島路島の噂話

白長依留

第1話

「この島路島には伝説があってのう……」

 毎年の年の瀬。夕方になると、この島路島では島民全員が村長の屋敷に集まる。

 屋敷には母屋の他に、集会所といって差し支えない離れがあった。

 今年で数え九十を越える老婆の村長から、いつも島人は同じ話を聞かされる。大人達は真剣に、小さい子供達はあくびをかみ殺しながら聞く。幸太達、大人とも子供とも言えない数名は、ここ数年はうんざりしながら聞いている。小さい頃と違って寝てしまうと、隣に座る両親にたたき起こされるからだ。

 島路島の全体の住民は百人にも満たない。しかも、全員が『万屋』という名字で統一されているので、外から嫁いできた人達から見たら奇妙に見えていてた。

「毎年毎年、同じ話ばっかりじゃん」

「静かに聞いていろ。今年は何時もとは違うんだ」

 幸太の愚痴が耳に入ったのか、幸太の父は村長から眼を離さずに静かに、しかし強い口調で注意をする。

 父の声音から、いつもと違いピリピリとして空気を感じた幸太は口を噤んだ。

「先日、最後の『牛飼い様』がお生まれになった」

 掠れながらもはっきりと聞こえた村長の言葉。その言葉は一瞬の静寂の後、集会所を騒然とさせた。

 ――牛飼い様。

 この島路島で語り継がれる伝説。牛飼い様はこの島路島に五十年ごとに産まれ、ただただ島中の『つる草』を食い尽くして果てると。つる草以外の食物を食べることはなく、子をなすこともなく消えていく牛飼い様。それが毎年、村長から島民が聞かされる話だった。


 村長の屋敷を後にした幸太は、両親と共に家路へとついていた。

「ねえ、もう子供じゃ無いんだから手を離してくれよ」

「「……」」

 まるで幼子のように両手を両親に握られた幸太。幸太はとても気恥ずかしく、手を離したいのだが両親の手を握る力が痛いほどに強く振りほどけなかった。

「……幸太」

 喉の奥からひねり出したような父の声。幸太はいぶかしんだ表情で父を見返すと、父は集会場から変わらない険しい顔をしていた。

「明日から学校に行かなくていい」

「えっ! やっ……」

 学校に行かなくて言われた瞬間、幸太の頭では明日に誰と何をして遊ぼうかと頭をよぎったが、それはすぐに打ち払われた。

「それに、外出も禁止だ。これから三日の間はな」

「食料は買いだめ分が残っているから、急いで買い足す物はないわ」

 幸太の考えや気持ちなど、まるでお構いなしに話を進めていく両親。幸太は両親の心をしらず、両親は幸太の心を測れず、大人になりきれていない幸太の中でムクムクと良くない感情が膨れ上がってきていた。




 いくら田舎の中の田舎と言われる島路島でも、スマートフォンくらいは使えるようになっている。幸太は幼馴染みの花梨と宗治に連絡を取ると、両親が寝静まったのを見計らい集合場所に決めた学校へと向かった。

「遅いよ幸太」

「さそったおまえが一番遅いってどうなんだよ」

 両親に気付かれないように、慎重に行動した結果なのだから文句をいうなと言いたい幸太だったが、こんな所で騒いでいて誰かに気付かれたらたまったもんじゃない。

「悪かったから、ちょっと静かにしてくれ」

 幸太の意図が分かったのか、花梨と宗治はすぐに口を噤む。

 三人がスマートフォンで話し合った内容は『牛飼い様』を見ることだった。あわよくば、写真に撮ってSNSにでもあげてやろうかと。今時こんな風習を守っている田舎があるんだ、すげーだろうという若干の自虐が入った自己顕示欲だった。

「幸太、牛飼い様の居場所は知ってるのか」

「知んねぇ」

「おいこら」

 小声でやりとりする幸太と宗治を見ながら、花梨は思っていることを口にした。

「今日の集会で、牛飼い様の事を村長しかしらなかったみたいだし、もしかしたら――」

「「村長の家か」」

 そうと決まればと行動を開始する三人だったが、花梨が突然上げた悲鳴をあげる。いったい何があったかと幸太と宗治が花梨のを振り向けば、花梨のスカートを仔牛が咀嚼するようにハミハミしていた。

「モー?」

「なんだこいつ。花梨、家から連れてきたのかよ」

「し、知らないよ。この子はうちの子じゃないって、耳にタグが付いてないし」

 スカートを噛んで離さない仔牛と、仔牛に抱きついてどうにか離そうとする宗治。だが、仔牛の力はすさまじく、まるでびくともしないようだった。

「と、とにかく移動しよう。スカートが食えないって分かれば勝手に離すだろ」

 このままじゃ大人達に見つかるかも知れないと思い、幸太は今の状態を先送りにすることにする。

「ええ! 嫌だよ。お気に入りのスカートなのに、もうよだれでベタベタだし」

「花梨、とりあえず幸太の言うとおりにしようぜ。ダメだこいつ、俺の力じゃびくともしねぇ。どんだけ頑丈なんだよ仔牛のくせに」

 花梨は半べそになりながらも、幸太と宗治の後を仔牛を引き連れて歩いて行った。


 村長の家に辿り着いたとき、そこには灯りが無かった。もうすでに村長一家が就寝していると思った幸太だったが、よくみると一瞬だけ玄関の灯りが付いたように見えた。

「なんだ?」

「どした幸太?」

「あ、いや。玄関の灯りが切れかかってるんだろう」

 体の底からせり上がってくるような寒気を押さえ込もうと、体を抱えるように両腕を回すが震えが収まらない。

「ねえ、なんか変じゃない」

 花梨の視線を追えば、街灯が少しずつ消えていくという信じられない事が起こっていた。

「て、停電かよ」

「そんなわけないだろ!」

 宗治の楽観的な考えを、幸太の悲鳴が切り割く。

 次第に三人に近付いて居うる闇。その闇は近くに来ると、それが何かがやっと理解できた。

 それは『つる草』だった。

 まるで生きているかのように蠢くつる草は、すごい勢いで増殖しながら村長の家を中心に広がっていたのだ。

「ひっ!」

 誰の悲鳴だったのか分からない。もしかしたら三人全員の悲鳴だったのかもしれない。見た物が信じられないと、受け入れないと反射的に出た言葉なのかも知れない。

 迫り来るつる草に対し、いち早く思考停止からもどった幸太。宗治と花梨の手を取って、逃げようとしたが、強い力に引っ張られて三人まとめて倒れ込んでしまった。

「モー」

 いまだに花梨のスカートを噛んでいた仔牛が抵抗したのだった。半脱ぎになってしまったスカートを脱ぎ捨てようと、花梨は足をばたつせるが平静ではないため、ただただ地上で溺れているだけで仔牛から逃れられなかった。

「モー」

 もう眼の前につる草が迫るという所で、仔牛がやっとスカートを離した。体勢を崩しながらもその場から逃げ出す三人の後ろでは、つる草が仔牛を飲み込もうとしている所だった。

 このままでは仔牛が助からないと思った幸太だったが、逃げることに精一杯で心の中で小さくスマンと言うのが精一杯だった。

 その時、仔牛の体が真っ二つに裂け、まるでつる草を飲み込むように食べていった。

 恐ろしいつる草、奇妙な仔牛。立て続けにおこったことに再度、三人は思考停止になりながら、眼の前の光景を見続けた。




 結果的に言えば、三人は怒られたがお咎めは無しという事になった。三人が牛飼い様……いや、『牛戒様』を村長に家に連れて行ったから、村長一家はなんとか助かったのだ。

 村長の家を襲っていたつる草は、かつて島路島に島流しにされた有力商人である万屋の娘『つる草姫』の呪いだという。古の陰陽師が千年掛けてその呪いを沈める為に『牛戒』という陰陽術を使って、定期的に姫を沈めていたということだった。

 今回の牛戒様が最後になるため、子供達には詳細はあえて伝えない事になったそうだったが、それが徒となり救いにもなった事件だった。




 つる草姫の呪いが来た島路島は今は無人島となり、ときおり野生の牛の鳴き声が聞こえるという噂がまことしやかに噂されている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

島路島の噂話 白長依留 @debalgal

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ