【確実に倒して援護に向かう】

彼女の元に向かう。

それは五十市依光にとっての正義だ。

しかし、それは彼女にとっての悪意でしかない。

だから五十市依光は彼女の意志に従う。


(ッ稲築さんなら大丈夫だ)

(ちゃんと強い)

(俺が手を出す間も無い)

(つか、稲築さんが怒るだろうし……)


首を前に向ける。

五十市依光を敵と認識する厭穢が。

今にでも攻撃しようとしている。


(だから)

(秒で倒して)

(敵を倒したので次の標的を狙う体で)

(稲築さんに加勢する!)

「おっしゃあ!いくぞォ!」


覚悟を決める。

その覚悟とは。

厭穢を二秒以内に消滅させる事。

神胤を高速で循環させる。

肉体は加速し、威力と耐久性を上昇させる。

白い息を吐き出して、五十市依光は旋棍を強く握り締める。


(穢厭には内部に核が存在する)

(それが穢厭の本体と言い換えてもいい)

(どんな穢厭でも……)

(其処を穿てば消滅するッ!)


地面を踏み込む。

アスファルトの地面が砕ける。

放たれる旋棍の打面。

一撃で厭穢の肉を貫通。

一秒で三十七発。

二秒を以て九十二発の打撃が通る。

その衝撃が肉体の内部へと浸透。

衝撃によって体内の核が崩壊した。

厭穢は消滅。分裂する暇もなく。

それを確認すると同時。

五十市依光は即座に稲築津貴子の元へと向かう。


「うっしゃあ!終わりィ!」

「稲築さん!敵一人、いただきますッ!」


分裂する厭穢へと走る。

稲築津貴子は二体の厭穢と戦っていた。

彼女の衣服を見れば、胴体部分に切り傷が見える。

攻撃を受けていた様子だった。

しかし、表情は常に冷である稲築津貴子。

この程度の攻撃は痛くも無いらしい。


稲築津貴子が後退する。

そして五十市依光が二体の厭穢に近接を挑もうとして。


「……五十市くん」

「範囲内に入ってますので危険ですよ」


そんな言葉と共に。

稲築津貴子は二体の厭穢と、一人の男。

それらを纏めた広範囲の術式を放つ寸前だった。


「え?………ちょ、うわぁあああ!!」


即座に理解した五十市依光。

踵を返してその範囲からぎりぎり逃げ出した。


「〈石重いしがさりゅう自然しぜん術式じゅつしき〉―――」


稲築津貴子の肉体から放たれる神胤。

それは大気と混ざり合って、周囲の環境と同化し、操作する権利を得る。


「〈流潰境りゅうかいきょう〉」


そして、彼女が操るのは重力。

範囲内に入る厭穢は、鉄塊で圧潰されるかの如く。

その肉体は平に変わり、地面へと叩き潰された。

核も共に崩壊し、厭穢は消滅する。

残るのは、一対の雌雄のみ。


「厭穢の周囲の重力を媒介に神胤を放出」

「重力操作による圧殺、これでお終いです」


稲築津貴子は外した眼鏡を再び取り付ける。

それを合図にするかの様に。

稲築津貴子の狐状態は解除された。


「………ちょ、あ、危ッ、な、なにし、してくれッ」


ぎりぎり、範囲に入らなかった五十市依光。

陥没した地面と稲築津貴子を見比べて、口を金魚が餌を待つ様に開閉を繰り返す。


「……?五十市さん、何を腰を抜かしているのですか?」


それを、稲築津貴子は。

バカを目にしているかの様な表情でそう言った。


「は、はわ、こ、この、女ッ!」

「自分のやった事ッ分かって、ッ!」


冷や汗、滲む服。

寒い冬頃には身震いしてしまう。


「えぇもちろん、わかっています」

「厭穢を討伐しました」


「俺を巻き添えにしようとしでしょうが今ァ!?」


立ち上がり、突っ込みを入れる。

その勢いは命懸けだった。


「ちゃんと忠告しましたが?」


だから自分に非はない。

そう言いたげだった。


「コンマも待たずに術式ぶっしたでしょうがッ?!」

「避けれるかあんなの、俺以外だったら死んでたぞ!!」


確かに。

五十市依光の様に。

全体に洞孔を展開している術師は少ない。

そう考えれば確かに。

稲築津貴子の術式は。

五十市依光でしか逃れる事が出来ない。

そう考えても良いだろう。


「貴方以外にはしませんよ」

「避けれると信じたので」


さらりと、そう言った。

まるで魔性の女だ。

その言葉だけで、怒りを抱く五十市依光は。

即座に、溜飲が下がり出す。


「え、あ、そうか?なんだよ、そうか」

「あ、なんかその言葉で許せる不思議」


はは、と笑みすら浮かべる。

そんな五十市依光を見て。


「単純なんですね」


稲築津貴子は今の彼をそう表した。


「うるさいよ」

「………んー」

「でも、やっぱさ、稲築さん」


と。どうやらまた。

五十市依光が無駄な言葉を放とうとしている。

いや、その言葉こそ。

稲築津貴子に対する罰でもあるのだろうか。


「……はい、なんですか?」


嫌々としている。

しかし、稲築津貴子は。

五十市依光の言葉を聞いてみる。


「なんだかんだツンデレヒロイ」


「はい?」


微笑だった。

五十市依光はそれだけで。

最期まで言葉を口にする事は無かった。


「いや、なんでもないです、はい」


そうして、五十市依光は無駄な言葉を省く。

そんなこんなで、二人の任務は終了したのだった。


【次回】

https://kakuyomu.jp/works/1177354055478314367/episodes/1177354055480237088

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