異世界謳歌をオーバーキル ~屈強なヘヴィメタルアーティストに出会ったら、楽しい時間はおしまいです~
マノまさちか
Intro 鋼鉄の男、異世界に発つ ーHeavy Metal Requiemー
人の波。
爆音を待つ
富士山麓の野外コンサート会場に押し寄せた彼らはみな、一様に拳を突き上げ、叫んでいた。
ラウダー・ザンヘルは、ステージ上からその光景を見ていた。
「ライジングサンのウォーリアーたち、アリガトウ!」
初来日だというのに、それだけで会場は大盛り上がりだった。
ドラムが、ステージ後方から鳴り響く。マシンガンで胸を撃ち貫いてくるような音だ。上手側にいるギタリストが、速弾きをそこに重ね合わせる。観客席からは、雄叫びや指笛、拍手が聞こえている。
ヘヴィメタル。
ヘヴィメタルというと、悪魔を崇拝する顔面白塗り集団が聴いている地獄讃美歌と思われる節がある。マスメディアの印象操作によるものだ。確かに、そういうやつらもいる。だがそれはごく一部の連中でしかない。
本当のヘヴィメタルとは、屈強な男たちによる、人間賛歌である。
ヘヴィメタルを演奏し、ヘヴィメタルに生きてきた。
そこに、疑うものはなにもない。ひたすらに修練を重ねてきた。肉体は鋼のように硬くなり、髪も
胸の高さに下げたベースギターに目をやる。リッケンバッカーと呼ばれる楽器メーカーの特注品だ。その先端には、火炎放射器がついている。弦をかき鳴らす度に、火が噴き荒れるよう、細工が施してあるのだ。人に向けたら殺人犯になり、家屋に向けたら放火魔となってしまう――そういう、職業をしている。
声援を浴びて、しばらく黙っていた。
熱気は静まるどころか、さらに高まるばかりだ。手拍子が続く。日本語で叫んでいるものたちがいる。なにを言っているかはさっぱりだが、クレイジーで最高にエキサイティングなファンであるのはたしかだ。
片手を上げ、うねる歓声を静止する。
「ワタシは、爆音と爆発ガ、大好きダ!」
観客席前列に立つファンたちの顔が、いっそう輝きを増したように見えた。彼らは笑みをこぼしながら、
彼らはなぜ、ヘヴィメタルを聞くか。
明快。みながみな、日常の中で
だができない。実行すれば報復を受けたり、自らが損をすると知っているからだ。
そう、誰もが喉奥に詰まったシャウトを仕方なく呑み込んでいるのである。
ずっと演奏してきた。いつからか、その感情を爆発させてやるのが使命だと、思うようになっていた。いま熱狂している彼らも、それを望んでいる。
ここは、感情を爆発させる場。
ヘヴィメタルとは、誰も止めることのできない、感情の爆発だ。
「オマエたちは、最強のパワフル家族ダ。故ニ、バクハツ、地獄ダ! オマエたちは、絶対ニ死ヌ!」
再び歓声が沸き起こった。
ステージが暗転し、舞台端に立つ人影にスポットライトが当たる。ギネスの判定員だ。その背後には、大量のスピーカーが山積みになっている。
彼女は、私の音がいかに大きいかを記録するためだけに、ライジングサンにはるばる訪れた。その耳には音を打ち消すヘッドホンが装着されている。スタッフたちによると、その下には耳栓もしているらしい。だが無駄だ。なぜならいまから、ヘッドホンと耳栓をも貫く世界一ラウドな音を奏でるからだ。
マイクを握り返す。
「コノ爆音で、オマエたちノ
幾度となく日本語を練習した甲斐があった。会場のポルテージが最高潮になっているのを感じた。
音量のつまみは限界を越えていた。
右手を振り上げ、ひと息で弾き下ろす。ベースの弦が揺れる。大音量の重低音が、スピーカーから吐き出される。ファンたちが、一斉に目をかっ開いた。反射だ。彼らは、身体で音楽を感じている。低すぎる音域を耳で聞き取ることはできないが、全身でその衝撃波を受け止めることはできる。
観客席は、しばらく硬直していたが、直後に彼らは歓喜した。
ラウダーはその光景を確認すると、ベースギターをいま一度構え直した。
これからはじまるのは、光速ピッキング(弦を▽型の小道具で弾くこと)による、ソロ演奏タイムだ。
弾くのは、速弾きの代名詞「
右腕を
そのため、ファンたちは私のことを、
ベースの先端から、火が吹き荒れる。空気が揺れる。ステージのあちこちにある装置から、炎の柱が上がる。
どの国のファンたちも、火が大好きだ。ゆえに、ステージ演出にも大量の火を使うことを心掛けている。
この火は、観客の
「バークーハーツー!!」
叫び声に合わせ、富士の上空に花火が咲き乱れた。
私は、これを見ているすべての人の鬱憤、怒り、憎しみ、哀しみを、浄化の炎で焚き上げ、爆散させる。これを見ている、すべての人が対象だ。
人を憎むなら私を憎め。殺したいか、ならば私を殺せ。
その憎しみは、爆発のエネルギーとなる。ヘヴィメタルの燃料だ!
しかし、横。
バンドメンバーが、血走った眼で、こちらにジェスチャーを向けてきた。これは、水を差す蛮行だ。声も張っているようだが、もちろん、全く聞こえない。
なんだ、邪魔をするな。こっちは破壊のビートを刻んでいるのだ。
「……tch Out !!」
ステージの
かすかに、聞きとれた。だがかすかだ。
「Watch Out !! (訳:危ない!) 」
今度は、はっきりと聞こえた。危ないだと。実にいい褒め言葉だ。
そのとおり、私たちは危ない音楽をやっている。だがなぜ、このタイミングで言うのか、ギタリストの頭の中は計り知れない。
私は、笑顔を見せてやった。
「No!! No!! (訳:ちがう、ちがう!) 」
メンバーは手を横に何度も振り、その指先をすぐ私の頭上に向けてきた。
なんだと思い、振り向く。あったのは、炎。
火と煙を吹き上げながら、ステージを支える柱が倒れてきていた。それはゆっくりと差し迫り、私の後頭部をかち割らんとする勢いであった。
なんということだ、火を使い過ぎてしまったのだ。
――まずい、死ぬ!
死の閃光が、頭蓋を突き抜けた。
おそらく、よけることはできない。そう直感した。故に静寂。スローモーション。
いま立っているここ周辺は、地獄の業火に焼かれるだろう。
にもかかわらず、両手は「熊蜂の飛行」を弾いていた。身体が憶えているのだ。
ヘヴィメタルを演奏し、ヘヴィメタルに生きてきた。
死ぬならば、最後になにをするか。決まっている。その一瞬を迎えるまで、爆音を奏で続けるのだ。そこに機材爆発とステージを焼く灼熱音が合わさったとき、歴史に残る世界的大音量が、ギネス記録に残されることであろう。
ヘヴィメタルに生きてきた。ゆえに、ヘヴィメタルに死ぬ!
柱に潰されるが先か、ソロ演奏を弾き終えるが先か。いま、正々堂々、勝負だ!
フンフン、フンフン、フゥゥウン! フゥゥゥウン!
フォォォオオゥン! フゥォンフォン、フォアッファァーーーーッ!
フォアッファァーーーーッ! フォアッファァーーーーッ!
無意識に、叫んでいた。三度目のフォアッファァーーーーッのとき、演奏は終わっていた。見事に、弾ききったのである。
完奏時のテンポは、自分でも信じられないスピードだった。BPM(=一分間の拍数で、テンポの単位)は、6000を越えていた。ライジングサンの国民的アニメ、アンパンマンマーチで例えるなら、その原曲を66倍速で聴くよりも速い。
達成感に、満ち溢れていた。炎柱は、なおも迫る。だが気持ちは穏やかだった。
来るなら来い、と思った。そう言わなくとも、無情の炎は襲い掛かってくる。
後ろは振り向かなかった。眼前にあるのは、絶叫するファンたちの姿だけだ。
煙が視界を奪ってきた。無数の拳も、やがて見えなくなった。
ゆっくりと瞼をおろす。未練など、とうに消えていた。
後頭部になにかが直撃した。意識が遠のく。身体から力が抜け、舞台に吸い込まれていく。重力に身をゆだねるだけだ。
だが倒れかけたとき、不意にファンたちの声が聞こえた気がした。幻聴の可能性もある。なにせ、大音量で弾いたせいで、耳はすでにバカになっているのだ。
叫び声。たしかに聞こえた。声に引かれるように、最後にもう一度、目を開ける。
だがそこにあったのは、煙の空間。
白煙が、渦を巻いていた。
目を凝らす。空間が歪んでいるように見えた。
もはや、正しく知覚できていないのかもしれない、と思った。
歪みが、次第に大きくなった。そう感じられた。幻覚だろうか。
いや、爆音を出しすぎたのだ。空間が耐えきれなくなったのかもしれない。
フフ、なにを言っているのだ、私は。
まさかな。
そんな冗談を思いながら、眼を閉じた。ステージを、地獄の業火が包み込んだ。
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◆ 用語解説
・ヘヴィメタル …… とても速くて、音量の大きい音楽のこと。
老人には、ノイズに聞こえるらしい。
・ピッキング …… 弦楽器の弦を
“ピック”と呼ばれる三角形の小道具で演奏する。
指で弾く人もけっこういる。
・リッケンバッカー社 …… ラウダーの母国、U.S.Aにある楽器メーカー。
4000シリーズと呼ばれるラインナップが有名。
改造しない限り、炎は出ない。
異世界謳歌をオーバーキル ~屈強なヘヴィメタルアーティストに出会ったら、楽しい時間はおしまいです~ マノまさちか @Mano_Masachika
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