【禍憑姫/零】2004年12月15日3時02分
運転手の結界師。
携帯電話を耳に傾けて相槌を打つ。
連絡を終えると後部座席に顔を向けて。
「………報告がありました」
「此処から500m離れた先に出現を確認してます」
運転手が携帯電話を閉ざして言う。
二人の祓ヰ師は頷くと扉に手を掛けた。
「了解しました、ありがとうございます」
「五十市くん、急ぎますよ」
稲築津貴子は扉を開き外へ出る。
冬の凍てつく冷気が肌を刺した。
暖かな車内とは違い。
その寒さは身を震わせる程。
今日ほど厚着をして良かったと思う日は無いだろう。
「あぁ、分かった」
「………うしっ」
「士柄武物の準備もオッケーだ」
ケースを開く。
取っ手の様な武器を取り出す。
それは
五十市依光が扱う士柄武物。
祓ヰ師が誕生するより前に存在した武具。
武士や盗賊、あるいは、武芸者や数奇者。
長年愛用し続けた武器に使用者の意志が憑いた代物。
武具は闘覇によって洗練されていき。
神胤が通る洞孔を開拓する。
殆どの武具は長年の使役で崩れ壊れていくが。
士柄武物と成す武具は硬く強く鋭くなる。
その武器の特筆すべき点は。
宿る意志に応じた特性を宿す事。
彼の士柄武物は、彼が現在育てている為に。
特筆すべき特性は無いが。
もし士柄武物として完成されれば。
その士柄武物は五十市依光の術式を刻むだろう。
「しかし不便ですね」
「上層部からの許可が無ければ」
「貴方は自分の術式も扱えないだなんて」
可哀そうに、と五十市を見る。
そんな同情の瞳に、五十市は空笑いする。
「まあ、仕方ねぇさ」
「俺の術式」
「下手したら咒界の均衡を崩し兼ねない」
「なんて言われてるしさ」
決して誇張ではない。
その話は事実であり。
五十市依光の存在は危ういのだ。
「まあ確かに」
「その術式があれば」
「祓ヰ師など簡単に成れてしまう」
「中世派の連中は貴方を危惧するでしょうね」
中世派。
他者よりも自身を優先。
人命よりも、祓ヰ師の存在に価値を見出す者。
術式を研究し、研磨し、力を蓄えて。
格差を付けようとしている祓ヰ師の思想。
異能に属する特異で特別性のある力が。
五十市依光によって希少性を失わせてしまう。
それを、中世派の祓ヰ師たちは恐れていた。
「ま、そういう事」
「けど、まあ」
「俺や稲築さんが危ない目にあったら」
「迷いなく使うけどよ」
笑みを浮かべる。
自信たっぷりな笑み。
何も心配するなと言いたげに。
その表情は余裕に満ち溢れている。
その安堵を覚える益荒男の表情に。
逆に稲築津貴子は苛立った。
「五十市くん………」
「それ見下してますよ」
「主人公にでもなったつもりですか?」
そう突っかかる。
予想外の反応に五十市依光は狼狽えた。
「え、いや、そういうつもりじゃねぇけどさ」
更に責め立てる。
五十市依光に近づいて。
彼の胸に自らの人差し指で強く突いた。
「私が貴方よりも弱いと思ってませんか?」
「言っておきますが」
「貴方が居なかったら私が学内最強なんですから」
現状。
男性では五十市依光が最強と称される。
ならば、女性であれば誰が最強か?
そう聞かれれば、挙げられる名前が彼女だ。
術式の能力によって。
多数の術式を操る事が出来る。
稲築津貴子こそが、女性では最強なのだろう、と。
「えぇ……其処張り合う?」
五十市依光にとって。
最強や、強い事など。
どうでも良い話だった。
だから、彼女の拘りは理解出来ない。
萎縮する様に狼狽する。
「当然です」
「なので、貴方の力は貴方の為に使うべきです」
「私も私の為に使うので」
ふん、と言いたい事だけを言う。
そして現場へと向かおうとする二人だが。
五十市依光、要らぬ口が開き出す。
「……ははっ」
「なんか稲築さん」
「俺の事主人公なんて言っておきながら」
「自分はツンデレヒロインみたいな台詞吐くよな」
その言葉が。
彼女の不快さを表情にして表した。
「は?」
不快感が視線に乗って五十市依光を刺す。
嫌悪感が空気に伝播して皮膚に伝わる。
「あ、いや、なんでもないです、はい」
「すいません冗談ですごめんなさい」
即座に五十市依光は謝罪した。
腰を曲げて直角に謝る彼の姿勢。
それに免じて、稲築津貴子は溜飲が下がる。
「まったく……」
「では、行きますよ五十市くん」
「早々に厭穢を排除しましょう」
今回の話は流して。
二人は、ようやく厭穢の元へと向かい出す。
「うっし」
「そんじゃ、行くか」
そうして、彼らは戦地へと赴いた。
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