第2話

 そういうわけで、この世界に強制的に戻された俺はヨグくんと連絡を取るため堕落ダンジョンのマイルームへと一目散に向かったわけだ。

 話が違うだろと、ヨグくんに文句を言うために。


「あんっ? なんだこりゃ?」


 が、堕落ダンジョンであるパチンコMEGAZ異世界店内に入った俺は、店内のあまりの変わりようにしばし呆然となってしまった。


「あれっ、オーナじゃないですかぁ? お帰りになられるのはまだまだ先だと聞いていましたけど?」

「モルモルか。半年ぶりだな」

「私はメルメルですよぉ。モルモルはあっち」


 お仕着せの制服に身を包んだこの少女たちは、MEGAZ異世界店のホールスタッフを任せている犬人族コボルトたちだ。

 この世界にも普通に存在する亜人の一種だが、メルメルたちに関してはダンジョンが産み出した魔物ということになる。

 ただし、外界に出られないことと、LPを消費しての復活が可能なこと以外、一般の亜人と何も変わらない。

 実在する亜人の人格をコピーしているのではないかと俺が疑っているぐらいに表情のほうも豊かだ。

 それに犬人族コボルトは戦闘にはまったく向いておらず、人語を喋れるためこうした接客業を任せているのだが。 


「くっ、お前たちは誰が誰だかわかりにくいんだよ。そんなことよりこれはなんだ。いや良い。ピートンに聞く。ピートンは今どこだ?」

「店長ならいつものようにモニタールームかと」

「わかった。後でお前らにも2,3質問するかも知れん。今夜は臨時ミーティングだぞ」

「うひぃ……。わかりましたぁ」


 あからさまに嫌そうな顔を浮かべたメルメルに俺はため息をひとつ落としたあと、モニタールームへ向かう。

 そしてエルセリア語でスタッフオンリーと書かれた扉を開けると、そこにはこちらに背を向けて何かしているピートンの姿があった。


「ふふふっ。998枚、999枚、1000枚と……」


 近付いてよく見ると、嬉しそうに売上金の金貨の枚数を1枚1枚数えては金庫の中へと仕舞い直している様子。

 決算期はまだ先のはず。

 いちいち数え直す必要なんかないはずだが……。


「おいっ」


 俺はそんなピートンの頭をむんずと掴んで宙に持ち上げる。

 ピートンはコロボックルという種族で、身長が80センチメートルぐらいしかなく体重のほうも10キロちょっと。

 190センチメートルある俺とは大人と幼児ほどの差があり、いきなり後ろから持ち上げられたピートンは慌てた様子でジタバタと暴れ始めていた。


「な、なんだ。この無礼者め。僕をいったい誰だと思ってるんだ。えーい、その手を離せっ!」


 ピートンは堕落ダンジョンの前の持ち主であり、現在は俺の眷属。

 そしてパチンコMEGAZ異世界店の店長でもあった。

 俺は腕を曲げて、そんなピートンの視界に自分の姿が入るようにする。


「え? モ、モ、モーリー様? いつの間にお帰りになられたのですか」

「ついさきほど、不本意にもな」

「でも良かったです。僕、寂しかったんですよ。むちゅっ、むちゅっ、むちゅぅっ」


 俺の手にぶらさがった状態のまま、口を尖らせて俺にキスしてこようとするピートン。

 一応性別的には女性のコロボックルらしく、胸の膨らみもちょっとだけ見られたが、俺とこいつが肉体関係にあるわけじゃない。

 というか、こいつの身体に興奮するのはさすがに無理だ。

 眷属化したダンジョンマスターは元の人格を残したまま新たな主に対して深い愛情を抱くようになるので、ピートンもこうなっているだけ。


「寂しかったんですじゃねえ。いったい、これはどういうことだ? 客が飛んでるじゃねえか!」


 俺がパチンコMEGAZ異世界店に入った瞬間、目にしたもの。

 それは2割程度しか稼働していない店内の様子だった。

 俺がバカンスに出る前は連日満席の状態。夕方には通路に立ち見客が現れ始めるぐらい盛況だったはずだ。


 怯懦ダンジョンでコツコツと頑張ってLPを貯め、中級ダンジョンまで成長させた俺はそこで完全に行き詰まっていた。

 これ以上の成長は難しいと悟ったからだ。

 そこで目を付けたのが、王都エルシアードに新しく出現した堕落ダンジョン。

 そこのダンジョンマスターだったピートンから俺は堕落ダンジョンを奪い、異世界初のパチンコ屋を開店したのが今から約30年前のことだった。

 異世界人たちを日本での俺と同じく、日がな1日パチンコを打つようなギャンブル依存症にさせるために。


 こんな文明レベルの低い未開の世界でそんなことが可能なのかと普通なら思うだろうが、貴族連中は比較的簡単に俺の目論見通りにハマってくれた。

 元々、やつらが暇を持て余していたこともあるのだろう。そこに中毒性の高いパチンコというギャンブルを用意してやったわけだ。

 しかも社交ルームを作ったり、レストランやBARにアミューズメント施設、さらにはサウナやリラクゼーションルームまで設置している。

 景品のほうも怯懦ダンジョンと違って、こちらは充実させてある。

 化粧品やら腕時計、高級フルーツに菓子類、服、下着、玩具とこの世界で売っても良い許可を得られたものを一通り揃えてある。

 その分、毎日通って玉やコインを溜め込まないと交換できないような設定にしてあるが。

 そのおかげでエルセリア王国の貴族たちが堕落ダンジョンに入り浸りになるまで、それほど時間はかからなかった。


 しかも貴族連中は護衛や召使いまでぞろぞろと引き連れてやってきてくれる。

 これでも一応はダンジョンだ。

 魔物はほぼ犬人族コボルトのみだったとはいえ、心から安心はできないのだろう。

 VIP遊戯ルームは貴族か紹介状を持った人間しか入れない仕様で、最初は完全個室にしようかとも考えたが、結局は1台辺りのスペースを広めに取っただけで、オープンな環境にしている。

 射幸心を煽るためにも、周りの人間と競争させたほうがいいと判断したって感じだ。

 その結果、貴族たちは湯水のようにじゃぶじゃぶと金貨を消費してくれていた。


 といっても、過度に負けさせることはない。

 持ち玉無制限で換金比率が貸玉、貸メダルの2分の1になってしまう極悪比率だが、負けが込んだ貴族には遠隔操作で大勝ちするように仕組んでいるからだ。

 目的はLP。

 金貨だって不必要なわけではないが所詮は二の次だ。ぶっちゃけ長時間堕落ダンジョン内に居てくれることのほうが肝心だった。


 それと堕落ダンジョンの商品、景品に関しては、直接来店した人間以外に譲渡、販売すると消滅するような仕組みになっている。

 販売している商品や景品だけが目当ての貴族が、使用人などを代わりに寄越すだけでは済まないようにするためだ。

 ほかのダンジョン産の宝物や魔石は譲渡や販売をしても消えたりしないので、文句を言われることもしばしばあるが、そこはハウスルールだと言い張って無理やり押し通している感じ。


 ただしさっき俺が入ってきたのは一般客向けの入り口だ。

 こちらは非常に低レートで銅貨1枚から遊べるようになっている分、駄菓子以外の景品への交換は断っている。というか、こちらは銅貨、鉄貨への換金が主だ。

 ちなみに銅貨1枚を日本円に換算すればどれぐらいの価値があるのかといえば、おそらく100円~200円程度で、鉄貨のほうは10円か20円ぐらいだろう。

 生活費を稼げるほど甘くはないが、休日の小遣い稼ぎにしている冒険者や一般人もけっこう居たりする。

 何故かといえば、一般客のほうはほぼ勝てるようになっているからだ。

 こちらも無制限で換金比率が2分の1と極悪だが、機械割を130%近くに設定しているので、長時間遊戯すればするほど勝ちやすい仕組みになっていた。


 貴族から金貨を巻き上げて、冒険者や平民にそのうちの何割かを流す。

 そんな経済サイクルがLPの獲得と同時に出来上がっていた。

 そのおかげでエルセリア王国やイシュティール教会もあまり五月蝿いことを言ってこないし、街中に堂々と堕落ダンジョンがあることも見逃してくれているわけだ。

 まあ、裏金を使ってこの国の権力者を抱き込んでいるのも事実だったが……。


 が、それもこれも客が飛んでしまったら成立しなくなってくる。


「いだだだだだだっ。いっ、いだいでずぅ。モーリー様ー」


 俺は怒りのあまり、ピートンの頭をギリギリと指の力のみで締め上げていた。

 近くのPCに表示されている一般向け遊戯の機械割が98%近くまで下がっていたからだ。

 こうなると、たとえ等価交換であっても客側が負ける未来しかない。


「ぼったくるなって、俺は何度も何度も言ったよな? あん?」


 そう吐き捨てながら俺はピートンの小さな身体をグルングルンと振り回したあと、壁に向かって思いっきり投げつける。


「ぶべっ!」


 ダンジョンの外殻部分は破壊不可能素材から出来ているが、内装は普通の素材。

 モニタールームの壁を突き破り、景品ウインドウのガラスまで突き抜けたあと、ホール内の通路にある椅子にぶつかってやっと止まるピートン。

 普通なら死んでもおかしくない怪我を負っているはずだが、何も心配はない。

 ピートンは俺の眷属だ。

 つまりは怯懦ダンジョンのダンジョンコアを破壊されるか、ほかのダンジョンマスターに俺が負けることがないかぎりピートンは不死身だからだ。

 ちなみに堕落ダンジョンのダンジョンコアが破壊された場合にどうなるかといえば、俺が堕落ダンジョンのダンジョンマスターの権利を失うだけ。

 怯懦ダンジョンのほうのダンジョンマスターの権利は残るし、ピートンも依然として俺の眷属のままだ。


 俺はモニタールームの扉からホールに出て、再度ピートンに近付いていく。

 ホールでは犬人族コボルトがガタガタと震え上がっており、遊技中の冒険者たちが何事が起きたかと様子を見に来る始末。

 そんな俺の元にカサカサとゴキブリのような格好で這いずりながら寄ってきて、俺の足にピトッとしがみつくピートンの姿があった。


「す、すびばせん。モーリーざまー。ち、ちょっとした出来心なんでふ」

「なにが出来心だよ。お前、この状況をいったいどうするつもりだ?」

「モーリー様がお戻りになられる頃には、ちゃんと客足が戻るようにするつもりだったんでふ。そ、それにVIPのほうの客数はそこまで変わっていませんので。でへっ、でへへへっ」


 コロボックルが元来金に薄汚い種族だってのは俺も承知のうえでピートンに全部任せている。

 そもそもこの世界の住人というのは、文字もろくに読めないし簡単な損得勘定ができないやつらばかり。

 とはいえ、金貨に目がくらんでこの程度の命令も守れないとは……。


「蛍の光を流せ。今から店を臨時休業にするぞ。ごねる客には今日負けた分を全額補填してやれ。それと明日から1週間、お客様感謝還元出血大サービスデーを実施すると全館にアナウンスしろ」

「りょ、了解でふ」

「問題はVIPのほうだな。高級フルーツ詰め合わせを手土産に持たせて、何とか帰ってもらうか。それでも文句を言ってくる相手はこの俺が対応する」


 近くで聞いていた犬人族コボルトが操作したのか、即座に蛍の光が店内に流れ始める。

 まさかラグくんへの上納LPまで出し渋っていないだろうな?

 さすがにそんなことはないと思うが。

 いまだに俺の足にすがりついて謝罪の言葉を口にしているピートンの姿に、俺は一抹の不安を覚えていた。

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パチンコMEGAZ異世界店へようこそ(宇宙人のゲーム2) 四葉八朔 @sibahassaku

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