慶長11年2月江戸(その14)

勘定奉行所、寺社奉行、町奉行の三奉行所と老中や大目付が集まって裁判などの評定を行う評定所が神田にあった。

この評定所に江戸市中の遊郭の遊女が出仕し、お茶の給仕をする習わしがあった。

遊郭は幕府とのよい関係をたもつため、それぞれの遊郭のとびきりの美人を出仕させた。

西田屋からは、京美人と誉の高い朝霞大夫を出仕させた。

ある日、出仕から帰ってきた朝霞大夫が、不審な者があとをつけて気持ちが悪いと言い出した。

それで、朝霞大夫が無三四にいっしょに行ってもらいたいと甚右衛門に泣きついた。

『俺もいよいよ女郎屋の用心棒か』

と自嘲したが、まんざら悪い気はしなかった。

五日後に朝霞大夫が評定所に出仕する日、無三四は太夫が乗った駕籠の後ろについて神田まで出かけた。

行きは何ごともなかったが、評定が終わって帰るときに何者かがあとをつけてくる気配を感じた。

日本橋近くまで来たとき、角を曲がった駕籠を先に行かせた無三四は物陰に隠れた。

若い侍が角に現れたのを見て、

「何か御用かな」

と無三四が詰め寄った。

いかにも剣術で鍛えた胸板は厚いが、顔は童顔で優男の侍が、

「いえ特に・・・」

とどぎまぎしながら答えた。

若い侍はそれきり姿を消したが、三日後に西田屋の朝霞大夫の座敷で再び会った。

柳生但馬守宗矩の家来で、江戸詰めの木村重郎と名乗った侍は、にこやかに笑いながら無三四に会えて光栄だとおべんちゃらを言ったが、その目は鋭く殺気すら感じた。

・・・あとで、甚右衛門が木村重郎はあの若さで柳生新陰流の四天王のひとりだと教えてくれた。

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