旅路と帰路

任務の為に界守が手配してくれたリムジンに乗り込む。

長距離の移動は普通車両だとお尻が痛くなるから嫌いだけど。

リムジンは社内スペースが広いから窮屈感を感じないし。

シートもフカフカだから私は長距離の移動はもっぱらリムジンが多かった。


界守が適当にドリンクをグラスに注いで私に寄越してくるから。

それを受け取ってみるが。

すぐに呑んでみたりはしない。

昔。

間違えてアルコールの入ったドリンクを飲んでしまって。

大失敗した経験があるから。

あれ以来ドリンクを飲む時は注意して飲む様にしてるの。

味はちゃんとしたオレンジジュース。

少量を口に含んで喉に流していく。


数時間、車内で時間を潰した後。


「贄波様」

「後十分で目的地です」


近くに座る界守が懐中時計を確認して言う。

もうじき、命を懸けた戦いが始まると思うと少し強張ってしまうけど。

その度に私は目を閉じてこう唱えるの。



『私は贄波家の人間』

『失敗は存在しない』

『贄波家に敗北は無い』


―――と。

私は私自身に暗示を掛けて。

無理にでも奮い立たせる。

昔からの緊張や恐怖を解す為の暗示は案外効果は覿面で。

私が目を開くと体を鈍くさせる強張りは消え去った。


「贄波様」

「お時間です」


その言葉と同時にリムジンが停車する。

私は立ち上がると共に外へと出ていく、目の前に広がるのは街並みだった。

かなりの都会なのだろう。

ビルが聳え立っていて見た事のあるチェーン店が並んでいる。

片田舎じゃまず見られない広めの公道。

目の前には。

金髪のチャラチャラした男が解体電話で品の無い言葉を発しながら歩いている。


「それではお嬢様」

「任務終了後にお迎えにあがります」


「えぇ、お願い」


リムジンが道路を走り去るのを見て。

私は首を振った。

髪の毛が左右に揺れる。

目の前から通り過ぎようとする金髪の軟派男は。

その髪の毛を避けて私を一瞥すると。

何事も無かったかの様に通り過ぎる。


「待ちなさい」


その男に声を掛ける。

男は一瞬だけ足を止めるがすぐに歩き出して会話をし出す。

私の言葉なんて聞こえてなかった様な反応。

別に良いわ、それくらいの態度。

見逃してあげる。

けれど、ここから先は。

逃がしてあげたりしないんだから。


「三秒だけ待ってあげる」

「逃げるも向かうも自由よ」

「けど三秒経ったら始めるから」

「何時までも常人ぶるのも辞めなさい」


軟派男はその言葉を聞いて周囲を見渡した。

何か異変に気が付いた様子らしいけど。

もう今更、遅いこと。


「一秒」


彼が後ろに居る私に振り向いてその顔を見ながら電話を続ける。


「あぁ、悪い……」

「喧嘩だわ、マジゴメン」


そう言ってガラケーの電源を落として。

青色のジャンパーのポケットにガラケーを押し込む。


「二秒」


私は気にせずカウントを始める。

軟派男は小さく笑みを浮かべて目を細めた。


「あぁ」

「人も車も」

「見かけねぇな」


両手をぶらりと垂らして、臨戦状態に入る。

それを合図に私は「三秒」と最後のカウントを終えると。


「―――〈ソノコ〉ッ!」


私は術式の名前を口にして、戦闘態勢に入るのだった。

私の言葉に呼応して、足元から出現する一つの塊。

それは人のカタチを成して、頭部に生える龍の顎を開かせた。


「オ、ネッ……ヂャァアアアアアアアア!!」


甲高い声、耳が張り裂けそうな程に五月蠅い。

これが私の能力、祓ヰ師としての力。贄波家の術式。

―――屍子流しかばねりゅう傀儡術式くぐつじゅつしき


古より贄波家は怨霊を傀儡として操る術式に長けていた。

怨霊の自由を縛り。

人形の様に操作して戦わせるのが贄波家の術式。

屍子流傀儡術式の本髄だ。

彼女は〈ソノコ〉。

私が操る怨霊。

贄波家の歴代で最強と謳われる強力にして狂暴な怨霊。


過去贄波家当主の祓ヰ師でも。

これ程の怨霊を操る事は不可能とされていた。

つまり私は贄波家当主の中でも最も強い祓ヰ師、と言う事になる。

尤も、まだ贄波家当主の称号は得ては無いけれど。

何れは私が贄波家当主である事をお婆様に認めさせてあげるわ。

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