【再更新】技巧師は無防備



八十枉津やそまがつ学園がくえん

未成年の祓ヰ師が通う教育機関。

その授業内容は基礎的な祓ヰ師としての知識が学べる他。

教師との戦闘訓練や同年代との交流などが行える。


しかし多くの生徒は由緒正しき祓ヰ師の家系。

学園で学べる知識は幼少期の内に教育されている為。

この学園に入学して学ぶ事なんて殆ど無い。

けど祓ヰ師が生徒として通うメリットは多かった。

私がこの学園に通う理由を挙げるとすれば。

八十枉津学園は祓ヰ師としての実績を得る為に利用している。


学園には課外授業と称した任務がある。

その任務を多数熟せば。

上限はあるものの。

いち早く階級を進級させる事が出来る。

階級は祓ヰ師の世界……咒界では大きな役割を持つ。

単純に上下関係の確立。

祓ヰ師に支払われる固定給の上昇。

運が良ければ評議会の次期役員として抜擢される。

その他、多くの利点が存在する。


私の場合、と言うよりも贄波家の場合。

『一流の祓ヰ師である以上』

『学生の身分であれども』

『最低でも上限階級に至るべきだ』

と、お婆様からのお達しで。

私はそれに遵守する為だったりするわ。


だから基本的に。

私は祓ヰ師としての階級を上げる為に。

この学園に入学して仕事をしているの。


―――学園に到着した。

警備員に身分証明書を確認。

校門を通れば、八十枉津学園へと登校する。

自然と人工物が混じった退廃した文明の様な校舎。

元々、この場所には大きな山があったらしいけれど。

御三家の一人が山を一つ潰して。

無理やり土地を開拓したらしく。

一晩で更地に変えて見せたらしいわ。


(まあ、その影響か)

(お山の怒りを買ってしまって)

(厭穢が出現したらしいけど)


校舎へと向かう途中には倉庫があって。

其処には必ず一人の女の子が作業をしている。


夕暮れの稲穂畑。

そんな風に連想させる栗色の髪。

それを筆の毛先の様に纏めて。

赤色のジャージと藍色のブルマを着た彼女は。

黙々と人型の機械人形を弄っていた。


無機物の塊。

まるで廃材スクラップアートの様な代物。

ガラクタの山としか見えないそれは。

五百年前から存在し続けていて。

尚且つその性能は一流の祓ヰ師にも匹敵すると言うのだから驚きだわ。


彼女は後ろから歩く私に気が付いていなくて。

その場にしゃがみながら作業をしている。

無防備な彼女の後ろに私は立つ。

ブルマの隙間から色気の無いベージュ色の下着が見えていた。


「ねえ」


女性として油断している彼女に。

私は後ろから声を掛けると。


「っ?!」


ビクリと体を震わせる。

私の声に反応して驚いたらしい。


即座に後ろを振り向いて私の顔を見ると。

彼女は私だと言う事に気が付いて安堵の声を漏らした。


「わぁ……贄波さん」

「驚いたぁ」


彼女は「よいしょ」と言って立ち上がり柔らかな笑みを浮かべてくれる。


「やっほやっほ」


彼女流の挨拶は朝昼夜でも変わらずその挨拶で統一されている。

言葉を変えなくて便利ではあるけど軽さを感じてしまう。

些細な事だけど。

やっぱり挨拶はキチンとした方が気持ちが良いと思うから。


「おはよう、葦北あしきたさん」


私はそうちゃんとした挨拶を行った。

挨拶を交わして彼女の顔をマジマジと見る。

整った容姿の彼女は全体的に丸みを帯びている。

と言っても太っているわけじゃなくて。

胸部や臀部と言った女性としての魅力が詰まっていて。

女から見る私でも少し羨ましいと思ってしまう。


彼女の姿を形容するのなら。

それは可愛いの一言に尽きる。

まるでハムスターの様な愛玩動物で。

見ているだけで癒されてしまう。


けど。

そんな彼女の艶のあるほっぺには。

汚らしい黒色のオイルが付着していた。

私はポケットからハンカチを取り出しながら彼女に近づく。


「ん、え?」

「どうしたの?」


彼女が近づいてくる私に向けてそんな不思議そうな声を出した。


「頬にオイルが付いているわ」

「取ってあげるから」

「じっとしてて」


彼女の頬に触れながら私はハンカチで優しくオイルを拭う。

一度拭くとオイルが広がっていくから。

ハンカチを綺麗な面に合わせて丹念に拭いていく。


「ん……」

「これで大丈夫」


ハンカチを広げて畳み直す。

オイルの付いた方を裏面にしたけど。

オイルが滲んでシミが出来ていた。

これはもう使い物にならないわね。

勿体ないけど後で処分しておきましょう。


「贄波さん」

「ありがと」


彼女がお礼を言った。

私は気にする事は無いと告げてハンカチを持ったままその場を去る事にした。

本当は校舎に行きたかっただけで。

この倉庫前は本校舎に行く為に必要な道でしかない。


彼女に挨拶をしたのは。

友達だから。

……という訳では無い。

彼女もまた私と同じように家系に縛られた存在であるから。

私が贄波家を背負っている様に。

彼女も葦北家として家系を背負っている。

何処か境遇が似ている私と彼女だから。

何かと心配してしまうの。


「それじゃあ」

「葦北さん」


「うん」

「ばいばい」


そう言って彼女が手を振った。

その姿を見て私は振り返る事無く本校舎へと目指して歩き出した。



校舎に入る私は下駄箱に靴を入れた。

上履きに履き替えると私は廊下を歩き出す。

普通なら一年生が集う教室へと足を運ぶのでしょうけど。

私は教室には向かわずに職員室へと向かい出す。

殆どの学生は教室なんて利用しない。

学園と銘打っておきながら教育と言う観念を放棄している。

この学園で授業を習う生徒なんて指で数える程しかいない。


精々。

本日は出席しましたって出席簿に印を押すくらいしか教室を利用なんてしないから。



朝っぱらの校舎は静かだ。

元々。

学園関係者が少なく廊下を利用する者が少ない事もあるけど。

この朝日が差し込む廊下を歩くのは嫌いじゃない。


「―――え?」


けれど。

その朝日が一瞬だけ途切れて。

硝子の窓に何かが衝突する。


……音が鳴る。

その甲高い音は耳に入るよりも早く。

硝子の破片が周囲に散らばった。

日の光を反射する硝子の欠片。

光を反射する硝子は鮮やかに周囲を照らす。

がしゃん。

と硝子が割れる音が耳に入る。

一瞬の幻想は途切れて。

そのまま壁に激突する人の姿。

腹部から血を流して。

その体は瀕死の状態だった。


特に物怖じしない私でも。

こればっかりは少し凝っとしてその場に立ち尽くしてしまう。


「ぐ、バッ、はッ」

「が、ぁッ、えぁ…ッ」


金髪の男性は、床に手を付けて体を起こそうとする。

苦痛に顔を歪ませた彼は硝子の破片に身を裂かれていた。

様々な箇所から血を流して、痛ましい様子だ。

苦しそうな表情。

それは今にでも死にそうな様子で。

しかし、私は彼の元に大丈夫かと近寄る真似はしない。


と言うか。

私は割れた窓硝子の縁から。

校舎に侵入してくる黒コートの男性から目が離せないでいた。

四十代前半で。

少し老けて見えるその男性はこの学園の教師だ。


教師と言っても名ばかりで。

その実態は人を殺す事に長けている殺し屋の様なもの。

昔はそう言う組織に配属していたと聞くけれど。

良くは知らない。いや、知ろうとしてはいけなかった。


「あっ……」


私の視線に気が付いたのか。

教師が振り向いて私の顔を見た。

その視線を向けられるだけで私は体が固まってしまう。

何か言うべきなのだろうか。

一瞬だけ躊躇する私に対して。


「なんだお前」

「来ていたのか」


私の事なんて興味がない。

まるでそんな口ぶりだった。

その言葉だけで。

私が何か言葉を口にだそうとしていたけど。

全て忘れてしまった。

多分、多少なりのショックが混じっていた、と思う。


「……失礼しますっ」


ムキになって、私はその場から離れる。

硝子の破片を踏まない様に注意をしながら。二人の傍から遠ざかる。


私の態度は、別に、まったく、貴方なんかに。

これっぽっちの興味なんて感じない。

そう見せる様な、強がり。

……えぇ、そうよ。興味なんて無いわ。

元とは言え。

あの男。

贄波にえなみ阿羅あら教師が。

例え私の実の父だったとしても。



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