が食事をするところ見たことない。
「茉莉〜〜〜聞いてくれよ」
「な、なに」
友人に囲まれた茉莉の背中に話しかけると、一斉にみんなが憐れむような瞳で俺を見る。
「ちょっと、待っててね」
そう言って、友達の輪から外れた。
「紅音ちゃんが俺をダニみたいに扱うんだ。俺はこんなに愛しているのに」
「随分と安そうな愛だけど…………」
「訊いていいか?」
「なにを…………?」
「俺って心夜に比べたら、かっこわるいのか? 俺にはあまり変わらないように見えるんだけど」
「————っ!」
「え? なにその反応」
茉莉が驚いた顔をしたから。そんなにおかしなこと言ったかな。
「あ、ちが。うんとね、春彩はそのままでいいの。うん、大丈夫。世界中の人が心夜に味方しても、わたしは、春彩の味方だから」
「わ、分かった」
でも、民主主義の原理からすると、2対世界中の人では負け決定だよね。民主主義ってそういうものだって、さっきの授業で言っていたし。可哀想な俺。ま、負けてもいっか。
「じゃあ、茉莉、一緒に食べよう」
「………ふぅ。うん。いいよっ」
ごめーんと友達に謝りつつ、茉莉が俺の腕を引いて移動する先は、いつもの場所だった。
屋上に上がる階段の先は封鎖されていて、そこが食卓になるわけ。人も来ないし、使っていない机も転がっているし。茉莉は丁寧にアルコールウェットペーパーで掃除して、弁当を広げる。毎朝、俺の分まで作ってくれている弁当は絶品。
「春彩はね、きっと徐々に元の春彩に戻ると思うの。それまでは、わたしが面倒見るから。だから、ほんっっとに早く記憶を取り戻して」
「…………うん。分かってる。ごめん」
「謝ることではないんだけどね。ねえ、本当にあの時のこと覚えていないの?」
「うん……ごめん」
「そっかぁ。なんだか涙出ちゃうなぁ」
毎日——ではないけど、何回もその話をしてくる。そのたびに悲しそうな顔をするんだから。茉莉のためにも思い出したい。でも、どうがんばっても、思い出したくても思い出せない。頭の中の映像に白いモヤがかかっているみたい。
「もしかしたら」
「えっ!? 思い出したのっ!?」
「パンツ見せてくれたら、思い出すかも」
すごく、とんでもなく、驚異的に、茉莉は俺を睨みつける。殴られるんじゃないかっていうくらいに殺気立っている。え、俺って空気が読めないの? 茉莉は『空気読め』みたいな顔をしているよ。空気は読むものじゃなくて吸うものじゃん。ってこの前言ったら、デコピンされたんだよね。痛いのは嫌。
「分かった。じゃあ、見せてあげる。その代わり」
「えっ!?」
「思い出せなかったら、どうなるか想像してみて」
「…………どうなるの?」
「ふふふ。くすぐりの刑じゃあああああ。ほら、春彩はここくすぐられると、変な声出すの知ってるんだからねっ」
じゃれ合っていると、クラスメイトの
「なあ、春彩の頼み、調べてやったぞ」
「ま、まじか」
「な、なんの話?」
「碧川紅音の愛する心夜になにがあったのか」
「…………めてっ」
「おお、分かったのか?」
「ああ。うちの母親が芸能関係の事務所で働いていてな。BLAZE distanceっていう超人気ダンスグループの元リーダーでカリスマダンサーの心夜はな、なんと」
「う、うん」
「ある大きなライブ中にステージから五メートル下に落下して————」
「やめてッ!!!! そんな話どうでもいいでしょッ!!」
茉莉が満の話を遮った。それも、いつもの茉莉ではないような表情で。あまりの鬼気迫る表情に、満も黙り込んだ。何をそんなに恐れているんだろう。心夜のこと嫌いなのか。あ、逆に好きすぎて、思い出しちゃうから聞きたくないっていうファン心?
「ど、どうしたん? 白詰らしくない」
「ごめん。でも、心夜の話はやめて。おねがい満くん」
「茉莉…………もしかして」
「春彩も、心夜なんてどうでもいいでしょ。そんなの知ったって碧川さんは春彩になんて、振り向いてくれないよ」
「心夜にトラウマがあるのか…………パンツ見られたとか」
「そ、そうよ。心夜に奪われたの」
————心を。
————————
面白い、続きが読みたいと思った方、☆いただけると頑張れます(切実
応援やコメント、レビューも気軽に頂けると、本当に助かります!(切実
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます