酒乱教師は笑い上戸

「失礼します」


職員室に入ると。

不快な匂いが鼻孔の奥につんと突いていく。

その匂いに眉を顰めて歩き出すと。

その匂いの元凶である女教師が机の上で酔っぱらっていた。


「んゆ~……ん?」

「ふわぁ、贄波ちゃーん」


そう言って駕与丁かよいちょうみやび先生が。

私の顔を見てだらしない笑みを浮かべた。

緑色のカーディガンを羽織って。

その下に真っ白なシャツを長スカートにインした姿。

其処だけ見れば教師にも見えなくはない。

軽くカールを巻いたボブヘアーもオシャレで良いと思うけれど。


その真っ赤にした顔で。

蕩けきった瞳で此方を見る姿はいただけない。

これが学園の中でも数少ない常識人。

まともな教師であるのだから驚きだ。

彼女の机の上には。

教師としてあるまじき大量の酒瓶や酒缶が鎮座していて。

その殆どが封が切られていた。


この職員室を包み込むお酒の匂いから察するに。

昨日からお酒を職員室で飲んでいたらしい。

本当に教師としては失格な行為だけど。

この学園の教師は教師として機能していないので。

彼女たちに教師らしい事を望んではいけない

と自分に言い聞かせる。


言い聞かせでもしなきゃ。

教師に向けて侮蔑と低俗な言葉を口に出してしまいそうだから。


「おはようございます、先生」

「今回はどの様な任務が?」


私は早々に話を始める事にした。

任務と言うのは。

この学園に在籍する生徒の為に用意された課題の様なものだ。


その課題、基、任務と言うのは。

偏に言えば討伐と捕獲に分けられる。

厭穢けがれあやかしと言った疑似生命体の討伐があれば。

外化師げけしと。

そう呼ばれる元協会所属者の祓ヰ師の捕獲、及び討伐。

法的違反を起こした者も、処置を行わなければ外化師の対象となる。


後は。

転生者てんせいしゃによる謀反の阻止。

救世主きゅうせいしゅによる人類滅亡の阻止を主に行うわ。


まあ。

後半のは余程の事じゃない限り。

学生である私たちに任せられる事じゃないけど。

人間関係の任務は二年生からの受注が可能。

私は現在一年生だから精々厭穢や妖退治と言った任務が関の山。


それでも。

私の実力を評価しているのか。

任務の内容は他の生徒よりも少し高めになっている。


「えっとぉ……」

「……なんだっけぇ?」


アルコールに頭をやられてしまったのかしら?

軽く記憶障害を起こしている彼女に私は軽蔑な視線を送ると。

流石の先生もその視線の意味を理解したのか、慌ててお酒が入った缶酒を掴んだ。


「ま、待っててにぇ」

「今、迎え酒で思い出すからぁ」


そう言ってお酒を一気飲みする駕与丁先生。

信じられないけれど。

この人はお酒を飲んだ方が素面に戻りやすいらしい。

ぷはぁ、と。

アルコール臭い吐息を吐いて缶酒の中身を空にすると。

ケロッとした表情を浮かべて。

駕与丁先生は真っ赤な表情が消えて快調な朝を迎えた様な爽やかな表情を浮かべる。


「ごめんねぇ贄波さん」

「確か次の任務のお話だったよね?」


呂律の回らない喋り方は嘘の様に消え失せて。

はっきりとした口調で駕与丁先生が教師らしくなっていた。

最初からこの状態であればうれしいのだけど、無理な相談よね。

私はお酒を飲んで素面になった先生に頷いて、資料を要求する。


「えっと、ちょっと待ってて」


ガサゴソと机の上に纏められた資料を確認して、一枚の紙を私に渡してきた。

その内容を見て、私は内心驚きを隠せないでいた。

だってそれは、通常なら一年生が担当していい任務の内容じゃないから。


「評議会の皆さんが決めた事でねぇ」

「ある一定の実力を持つ生徒に回しても良い事になったらしいの」

「今期だと二年生と同じ任務を受ける事が出来るのは」

「東院くんと贄波さん、この二人だけなんだって」


これは願っても無い事態で。

私は内から湧き出る興奮を隠しきれなかった。

つい口角が上がってしまう。

それを悟らせない為に手で口元を覆い隠してしまう。


「ありがとうございます」

「これも先生方によるご鞭撻の成果です」

「これからも精進して参りますので」

「この先もまた、宜しくお願いします」


私は両手を前に揃えながら丁寧に頭を下げた。

今日ばかりは、先生に感謝してしまう程に嬉しい出来事だったから。

けれど、この喜びはこの一瞬だけにしなければならない。

贄波家の人間ならこの程度のことなんて選ばれて当然な事なのだから。


だから私は頭を上げると同時に気持ちを引き締める。

口角を無理に抑えて仏頂面を作り上げて、駕与丁先生の顔を見た。

駕与丁先生の手には、何時もの様にカップ焼酎が握られていた。

それも片手に一つずつ持っていて、飲み比べを行おうとしている風に見える。


「それじゃあお祝いをしなきゃね」


 駕与丁先生はそう言って、私にカップ焼酎を渡してきた。

 それが意味する事とは、つまり、私にお酒を飲め、と言う事だろうか?


「祝い酒、今日は呑んでいくよ!」


そう子供の様に無邪気な笑みを浮かべるが、それは邪気しか感じ得ない。

こういう人を陥れる様な真似をしなければ。

まあ、良い教師と言えないくも無いのだけれど。


「私、未成年なので」


実家の行事で良く酔っ払いにお酒を勧められる事があるから。

私はよくあるお酒の断り方をする。

それでも勧めて来る人はいるけれど。

お決まりの冷酷な視線を浴びせれば。

大抵の酔っ払いは察してお酒を勧める事は無くなるけれど。


「だいじょうーぶッ!」

「これ、酔えるお水だからっ」


この人にはそんな鋭い視線は効かないみたい。

私の視線はさながら獲物を狙う獣の様な弱者を震え上がらせる視線だけど。

彼女は私の視線如きじゃあ恐れを抱く所か。

その視線を痛快に感じて酒の肴にするのかも知れない。


それ程に彼女と言う人間は、祓ヰ師の私から見ても強い人だと思った。

伊達に教師と言う称号を得てはいない、と。

けれど、私が彼女のお酒を飲む理由にはならない。


言っても効かないのなら。

後は聞かなかった事にするしかないじゃない。

無視は少し心苦しいけれど。

生徒に酒乱の道を進める罰だと思えば罪悪感は感じないわ。


「失礼します」


私はそう言って踵を返して職員室の外へと向かう。

駕与丁先生は私にカップを最後まで差し出していたけれど。

私が職員室の扉に手を掛けると。

その持っていたカップ焼酎をちびりと飲んでいた。

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