彼女の傍らにはテディベアがいます

 

「………」

(私は……)

(結局)

(彼に何も)

(言えなかった)

(私が)

(あんな事を)

(言わなければ……)

「………」

「あぁ……私」

「なんて、事を……」

(八峡の生きる術を)

(固定してしまった……)

(その道しか)

(生きられなくなってしまった)

(厄介なのは)

(その道を否定してしまえば……)

(八峡は本当の無価値になってしまう……)

(私は……)

(私は……どうすれば……)


「お嬢様」

「朝に御座います」

「お目覚めでございましょうか」

「その」

「朝の日課の最中であれば」

「大きく咳払いをして下さい」

「あ」

「無論」

「朝の日課とはつまり、自ぃ―――」


「黙りなさい」

「界守ッ」


「おや」

「お嬢様」

「どうかされましたか?」

「その様に声を荒げて」

「まるで鞭を打たれた豚の様で……」


「……貴方」

「仮にも主人に対して」

「豚呼ばわりとは」

「いい度胸してるじゃない」


「あぁ」

「申し訳ありません」

「お嬢様」

「お詫びに」

「私が鞭に打たれでも……」


「貴方の方が豚じゃない」

「別に怒って無いわ」

「ただ朝から」

「悩ましく思うだけ」


「それはそれは」

「想い人でも?」


「……そうね」

「ある種、そうとでも言えるわ」


「……これは意外です」

「お嬢様に想い人」

「今夜はお赤飯で?」


「止めて頂戴な」

「別に想い人と言っても」

「恋なんかじゃないのも」

「釣り合わないわ」

「私と彼じゃ」


「……それは」

「その御仁が釣り合わない」

「と」

「とらえても?」


「当たり前じゃない」

「私は贄波家の次期当主よ?」

「彼と私なんか」

「天と地ほどの差があるわ」


「ならば」

「一蹴なさえば宜しいのでは?」

「有象無象に近しい御仁ならば」

「お嬢様には相応しくありませんとも」


「……そう、ね」

「……そう思えれば」

「楽なのだけれど……」

「それが叶わないから」

「想い人なのよ」


「……実に深いお言葉に御座います」

「感服致しました」

「濡れました」


「そんな事報告しないで頂戴」

「……はぁ」

「なんでかしらね」

「くだらないのに」

「界守」

「貴方と喋ってると」

「気分が少しだけ」

「晴れて来るわ」


「えぇ」

「それは勿体なきお言葉に御座います」

「なれば、不肖、この界守綴めが」

「お嬢様の為に」

「気分が晴れる淫語祭りでも行いましょ―――」


「止めて頂戴」

「ねえ」

「本気で」


「失礼しました」

「ではお嬢様」

「着替えましょうか」


「……そうね」

「ありがと、界守」


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