慶長11年2月江戸(その15)

深夜、道三河岸で火の手があがった。

無三四が駆けつけると、西田屋が火の海になっていた。

甚右衛門が若い衆の指揮をとって、赤い襦袢の女郎たちを河岸まで連れ出していた。

駆けつけた火消したちが近隣の家を壊しはじめた。

火事を消すというよりも類焼を防ぐ昔ながらの火消しのやり口だ。

「朝霞大夫がおらん!」

紅蓮の炎を映して赤鬼のようになった甚右衛門が叫んだ。

無三四は天水桶の水を頭からかぶると、炎に包まれる吉田屋に飛び込んだ。

階段を登って二階の女郎の部屋を見て回った。

遣り手の年増が首を斬られて廊下で倒れていたが、朝霞大夫は見当たらなかった

階段から炎の舌が伸びて来て二階に燃えひろがり出したので、無三四はやむなく廊下に出て、欄干にぶら下がって飛び降りた。

やがて二階も炎に包まれて、遊郭が次第に崩れはじめた。

道三河岸にもどると、女郎たちが肩を抱き合ってうずくまっていた。

後を追ってきた甚右衛門に、遣り手が斬り殺されていたが太夫は見つからなかったと言うと、

「火の気のない裏木戸あたりが火元だ。これは放火だ!」

甚右衛門が叫んだ。

女郎たちをとりあえず日本橋たもとの旅館にあずけた甚右衛門は、

「明日から仮宅営業だ」

と溜息をついた。

仮宅営業とは、遊郭が火事になったとき、近隣のしもた屋や旅館を借り上げてとりあえず女郎屋の営業をすることだ。

甚右衛門は何があってもめげない男だ。

女たちを引き連れて歩く道すがら、

「江戸でいちばん火事が多いのは遊郭さ」

さして驚くふうでもなくうそぶいた。

それは苦海に沈められた女郎が遊郭に火を放って自死するか逃げるかするからだとも言った。

「だが、朝霞太夫は逃げたのではない。さらわれたのだ。遣り手が斬り殺されたのだからそれはたしかだ」

甚右衛門は自信たっぷりだった。

「太夫を身請けしたいと言ってきた馴染のお侍がいた」

「・・・・・」

「それがさあ、身請けしたいが金がないので、身請け金をなしにしてくれと虫のいいことを言ってねちっこくからんできた」

「・・・・・」

甚右衛門は、明日にでもその侍のところにいっしょに行ってくれないかと頼んだ。

行く先が品川の柳生屋敷と聞くと、三白眼の目が輝いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る