第4話 あなたはグローバルですか?

ヘルマンが冒険者ギルドを訪れてから数日たった。


「ヘルマンさん、今日も色々持ってきてくれたんですね!」


ヘルマンは採取依頼と討伐系依頼を並行して行いつつ町での仕事もこなしていた。

しかも依頼人の人柄がいい人ばかり狙ってきているのだからそのあたりもミッシェルは感心していた。

ヘルマンはどうやら依頼が終わってから買い物ついでに町で聞き込みを行っているらしい。それで依頼主の評判を聞き依頼を判断しているようだ。

……と彼をストーカーしているオリハルコン級冒険者であるクレハが言っていた。


「はい、今日はラビット系が3匹とウルフ系、ボア系、マンティス系が一匹ずつです。採取系は依頼された分のみ持ってきました」

「いつもありがとうございます。鑑定部がいつも魔物は綺麗な血抜きで採取系は鉱石、薬草ともに最良の採取法だと言っていましたよ」

「はあ」


受付に喜ばれることは冒険者ギルドの野郎どもにとっては最上の喜びの一つなのだがヘルマンにとっては祖父から教えられてきたことの一つなのでイマイチ理解できなかった。


「ヘルマンさんみたいに綺麗にしてくれる人はあんまりしないんですよね。一応ギルドでも解体や採取の講習をやってはいるのですが教えられる技術はせいぜい鉄級冒険者クラスの技術だけでヘルマンさんのような複数の種に対応して解体、採取をできる人はそこまでいないんですよ」

「そうですか」

「オリハルコン級のクレハさんでさえ解体は苦手としているので……クレハさん買ってくる魔物はドラゴンだったり悪魔だったり神話に出てくるような魔物ばかりなんですが鱗や毛皮が傷つくことが多いんですよ」

「へぇ……それ今言っても大丈夫ですか?」


ヘルマンはチラリと冒険者ギルドの出入り口を見やった


「気づいていたのね。まあ私のオイタに気付くくらいだから私の追跡にも気が付くわよね」


出入り口にはクレハがいた。彼女は人器を持っていた。

人器かそうでないかは見れば解る。

クレハの人器は固定具のない対物ライフルのような形状をした杖だった。


「クレハさん……最近依頼を受けていませんよね。最後に依頼を受けたのってヘルマンさんが登録した次の日ですしそれからほとんどストーカーしてません?」

「ふふふ、どうかしらねえ」

「はあ、まあいいですけど。ヘルマンさんとパーティを組んでくれればこちらとしてもありがたいですし」


「!」


ヘルマンは驚いたような顔をした。


「私がヘルマン君を勧誘しようと計画していることはギルドでは周知の事実よ」

「そうなんですよねギルドの受付はクレハさんと仲良しの人が多いですし今までずっとソロ女冒険者って少ないんですよ。その点ヘルマンさんなら安心できそうですし」

「けど僕は……」


ヘルマンは尚も食い下がろうとした。


「ええそうね。あなたのバトルスタイル……ハンティングスタイルと言った方がいいかしらあなたの戦法は罠、それも群れていないはぐれの魔物を狙うことで魔物に学習させないようにするタイプ。これじゃあ連携をするのは難しいわね。罠も見たところ数えきれないくらい種類があるだろうしおそらく索敵特化のレインボーソーダライト級の冒険者くらいしかどの罠かわからないでしょうね」

「そうなんですか?記入用紙には確かに罠と書いてありましたが普通の罠って1日2日待って見に行くものですよね」


ミッシェルの人が意図的に仕掛ける罠に関する知識は縄や網、落とし穴、魔術を使った電気仕掛けなどそのくらいのものだった。そのどれもが大抵1日2日待つ。


「まあそれが原因で横取りされることも多いから罠を使わない冒険者も多いしミッシェルじゃわからないのも無理はないわ。けどね罠は日常に存在するモノよヘルマン君はそれを意図して突くことで1日もかからずに罠にかかるようにしているの」

「?」

「まあ簡単な話がちょっとした好奇心の揺さぶりね。ミッシェル、例えばあなたの職場の帰り道にスイーツが道端にポツンがあったらどう思う?」

「そんなの疑わしいと思うにきまってるじゃありませんか」

「じゃあ新しくできたお店に置いてあったら?」

「見に行きますよ」

「それと同じよ。罠を罠と思わせないようにする工夫が彼にはできるの。一朝一夕でできることじゃないわ。ここの植生や縄張りの分布を正しく理解できていなければできない芸当よ」

「なるほど。疑問を疑問に思わせないようにする理由をヘルマンさんは作ってるってことですね」


ミッシェルは理解したのか納得するように手を打つ。


「あのそろそろ帰っても大丈夫ですか?」

「あ、すみません。少し待っていただけますか……ギルド長、フィーカさんが話したいことがあるとのことで今行っている会議が終わり次第お伺いしますので」

「はい」

「じゃあその間、私がヘルマン君と一緒に居ても問題ないわね。ギルドの個室、借りるわよ」

「ふぇ?」


慎ましやかなクッションに身を包まれヘルマンは連行された。

ミッシェルは苦笑いを浮かべながら連行されるのを見ていた。ミッシェルは彼女は一度やると決めたら止まらないということを。心の中でヘルマンにご愁傷様という気持ちだった。

冒険者たちは羨ましいとは思わない。

何故なら冒険者の殆どは揺れる物が好きだからだ。


「さて、連携しづらいのはわかったけど偶にでいいから一緒に依頼を受けてくれないかしら」

「僕はとてもドラゴンなんかの戦闘についていけるような人間ではありませんよ」

「そうね、でもそこにたどり着くまでならできるでしょう?」


少なくともストーカーして得た情報をまとめるとクレハの見立てではほとんどの環境を経験したことのあるように見えた。

この都市周辺にある採取で休火山に溜まっている硫酸を持ってくる依頼では風魔法でしっかり換気をしていたし火山岩の脆い部分を避けつつわざわざ遠回りに傾斜のなだらかな面を通っていたことから噴火したときのことを考えて行動していたと感じたし、泥濘の多い周辺の湿地帯で一度も足を捕まることなく走って駆け抜けていた。

戦闘力という面は罠しか見ていないからわからないが自分の僅かな殺気に敏感に反応したことから自衛し生き残るくらいのことはできるだろうと判断していた。


「まあ火山とか氷山くらいなら行けないことは無いですが……」

「やっぱり、私はオリハルコン級冒険者なわけだけれども狩りは得意ではないわ。あくまでも討伐の方に極振りされてる感じね。解体とかはほとんどやっていないし害獣なんかになる魔物の駆逐としての依頼しか受けていないの……本当は素材を取ることを目的とした討伐もしたいのだけれど私の行く環境に適応できる人も居ないからあなたと一緒に行きたいのよ。もちろん報酬も払うわ」

「うーん……」


クレハの提案は普通の新人冒険者なら喜んで受ける勧誘だろう。なんせ自分より遥か上位の冒険者の元で修練が積めるのだから行かない手はない。

だがヘルマンのような既に決まった型のようなモノを持っている冒険者には決め手に欠ける。

何故なら既に安定的かつ染みついた技を穢してしまう可能性があるからだ。

故にクレハはもう一押しすることにした。


「ねえヘルマン君って童貞でしょう。私が貰ってもいいかな?」


童貞男子を擽る行為である。

ヘルマンは顔を思わず真っ赤にし祖父に教えられてきたことを思い出してしまう。


「にゃにゃにゃにゃに言ってるんですか!」

「あら可愛いわね。それと私処女よ。ねえしたくない?お姉さんにナ・カ・ダ・シ」

「ひ、避妊はしないと駄目ですよ!」

「良いじゃないヘルマン君の子ども産みたいし」


痴女か?

周りに男性冒険者が居れば確実に呟いていたであろうその言葉

クレハ自身、何故こんなに大胆なことを言ったのか解っていない。ただそうしてあげたくなった。そう思っただけだ。

しかしクレハが最後に言った言葉は逆にヘルマンを冷静にさせていた。


「僕の人器は木の棒ですよ。もし子どもができたとしてその子が木の棒に成ったらどうなるんですか……僕は自分の望みで育んだ命が冒涜されるところを見たくありません」


「ッ……!」


人器は遺伝すると言われている。つまりその人器が先祖の中になければ浮気を疑うということである。

そして遺伝であるということは選り良い人器の人物との結婚を求める起因にもなっていた。

良い人器が現れるのは貴族の血筋だ。故に村々での村長を務める者などの殆どは貴族の親戚が多く集権国家に成りやすく貴族、王族おらずしては成り立たない社会になっていた。

そして木の棒などという武器にも農具にもならないモノを授かった日には役立たずと言われるだろう。

ヘルマンは祖父とたった二人住んでいた……そのはずなのに彼はまるで自分が見てきた事実かのように雄弁とした眼差しで語っていた。


「そっかそればっかりは私たちの我が儘ではいけないかもね」


子どもは生まれる場所を選べない

時代さえも

それはどこの世界でも同じこと


クレハも今でこそ有用な人器として活用できているが初めは酷いモノだった。

彼女の人器は攻撃直撃範囲92ミリの面積まで絞った魔法の威力を増させるという人器だった。

人器には顕現した物体の使い方を教えてくれるような機能はついていなかった。

人器は星の数ほど存在しその和だけ使い方があるとされるが似たような種類の前例があるモノほど扱うヒントが多いのもまた事実だった。


「でもね一つだけ言えることがあるなら私は貴方と出会うは運命だと思うわ……そろそろギルドマスターが来るからじゃあね」


颯爽と彼女は出ていった。

ヘルマンはその彼女の姿をただ見つめることしかできなかった。

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