【校舎を経由する】

【前回】https://kakuyomu.jp/works/1177354055478314367/episodes/1177354055480237088



五十市依光は歩き出す。

第一校舎を通って、第二校舎練第二校舎棟に移動する。

廊下を歩いて一年の教室へと向かう。

其処で五十市依光は、声を聞いた。


「ぴぃぴぃぴぃ」


鳥の囀りの様な。

柔らかで安堵を覚える声。

それを聞いた五十市は。

ふと、教室の方へと顔を向ける。

其処は、三教室分を改築した第二図書室。

声に釣られて、五十市依光は扉を開く。


「ぴぃー、ぴっぴっぴぃ」


ご機嫌な声だ。

図書室の中には、少女の背中があった。

隣の席には彼女の背丈以上のリュックが置かれている。


「ん?」

(あれは………出ル羽か?)


五十市依光は、その少女が知り合いであると認識する。

ゆっくりと近づいて、五十市依光は彼女に声を掛けた。


「なあ、出ル羽」


声を掛けられて。

出ル羽いずるは小鳥ことりは、びくり、と体を震わせる。


「ぴぃッ!?」


声を荒げて、翼の様なツーサイドアップが左右に揺れる。

その声に、五十市依光も驚いてしまう。


「うおッ!」

「なんッだおい!」

「そんな声を荒げて」

「……って、お前」


後ろ姿から彼女の頬が動いているのが分かる。

もごもごと口を動かして、何かを食べている様子だ。


「ぴ、ひゅごくッ……ん、ぴッ」


喉を鳴らすと同時。

出ル羽小鳥が、後ろを振り向いて五十市依光と対面した。


「い、五十市、くん」

「ど、どうかしたの?」


オドオドとした表情。

草食動物、いや、小動物、と言う言葉が似合う矮小な存在。

見た目だけは小学生だが、これでも五十市依光と同じ一年生だ。

五十市依光は目を細めている。何か怪しんでいる様子だ。


「……お前」

「もしかして大福食べてたか?」


と、そう告げた。

猫の尻尾が踏まれた様に体を軽く痙攣させる。


「ぴぃッ!?」

「そ、そんにゃ事、無いよ?」


気のせいだと出ル羽小鳥は嚙みながら言う。

人差し指と人差し指を合わせ。

目を泳がせながらぴぃぴぃと掠れた口笛を吹き出した。

五十市依光は白を切る彼女に向けて、頬を指さすと。


「……ほっぺ」

「粉が付いてるぞ」


白い粉が付いていると告げた。

その言葉に彼女は勢い良く掌を頬に触れた。


「ぴぃッ!?」

「え、あ、付いてない……」


しかし、頬には粉は付いてない。

古典的な騙しだが、まんまと引っ掛かった様子だ。


「はぁ……食べてたんだな?」


溜息を吐く。

出ル羽小鳥は泣きそうな表情を浮かべていた。


「ぴ、ぴぃ……」


「確か、二回くらい注意したよな」

「図書室で食べたらダメだって」

「けど、凝りもせず三回目だ」


どうやら彼女は前にも図書室で大福を食べてたらしい。

それも二回も、注意はしたがまったく効いてない様子。


「ぴ、ぴぃぃぃ」


五十市依光の静かな怒りを感じ取り。

出ル羽小鳥は涙を流して表情を曇らせる。


「泣いたって駄目だからな」

「少し叱るぞ、覚悟は良いな?」


出ル羽小鳥には些細な注意は無駄だと理解した五十市。

今度は本格的に説教をする様子だ。


「ぴぃッ」


「ぴぃ、じゃない」

「ルールは守る為にあるんだからな」

「それを守れないお前には罰があるんだ」

「じゃないと、ルールに意味がないだろ?」

「だから……今から怒るからな」


至極真っ当の言葉。

反論する事も出来ず。

五十市依光のお叱りが出ル羽小鳥を襲った。


「ぴぃぃぃぃぃ!」


三十分が経過した。

椅子の上で正座をしていた出ル羽小鳥は泣きじゃくっている。


「――――ひぐッ」

「ひぐっひぐッ」

「ご、ごめんなしゃい、もう、しましぇぇん」

「ぴぃん……ぴぃぃ……」


両手で目を擦る彼女を見て五十市依光は十分に反省したと判断。


「……はぁ」

「反省してるならもう良いよ」

「これからは気を付けるんだぞ?」


最後には、そう優しい言葉で締めくくる。

出ル羽小鳥は声を上擦らせて何度も何度も頷いた。


「ひゃい………ひぐッ、ひぐ……」

「はむ、もちゃもちゃ……」


「……ちょっと待て」


「ぴぃ?」


出ル羽小鳥の涙目な姿を見て。

五十市依光は不可解だと思った。

何故ならば。

叱り付け、理解した筈の出ル羽小鳥は。

机の上にあった大福に滑らかに滑らせて大福を掴んでそれを自らの口に運んだのだ。


「説教した後だぞ?」

「なんで食べてるんだよ!!」


三十分も説教したのに。

出ル羽小鳥は不思議そうな顔をして大福を食べてる。


「え、だって」

「説教……終わったから」


「説教した意味を思い出せッ!」

「図書室で食べるのがダメなんだよッ!」


「ぴぃっ」


そう叫んでしまった。

その声に驚いて再び涙目になる出ル羽。

そして。

そんな声に釣られる様に。

扉が開く音が聞こえる。

其処から現れたのは、癖毛をした長身の女性だった。

体の至る箇所に包帯を巻いている彼女は、気怠そうな目で二人を見ている。


「………なに、さっきから」

「声を………荒げて」


辺留薫だ。

彼女の存在を見て、出ル羽小鳥は涙を流しながら彼女の元へ近づく。


「ぴッ!辺留ちゃんっ!」

「ぴぃぃ!!」


そうして、出ル羽小鳥は辺留薫の後ろに隠れて怯え出す。

そんな彼女を見て、辺留薫は不機嫌そうな表情を浮かべる。

ミニスカートが揺れる。

黒レースの下着が見えると同時。

太腿に撒かれたベルトから士柄武物の鋏を取り出した。


「……こんなに……怖がって」

「五十市………貴方…………」


静かな殺意を込めて。

五十市依光に鋏を向ける。


「待て、誤解するな」

「俺は説教してたんだ」


五十市は極めて冷静にそう告げた。

それを聞いた辺留薫は多少の殺意を殺して言葉を復唱する。


「………説教?」

「…………小鳥……?」


辺留薫は、そう言って小鳥の方に顔を向ける。

出ル羽小鳥は体を震わせて言葉を詰まらせる。


「ぴぃッ!?」

「え、えと、その……」


そんな彼女を見て。

辺留薫は自らの頬に指を添えて行った。


「……ほっぺ」


粉が付いている、と。

その仕草に再び手を頬に付ける出ル羽。


「ぴぃ!?あ、またっ……」


しかし、ほっぺに粉は付いていない。

また騙されたのだ、彼女は。

彼女の様を見て、辺留薫は五十市依光の方に顔を向けた。


「………どうやら……五十市の言葉が……正しい……様ね」

「小鳥………食べたらダメと……何度も言ったでしょ?」


辺留薫は出ル羽小鳥の首根っこを掴んで体を上げる。


(辺留にも言われてたのか……)


何度も注意してるのに図書室で食べている彼女に救いようがないと思っている。


「ご、ごめんなしゃ」


言葉を嚙みながら謝罪の言葉を交えるが。

しかし。

そんな謝罪はこれまでの余罪を含めれば無価値に等しい言語でしかない。


「小鳥……私、言った筈………」

「次……図書室で……食べたら……」

「おしり……ぺんぺん……って」


怒りを見せて。

辺留薫は開いた手を出ル羽小鳥に見せる。

その手を見た出ル羽は恐怖に顔を歪ませてジタバタと体を震わせた。


「ぴぃぃぃぃ!?」

「いや、嫌ァ!あ、たしゅ、たすけてっ」

「いそいちくんっあッ!」


そして、情けなく五十市依光に助けを求めるが。


「……悪いが」

「流石に手を差し伸ばさないぞ」

「きっちり反省して来い」


彼女の期待を切り捨てる。

首根っこを掴まれたまま。

図書室から出ていく辺留と出ル羽。


「ぴぃぃぃぃぃ!」

「だ、だれ、かッ」

「たしゅ、けッぴぃぃぃ!!!!」


廊下から響く声は、恐らく校舎全体に駆け巡っただろう。

しかし悲しいかな、彼女の言葉は誰にも届かず。

廊下の奥へと、二人の姿が消えて行った。


「………」

「さて……」

「図書室掃除して」

「帰って寝るか……」


出ル羽小鳥が残した大福の袋や粉を見て。

五十市依光は溜息を吐くのだった。


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