慶長19年9月堺(その3)
「明石掃部どのはとっくに大坂に入られた。後藤又兵衛、岩見重太郎などの牢人衆はついこの間入られた」
妹尾順三郎は、堺港のはずれの旅籠の奥座敷に無三四を招き入れると、茶菓もそこそこに、大坂方は徳川と一戦交える準備が着々と進んでいる話をした。
「他に真田幸村、毛利勝永、長宗我部盛親などの武将の面々も近々入城されよう」
妹尾は他にずらずらと十数名ほどの武将の名をあげたが、島津家久や池田利隆など豊家恩顧の大名の二世たちは早々と不参加を表明し、福島正則、黒田長政、加藤嘉明、平野長泰、蜂須賀家政などは、寝返りを恐れた家康によって江戸城に留め置かれていた。
淀殿側近の家老の片桐且元は、方広寺鐘銘の問題解決のために大坂と徳川の間を奔走していたが、強硬派から裏切り者呼ばわりされて城を出ようとしていた。
これでは、関ケ原で敗れて牢人となった西軍の武将たちが、豊家再興の名分で秀頼公と淀殿を担いで徳川を倒そうと決起したとしか思えなかった。
「・・・・・」
「この戦大坂が勝つのは必定。天下一の剣術使いの宮本どのにご加勢いただければ勝利は盤石となりましょう。まず支度金として秀頼さまより金銀が下賜され、戦勝後は天下は切り取り勝手。一万石、いや、十万石の大名も夢ではありますまい」
無三四が黙っているので、妹尾はさらに大風呂敷を広げた。
金銀にも十万石にもまるで興味のない無三四には、後藤又兵衛と明石掃部の二つの名前には響くものがあった。
「後藤又兵衛どのはすでに入城されたと」
「真っ先に駆けつけられた」
妹尾はここを先途と膝をすすめて無三四を口説きにかかった。
「後藤どのに紹介状など書いていただくことはできましょうか」
無三四が頭を下げると、
「たやすいこと」
無三四は後藤又兵衛の配下について戦いたいと思ったのか、妹尾は従者にすぐに紙と筆を持ってくるように命じた。
無三四が野暮用で少し出かけてまたもどると言うと、
「もどられたら一献進ぜよう」
と妹尾は明るく答えた。
・・・艀から海に跳び込んだ少女が気になり、堺港から先の浜辺をさがし歩いた無三四だが、少女の姿は見当たらなかった。
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