慶長19年9月堺(その4)

堺港の旅籠にもどると、女中が無三四を元の奥座敷に案内した。

「お連れさまがおもどりになりました」

と声をかけたが返事がない。

「失礼いたします」

と襖を開けた女中が悲鳴をあげた。

首のない侍が文机に突っ伏し、その首の根元から血が滴っていた。

首は文机の先の畳に転がっていた。

部屋に従者の姿はなかった。

女中の悲鳴を聞きつけた旅籠の主が駆けつけてきた。

「奉行所を呼んだほうがいいな」

無三四はあわてずに主に言った。

しばらくすると、つい目と鼻の先にある奉行所から与力が配下を連れてやってきた。

「お手前が中座している間にこの侍は殺されたというのか?」

与力が無三四にたずねた。

「いかにも」

「ここで何をしておった」

大野治長の配下の妹尾順三郎と門司ヶ関からの便船でいっしょになり、この旅籠で大坂方に味方するよう口説かれ、野暮用があって中座してもどって妹尾の死体を見つけたと無三四は、正直に話した。

「それで?」

「後藤又兵衛どのに紹介状を書いてもらうことになった」

「後藤又兵衛?お手前は大阪方の傭兵になろうというのか?」

与力は疑わしそうな目で無三四を見やった。

「ああ、そうではござらん」

「では、どうして後藤又兵衛に会う?」

「立ち会うつもりだ」

「あの後藤又兵衛と?」

与力はあんぐりと口を開けた。

「どうも従者が妹尾どのを斬って庭先から逃げたようだ。その訳は知らないが」

与力の大坂方の牢人集めの話を、無三四のほうから元にもどして、腰の無銘金重を鞘ごと抜いて与力に渡した。

刀を抜いて刃先に目を近づけて睨むように見ていたが、

「ともかく奉行所までご同道願おうか」

と与力は刀を元の鞘に納めて脇に抱え、先に部屋を出た。

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