出会いは最悪

私が学園に滞在する理由が一つ消えてしまった。

後は教室の出席簿に自分のサインを書いてしまえば。

これで完全に滞在する理由が無くなってしまう。

けど、学園から実家に戻る理由も無かったから。

私は空いた時間をどう埋めるか考えながら歩き出す。


このまま街に出かけるのも良いかも知れないけど。

その時は界守と一緒じゃきゃダメ。

お付きが居ないと。

買い物でお洋服や新しい靴を見つけて。

荷物を持ってくれる人が居ないし。

界守は卑猥な言葉を口にするけれど案外話し易い姉の様な存在で。

彼女となら一緒にショッピングも悪くないと思ってる。


つまり一人で街へ出かけるのはつまらないわけで。

特に意味も無く街を散策して。

無駄な疲労を持ったまま今夜の任務に足を運びたくはない。


なら図書館にでも行って読書でもしていましょうか。

この学園の生徒数は百にも満たない程で。

その殆どは学園外に居たりするから図書館を利用する生徒は少ない。

だからほぼ貸し切り状態で色々な本を読み漁る事だって出来る。

なんなら色々な本を見繕って本の山を作ったって誰も文句を言わないわ。

勿論そんな真似はしないけれど。

本の山を作ったってそれを戻すのは私の役目だし面倒な真似はしたくない。

あくまでも比喩で、例えだから。


まあ、そう難しく考える話でもない。

図書館で時間を潰して、遅れて来る界守と合流したら。

家に帰って任務の準備でもしましょう。

図書館への道のりは校舎から出て、グラウンドを通った先にある。

上履きから靴に履き替える為に昇降口前まで戻ると。

私は青と白の色をした上履きを脱いで、黒色の革靴を取り出す。

黒くしっとりとした光沢を帯びる革靴は毎日界守が革靴を磨いてくれる。

私は色々な服や靴を買ってはいるけど。

学園に行く際には必ず彼女が磨いてくれる革靴を履いて登校するのだ。


再び外に出ると。

涼やかな空はからっとした太陽が昇っていて。

暖かな視線が地面に降り注いでいた。

上を向くと太陽の光に眩んで。

手を翳して目を細めながら空の様子を伺った。

雲一つない快晴の大空に心地よい風が流れ出す。

今日と言う日を祝ってくれているかの様に清々しい一日だった。


少しだけ上機嫌な気持ちを持ちながらも。

世間には興味が無い様な顔をして私は歩き出す。

校舎から離れてグラウンド近くを通る。

グラウンド近くの通路には軽い休憩スペースがあって。

其処には茶色に塗装されたベンチや、自販機が置かれている。

此処で飲み物を買う人間はグラウンドで体を動かした人間が多いので。

その自販機の内容もスポーツドリンクだらけ。

炭酸関係はビタミン豊富な飲料水しかない。

他にも飲み物があるとすれば、缶コーヒーくらいでしょう。


運動をしない人間にとっては微妙なラインナップの自販機に。

人が縋る様に倒れていた。

安い染髪剤で染め上げた様な。

茶色交りの少し長めの金髪が彼の荒い息遣いと共に揺れている。

真っ黒な学生ズボンにはじゃらじゃらとしたチェーンがベルトに繋がっていて。

傷だらけのデニムジャケットには彼の血が付着していた。


彼の姿には見覚えがある。

私が職員室に向かう前。

校舎の窓硝子を破壊して。

壁に叩き付けられた贄波先生の戦闘訓練の相手だった筈。

確か彼は見た感じだと瀕死の状態だった。

腹部から血を流して体は微塵も動かす事も出来ず、虫の息であったのだが。

今の彼は瀕死の状態から脱していて。

重傷に見えるがそれでも命に別状な無い様子。


彼は神胤による自己循環による治癒が出来る祓ヰ師なのだろうか。

それとも契りを結んで肉体の再生力を上げているのかも知れない。

そう思い浮かべて私はすぐに思考を捨てる。そんな事を考えても無意味でしかない。

彼の事をいくら考えた所で。

仲良くなろうとは思わないし、する気も無いのだから。


少し遠くに留まった私は再び歩きだすと。

足音でも聞き取ったのか彼は気怠そうに顔を上げる。

顔面は酷い有様で、鼻や口から渇いた血がこびり付いている。

片目は殴打によって腫れていて、モノなんて見えそうもない。

それでも。

もう片方の瞳は。

まるで復讐を誓うかの様に人を殺せる様な荒い殺意を乗せつつあった。


私はその視線を浴びながら。

彼に負けじと冷酷な視線を向ける。

私達は何も言わずただじっと睨んでいた。

見つめ合うなんてロマンチックなものじゃなくて。

さながら剣士が構えた刀を互いに切っ先を向き合っている様な状態。

殺し合いに発展しそうな程の雰囲気で。

先にその視線を切ったのは彼だった。


「チッ」


私に向けたのだろう。

舌打ちを打つと彼はゆっくりと体を起こして立ち上がる。

丸まった背骨を伸ばして。

彼は一瞬だけよろめいた。

地面に膝を突きそうになったけど。

寸での所で彼は足に力を入れた。

意地でも斃れたくないと言う意思を感じたわ。

彼の手には透明なペットボトルが握られていた。

ラベルを見るとそれはミネラルウォーターで。

中身はまだ三分の一程残っている。

その水を腔内へ無理矢理流し込んで。

まだ余ったペットボトルをその辺に投げ捨てた。


彼のマナー違反の行動に私は眉を下ろして怒りの表情に変える。

自販機の隣にはゴミ箱もあるのに。

ゴミを其処に棄てないなんてどういう神経をしているのかしら。

私は睨んだ表情を崩す事無く。

其処から離れようとする彼に向けて一言注意をする。


「貴方」

「きちんとゴミ箱に入れなさい」

「其処にあるのだから」


私は指をさして彼にゴミ箱の存在を教えると。

彼は私を睨んだまま従順にペットボトルを拾って。

そしてそれを私に向けて投げつけた。

それは威嚇の様なもので。

大振りの彼のペットボトルの投擲は私にではなく地面に向けて投げられた。

けど、それが最悪な事にペットボトルの水が私の革靴に引っ掛かる。

界守が磨いてくれた革靴に。

彼の汚らしいペットボトルの水が付着した。


「………どういうつもり?」


静かに私は彼に語り掛ける。

私の内心は怒りに満たされていた。

しかし彼は私には気にも掛けず、ゴミ箱へと近づいて思い切り蹴り倒す。

そしてゴロゴロとペットボトルや空き缶が散乱して。

その空き缶に向けて彼は蹴り散らかした。

結果、広範囲にゴミが散乱していって彼が近づいていく。


「ゴミ箱なんてねぇよ」

「物を見て言えや」


それだけの言葉を残して、彼は去っていった。

私は奴を引き裂いてやりたい程に苛立ちを隠せない。

実際、八つ裂きにだなんてやろうと思えばできるけれど。

この程度の挑発に、簡単に引っ掛かってはならない。

けど、私は、この界守が磨いてくれた革靴の礼だけはしなければならない。

立ち去ろうとする彼の背中を追って、肩を掴んで彼を私の方へと向ける。

そして彼の傷だらけの顔面に、平手を一発おみまいしてあげた。


非力な私でも、気持ちの良い程の高い音が鳴って、彼が地面に倒れる。

既に体力が尽き掛けていた彼は、私の平手だけで簡単にひっくり返った。

大の字で倒れる彼を見て、多少ながらの爽快感を覚えながら。


「貴方は少し」

「マナーを覚えなさいな」


それだけ、言葉を残して私は図書室へと向かう。

彼が追い掛けてこない様に下品ながら大股で歩いてその場を去る。

最初は彼に一撃を与えられてすっきりしたけれど。

後からジワジワと怒りが溢れ出す。

もう、最悪ッ、なんなのよ、あの男ッ!

今日は気分の良い一日になると思ったのに。

彼のせいで気分が最悪になったわっ!






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