激怒・興奮・叱咤

なんなの、あの男。

失礼にも程があるわ。

あんな不良がこの学園に滞在しているだなんて。

教師はよくあんな人間の入学を許可したわね。


不愉快でしかないわ。

あんな人間が同じ祓ヰ師だと思うと反吐が出る。

あぁもうっ。

これほど怒ったのは厭穢に体を触れられた時以来よ。


如何に祓ヰ師は変人奇行が目立つ変態者が多いとしても。

あんなにも人を不愉快にさせる祓ヰ師は彼が初めて。

まだ全裸主義だったり。

嗜虐性癖であった方が幾分もマシに思えるわ。


そんな事を思いながら。

図書館に到着した。

扉を開けて中に入ると。

密集した古本の匂いが香って来る。

私は机に座って目を閉じる。

気分を沈める為に意識を脳内に集中した。


……大丈夫。

これくらいで取り乱す事は無い。

私は贄波家の人間なのだから。

むしろ取り乱してはならない。

歯牙にも掛けちゃダメ。

あれの事は底辺ゆえの醜い行動であると納得して……。

そう。

ああいった輩は。

簡単に下手を踏んで死んでしまうから。

あんな人間の事を考えなくても良いの。


私は自分自身を説得して。

ようやく気分が落ち着いてくる。

口から重い吐息を吐いてゆっくりと目を開く。

大丈夫、私は冷静。

贄波家として恥ずべき行動はとっていない。


私は席を立つ。

早くあんな不快な男を忘れる為に。

本の世界に没頭する方が良い。

私は本棚から適当な小説と見繕って席に戻る。

話の内容は短編小説が良い。

どうせこの小説は界守が来るまでの暇潰し。

続きが気になる長編小説は止めておいた方が良いものね。


小説を読んで。

一つ二つのストーリーが終わって。

三つ目のストーリーを見ようとしたとき。

扉が開かれて、界守綴が私の前に姿を現した。


何時見ても、彼女の服装は大胆だ。

一応はメイド服としての体裁はしているけれど。

それはメイド服と言うよりかはコスプレ服に近かった。


だって。

胸元は大胆に開かれて今にでも胸部が零れ出そう。

スカートの丈は薄い生地で出来ているのか。

彼女のガーターベルトやランジェリーが目を凝らせば見えてしまう。

極めつけには。

彼女の首にはチョーカーとは言い難い犬の首輪が装着されていて。

動く度にリードの様な鎖が揺れて、見るからに卑猥な姿だった。


彼女は昔から被虐趣味である事は知っているけれど。

私は彼女の姿を理解する事は生涯無いでしょう。


「遅かったのね」

「何かあったのかしら?」


私が小説を閉じて、彼女に伺うと。

界守は頭を下げて。


「少し体を弄っておりました」


と下腹部に手を添えて厭らしい笑みを浮かべる。

彼女の下品な冗句も。

今となっては清涼剤の様なもの。

私の燻る怒りに失笑の感情によって完全に掻き消される。


「貴方は何時もそれね」

「まあ、いいわ」

「今夜中に任務があるの」

「準備等をお願い」


私はそう言って事前に先生から貰っていた書類の入った封筒を界守に渡す。

界守はその封筒の中身を見て綻ばせる笑みが消える。

その内容に驚いている様子だった。


「失礼ですがお嬢様」

「これは何かの手違いでは?」

「この任務の内容はどう見ても」

「二年生が受注できる内容です」


彼女は私の思い描く通りの言葉を言ってくれる。

私はさも当然かの様な表情を浮かべて。


「私の功績が認められたの」

「これからは二年生の任務依頼も」

「受ける事が出来るでしょうね」


小説を閉じて私は立ち上がる。

小説を元にあった本棚に戻すと実家に戻る事にした。

今日は早めに休んで今夜の仕事に集中したい。


「界守、移動までの時間は?」


「二つ県を跨ぎますので」

「高速を利用すれば三時間で到着します」


「じゃあ時間の調整をお願い」

「私はそれまでに準備をするから」


準備と言っても些細なことで。

主に移動時間になるまで睡眠を取ったり。

術式がきちんと起動するかどうか確認をするだけ。

長く掛けても三十分も掛からない。


「贄波様」

「今回の任務は」

「おひとりで?」


再度確認する様に界守が伺う。

私はその言葉に頷いた。

当たり前な事を聞いてくるのね。


この任務は特別に私の為に用意されたものなのだから。

必然的に任務に参加する人間は私だけになるわ。


「えぇ」

「特例よ?」


しかし彼女は少し複雑な表情をしていた。

どうやらその任務の内容に彼女は割に合わないとでも思っているらしい。

彼女が心配するのも無理はない。

私が受け取った任務の依頼は「転生者討伐」なのだから。


転生者。

そう言っても思い至るのは人間の死後。

異界へと飛ばされる様な冒険ファンタジーくらいだろうけど。

私達祓ヰ師にとって転生者と言う言葉の意味合いは違う。


転生。

それは魂の死後に裁判を掛けられ。

魂は六つの世界の何れかへと向かい。

新しい生命を宿す事になる。


人間道。

餓鬼道。

畜生道。

修羅道。

地獄道。

天界道。

この六つの世界。

それを総称して『六道輪廻』と呼ばれる。


本来死亡した魂は輪廻の渦に巻き込まれて。

生前の記憶を浄化されて別の世界へと転生するのだけど。


時稀に強い自我によって記憶を維持する魂が。

記憶を保有したままに人間道へと転生する事がある。


その記憶を保持する者が転生者と呼ばれて。

彼らは特別な術式を取得する事で。

前世から自らの情報――即ち生前の自分自身を現世へと再導入する事が出来る。


それはつまり。

彼ら転生者が生前に居た世界。

その理や能力を引っ張りだす事が出来ると言う事。


ただそれだけならまだ問題は無いけど。

一番問題なのが前世の記憶。

自我が継承されている事にある。


もしも。

修羅道の住人が人間道に転生した場合。

その記憶を宿しているのなら。

彼らは好戦的で人を殺す事に長けている。

修羅道では殺し合いが認可されているから。

この人間道でも修羅道と同じ様に人を殺す可能性がある。


だから。

転生者がこの世界に存在する事は危険であり。

協会の保護下で無ければ殆どの転生者は討伐対象になってしまう。


私がこれから相手をするのは。

そんな野蛮な転生者。


人間を相手にするのは指を数える程しかないけれど。

討伐をする事が出来たならば。

評議会は私の階級を無条件で上げてくれる事でしょう。


争い事はあまり好まないけれど。

私の行動で贄波家の名が上がると思うと。

………少しだけテンションが上がったり。


「界守」

「柄じゃないけれど」

「滾るわ」


 私が彼女に向けてこの任務に強い意識を向けている事を告げる。


「滾り過ぎて濡れませぬ様に」

「ランジェリーを用意しましょう」


そう言って界守は。

早朝に用意したスケスケのランジェリーを取り出した。

いらないわよそんなもの。

貴方に話を振った私がバカだったみたいだわ。


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