【迷わず援護射撃する】
迷いとは。
時に致命的な欠陥に繋がる。
稲築津貴子は術式を発動し。
その対象をどちらにするか。
迷いが生まれてしまった。
それが、稲築津貴子にとっての致命的となる。
が、少なくとも。
ただ分裂するだけの能力を持つ厭穢。
彼女に攻撃を加えたとして。
軽傷である可能性の方が高いだろうし。
そもそも。
その空間には。
自分の命よりも、他人を優先する男が一人。
其処に居た。
「稲築さんッ!」
「ッのやろッ」
(術式ッ……よりもッ)
(こっちの方が早いッ!)
学生服の裏に忍ばせたホルダー。
ボタンを外して出てくるのは紙の束。
千円札程の形状であるそれは。
黒と赤の墨で呪文が刻まれている。
術符、と呼ばれる代物。
通常の術符とは違い。
飫肥壱教師が考案した万能術符。
神胤を術符に流す事で。
誰でも術符を扱う事が可能。
〈日〉の印。
〈月〉の印。
〈星〉の印。
この参つの術符を組み合わせる事で。
呪符、護符、様々な効力へと変わる。
五十市依光は〈日〉と〈星〉を十枚ずつ取り出す。
日の印による熱源能力。
星の印による加速と射出能力。
この二つを神胤を流す事で発現。
(〈
投げると同時。
術符は幾多の星屑と変わり。
淡い白蒼の光となって、稲築津貴子を攻撃する厭穢に向けて迸る。
縮小された流星群が厭穢の肉体に穴を開けていく。
その内、流星の一つが厭穢の核に掠ったのだろう。
厭穢の肉体はカタチを成せず。
ボフンッ、と黒煙を撒き散らしながら消える。
近くに居た稲築津貴子は尻尾を動かす。
黒煙を浴びぬ様に狐の尻尾で顔を覆う。
「ッ!くッ五十市くんッ!」
「余計な真似をしないでくださいッ!!」
そうして。
助けてくれた人間にそう吠えた。
割りと本気で、怒りの形相をしている。
「あ、やっぱ怒られたッ!」
当然だろう。
あれほど注意しておいて。
手を出したのだから。
激怒するのも無理はない。
「私よりも自分の心配をッ」
叫び、言葉を閉ざす。
五十市依光の背後には。
まだ厭穢が残っている。
他人を優先した結果。
自分が命の危機に瀕している。
「あぁッもうッ!!」
(陰陽五行体系火統咒術式)
(〈
稲築津貴子は術式を発動。
指先から放たれるは炎の矢。
巻き上がる炎を螺子の様に螺旋させて。
威力を極限にまで引き締められた。
それを放つ。
炎の浸食効果はあまり期待出来ない。
しかし滾る火の勢いを凝縮した一撃。
瞬きの間に厭穢の肉体を貫き、その体を爆散させた。
「う、ご、おあぁッ!」
「火、あぶッ、ちょ、稲築さんッ!」
「かすった、今、掠ったッ!?」
爆散した勢い。
それに五十市依光も吹き飛んだ。
地面へと沈む五十市。
微かに、頬に掠った炎の矢。
火傷となる自らの皮膚を指さして。
顔を上げて訴えれば。
怒りに満ちた彼女の形相が其処にある。
「……はぁ、だから言ったじゃないですかッ」
「私を助けなくても良いとッ」
「再ッ三ッ!、そう申した筈ですがッ?!」
荒々しく稲築津貴子は叫ぶ。
その怒声に五十市依光は萎縮した。
「え、あ、ご、ごめんなさい」
「えぇ……其処まで怒るぅ?」
あまりの怒声に。
五十市依光は涙目になっている。
「はぁ……ッ」
「まあ、貴方の性格上」
「人を助けたくて仕方が無い」
「それは、仕方が無いでしょうが」
「救う相手は見極めて下さい」
「救わなくても良い人間を救う事は」
「それはただの自己満足です」
「誰が、貴方の手を欲しているか」
「きちんと、見極めて下さい」
彼女の説教に。
五十市依光は反省した。
申し訳ないと心の底から思っている。
と言うか。
反論したら。
また何か言い返されそうで怖かった。
「は、はい……」
だからもう何も言わない。
ただ相手を肯定するだけの機械に準する。
「………あぁ、もう」
「まあ、その心遣いは感謝します」
「要らぬ感謝、不必要な選択ですけど」
余計な言葉を添えながらも。
一応は感謝の言葉を口にした。
「いや、本ッ当」
「すいまッせんでした」
「……取り合えず、任務は終了しました」
「無駄な世話を焼かせなければ」
「此処まで手古摺る事はありませんでしたが」
まだグチグチと言う稲築津貴子。
先程の謝罪の言葉でもうこの話は終わりだと思ったが。
まだ続いているので、思わず口を挟んでしまう。
「其処まで言うッ!?」
「つかそんな疲れて無いでしょ稲築さんッ」
五十市依光よりも。
稲築津貴子の方が疲労は少ないだろう。
五十市依光は肉体と術式を使ったが。
稲築津貴子は、術式しか使ってないからだ。
「心労が疲弊してるんですよ」
「それに、私が此処まで言うのは」
「自分自身を疎かにしている愚かな人間が居るからです」
「他人を救う前にまず、自分が安全かを確認する様に」
「分かりましたか?」
まだ続く。
多分、車に戻っても。
時折愚痴る様に言うのだろう。
「はい、いや、もう」
「心が痛む程に、十分に分かりました」
「分かりましたんで」
「勘弁してください……」
泣き言の様に。
五十市依光は言った。
そこで稲築津貴子は深く溜息を吐くと。
「……わかればよろしい」
「それでは、戻りますよ?五十市くん」
それでようやく。
小言は終わり。
二人は任務を終えて。
車へと戻るのだった。
【次回】
https://kakuyomu.jp/works/1177354055478314367/episodes/1177354055480237088
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