慶長12年12月京(その1)

越前越後まで足を延ばして主だった剣術使いを撃破した後、無三四は京にもどった。

𠮷岡道場の納会には、無三四以外にも諸大名の京屋敷の家老職の名代の侍たちが列席した。

初代吉岡憲法の教えから説き起こして、戦わずして勝つ孫氏の戦法の焼き直しのような兵法談義がえんえんと続き、退屈きわまりなかった。

最後は、徳川家康を仁義にもとる老賊として糾弾し、豊家を奉じて戦うべしみたいな話にまとめ上げた。

このあと萬里小路の料亭で宴会があるということだったが、無三四はこれを遠慮すると直綱に申し出ると、

「柳生新陰流四天王のひとり木村重郎が洛北におるらしい」

無三四の不在をしきりに残念がったあと、直綱は最近の噂話をした。

このころには、木村重郎が江戸詰めのとき女郎に狂って公金を使い込み、遊郭に放火してかの女郎を拉致した話は広まっていた。

「その女郎は元々は京の柳町の出らしくて、最近その店に出戻りたいと相談があったと聞いた」

京に長く根を張った吉岡家の嫡男で、遊郭で放蕩のかぎりを尽くした直綱はさすがに京の花柳界にはくわしかった。

・・・気さくな直綱は今夜の宴会の前に、その店に無三四を連れて行った。

「ええ、江戸からもどったので、通いでここでまた働きたいと」

番頭が小腰をかがめて話をした。

「丹波の出で、庄司甚左衛門という楼主が江戸へ連れて行った・・・」

「ええ、まちがいございません」

「それで?」

「いや、年増でしかも通いというのはちょいと・・・。遣り手にだって雇えませんぜ」

「断った?」

「ええ」

「どこで暮らしていると?」

「何でも加茂大橋の先とか・・・」

「賀茂川大橋だと?最近あの辺でひんぴんと辻斬りがあるようで物騒この上ない」

直綱があとを引き取った。

無三四の頭にある構図が浮かび上がったが、それは口にしなかった。

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